変人な美少女に出会ったけどドキドキしない
エリクセン
第1話「たぶん運命的な出会いをした……と思うんだけどあんまドキドキしないな」
その横顔に、俺は見惚れてしまった。
なにか彫刻のようにくっきりとした輪郭で、それなのに今にも消えてしまいそうな淡さを見せる、彼女に。
見慣れた最寄り駅、決していつもと変わらないはずなのに、それが違って見える。
縒れたポスター、色の剥げたベンチ、接続の悪い蛍光灯。それら全ては、目前の少女が纏う儚さを演出する小道具だった。
黒髪を肩下の辺りまで垂らし、その毛先は繊細に真下へ降りている。彼女の長めの前髪からは、切れ長な左目だけが静かに覗いていた。
それが見つめる目線の先は、
…財布の中だ。
うん、あれは多分所持金が足りなくて困っているやつだな。
駅の改札をタッチしてピンポーンと鳴り、その横で財布の中身を覗いている。と、俺は彼女の一連を見ていたのだ。
彼女は財布の口を開いたまま裏返してそれを振るが、お金が出てくることはない。
きっと俺が彼女の立場だったら、この世の終わりのように青ざめる場面。
しかし、彼女は表情一つ変えることなく、財布を振り続けていた。
…うん、別に振り続けてたら出てくるシステムとかではないと思うぞ。
そしてやや田舎と言えるこの場所、駅員は常駐しておらず。加えて、さっきのが終電だ。
ちなみに、俺が終電になってしまった理由は、新学期前の現実逃避ぼっち旅行でギリギリまで粘ったから。いや、まあそれはどうでもいい。
ともかくだ。彼女が唯一助けを求めることが出来るのは俺、花川新利のみ。
それに、明日がまさに新学期初日。ぼっちは確定していると言えど、せめて気持ちよく高2の始まりを迎えたいところだ。
大体同い年っぽいし、このまま見捨てることはせずに、助けが必要かどうか確認だけでもしておきたい。
よし、ちょっと声かけてみるか。
「あの、もしかしてお金足りない感じですか?」
俺が訊ねると、彼女は特段変わらぬ表情でこちらと目を合わせた。
「うん、1580円足りない」
堂々としていながらもその声色は落ち着いた印象で、彼女の静けさによく似合っていた。
…にしても額が割と多いな。もはや足りないというより、持ってきていないに等しいんじゃね?
「足りないんなら俺が出そうか?」
「大丈夫。明日まで待ってみる。もしかしたら湧いてくるかも」
「いやこないだろ」
って、うっかり普通にツッコンじゃったよ。
ゲームのドロップアイテムじゃないんだから…
「そ?じゃあ仕方なくもらってあげるか…」
彼女は少しだけ不服そうに口を尖らせると、スッと掌を差し出してきた。
「…なんで俺があげたい人みたいになってんだよ」
…いやでも待て。俺は、ここで彼女を見過ごすと何となくモヤッとするから声をかけた。
それは俺がモヤッとしたくないからであって、つまり、結果として俺は彼女にお金をあげたいということになってしまうのか?
まさか、目の前の彼女は俺の行動原理までもを見越して…
「私の方が立場が高い、気がするから」
うん、全然見越してなかった。
危ない危ない。うっかり深く考え過ぎて、俺がお金をあげたい人だと自分で思い込んじゃうところだった。
「俺がここでお金渡さなかったら詰む人のセリフとは思えないな…」
「日本は年齢が全ての厳しい縦社会だから。多分そっちより年齢が高い私の方が上」
「俺の知ってる日本となんか違うな…まあでもそこまで言うなら是非とも年齢を教えてくれ。なんなら俺の方が年上かもしれない」
「私は16歳。明日から高2」
「…おぉ、俺と全く同じだな。じゃあ誕生日の早さで勝負だ。何日生まれ?」
「4月12日だね」
「…なるほど、俺は3月28日。俺の負けだ」
「3月生まれなのに勝負したんだ、すごい」
彼女は言いながら小さくパチパチと拍手をしていた。
「どっかのすごい人が『1%でも可能性がある限り諦めてはいけない』って言ってたから」
「ふむ。でも成功した人しかそれ言わないよね。可能性を信じて失敗した人の方が世の中にはたくさんいる…」
「うん、急に夢のないこと言うのやめて」
虚しくなっちゃうから。
「現実にサンタはいないし、オタクに優しいギャルもいないし、可愛い妹も、負けヒロインも全部存在しなくて悲しいね」
彼女は伏し目がちに、足元へと目線を向けていた。
「やめろやめろ。俺は夢が見たいんだ…って、待て。負けヒロインは普通に存在してるだろ」
「負けヒロインってことにしたらまあ綺麗だけど、実質ただの脇役じゃない?現実での呼び名は"負け一般人"が最適」
「うん、全国の負けヒロインの方々に深々と頭を下げてお詫びしなさい」
清々しいまでの無慈悲だな。
「あ、でも、私みたいに清楚系ヒロインと出会う展開は実在したね。現実まだ夢ある」
顔だけならな。ってか自分で言うな。
「今までの会話でもう清楚系とはだいぶ違っただろ」
本当に、綺麗な顔であることは間違いないんだけどな。それを凌駕する不思議ちゃん、且つ、ズバッと突き刺しちゃう系。まあ、俺は別に嫌いじゃないが。
「…てか、はいこれ」
俺は言いながら彼女にお金を手渡した。
「お、ありがと」
彼女は普通にそう礼を言い、俺達は共に改札の外へと出た。
小さな問題もこれで解決だな。
「返さなくて大丈夫だから。それじゃお元気で」
それだけ言って去ろうとした瞬間、彼女は俺の手を取った。
「そういえば名前は?」
「…あぁ、俺は花川。
「オッケー、花川新利ね。覚えた」
彼女はふむふむと頷いていた。
「そっちは?」
聞くと、彼女はこちらに生徒手帳を見せながら言う。
「こういうものでした」
"志津宮 諷蘭"
その名と共に、横には確かに彼女の顔写真があった。
ってなんで過去形で言ってきたんだよ。まるで今は違ってるみたいな言い方だな。
…いや、待て。確かに、写真は今じゃなくて過去に撮ったものだ。だからこその過去形…この人はそこまで考えて…
なわけあるか。
「えっと、しづみや…の後はなんて読むんだ?」
「これで"ふうら"って読む。
これまた華やかな名前だな。
「良い名前だな。覚えとくわ。それじゃあ、俺はこれで。まあ今度はヘマすんなよ」
志津宮は俺の言葉に「うん」と返してから、言葉を続けた。
「今日はありがと。この仇はいつかちゃんと返す」
「いやそこは恩であってくれよ」
「わかった。恩返す。その時は鶴の姿になってるかもだけど、驚かないでね。鶴の恩返しみたいに」
志津宮は人差し指を唇に当てて言った。
「それ展開としては逆になっちゃってるだろ」
俺は軽く苦笑しながら、続けて言う。
「もう暗いし、帰りだけ気をつけて」
「私の家それだから心配には及ばない」
志津宮は道路の向こうに立つ一軒家を指していた。
「いや、なにさっき会ったばっか奴に家の場所教えてんだよ…余計に心配になったわ」
「あ、確かに。今後は気をつける」
志津宮は一度頷くと、「それじゃあね」と手を振ってきた。
俺もそれに振り返し、俺達はそこで別れた。
たぶん運命的な出会いをした……と思うんだけどあんまドキドキしないな。
なんか変な人だったなって印象が強くて、それ以外の感情が浮かばない…
まあ、会うのもこれっきりだろうし、そんな深く考えることでもないか。
さっさと風呂入って早く寝よ。
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