第15話 えっ不審者だ、不審者いますよ!

 映世互うつしよたがい洞窟から軽く走ること一日。シナスタジア大陸の西部を治める『ビジョン王国』の首都にして、バージョン3における目玉マップだったとある都市へと俺達は辿り着いた。

 都市の名を『アイリッド』と言う。

 直訳すれば瞼、視覚ビジョンの名を冠する国の首都としては妥当だ……そこは眼球アイじゃないんかい、とは年一くらいで思っているけど。


 ま、都市の名前なんぞはどうでも良いんだ。そこは本題じゃないからね。


 白昼堂々、お天道様が真上に輝く時間に、ラトと二人真っ白な街を歩く。

 主な光は日光じゃなく、あちらこちらから下げられた青色のランタンだが。


「プレフィス、本当にこの道で合っているのよね? 私にはアテもなく彷徨っている様に見えるのだけど」


「ハハハ、まさかまさか。俺が道に迷うだって? いくら師匠でも言って良い事と悪い事がある。俺の心は実に脆いんだぞ?」


「……はあ。貴方と一緒なら、私は別に何日迷ってもいいわよ」


 聖都アイリッドの特徴は簡単だ。兎に角全ての建造物が白くて、荘厳で、

 中央に佇む王宮を中心に作られた円形の城塞都市なのだが、ビジョン王国の建築の基本がなせいで、あらゆる建物と建物の間に廊下が伸びている。

 純白の建物の上に建物が重なり、連なり、SFディストピアのスラム街もかくやのハイカロリー違法建築が合法的に溢れているのだ。


 都市の俯瞰図が円錐型だなんて、全くもって馬鹿げた最高の都市だよ。

 一番の問題は死ぬ程迷う点だな。ゲーム本編じゃ進入不可だった場所全てへ行けるもんだから、気を抜いたら迷う迷う。


「何にせよ、当分食うに困らん金は得た。というか、ぶっちゃけただ生きるだけなら既に遊んで暮らせるんだが……さて。ラト師匠、やりたい事はあるかい?」


「特にないわよ。こうして街を歩けるだけでも十二分に満足してるわ、生物らしい欲も随分昔に消えた訳だし」


「残念だ。凄い事をするエンドコンテンツにはゼロが三つ程足りないし、無駄に高い宿に泊まる以外の使い方を考えたいんだがな……」


 アイリッドに到達してからはや数時間。

 これまで俺はただ迷っていた訳ではなく、ちゃんと見付けた全ての質屋へ駆け込み、山籠り中に手に入れた大剣を売り捌いていた。

 システム的にもリアル的にも、店が一回の取引で利用できる金額には上限がある。数千本の大剣を一度に売れる訳もなく、こうして大都市で一軒一軒巡る必要があったのだ。


 現在、俺の所持金は約1000万エル。1エルが約10円程度なので、俺は今1億円相当を持ち歩いている事になる。そう考えると怖いが、今後どうせ数兆エルを財布に入れる羽目になる、この程度でビビる訳にはいかない。

 ……結構簡単に金策が出来る、なんて思うだろう? 

 最上位の矢なんかは一本で1000万エルだ。プレイヤー同士で取引可能なバザーだと、武器が一つ数千億エルで取引される。

 十年続いたMMOってのは金銭感覚がバグるモンだ。金策効率がゲームそのままなせいで、設定的な富豪には結構なれるもんなのさ。


 前世もこうなら良かったのにな! 


 ◇


 アイリッドで迷う、じゃなかった。散策すること更に数十分。


 王宮周辺のハイソサエティな区画へ突入すると、街を往く人の数も減り、質素な服を着た平民や革鎧を付けた冒険者が見当たらなくなる。

 代わりに二人乗りの箱型馬車が増え、下の区画と比べても広い道を白馬が優雅に歩く。馬も車も白、白、白、実際見ると美しさよりも頭痛が勝るな。

 

 景色に疲れ、目頭を押さえる俺。その様を見たラトは心配したのか、ひょこ、と上体を動かして顔を覗き込んでくる。


 自分で言うのも何だが、なんと微笑ましい光景だろうか。


「昼間から聖都で混沌の魔王とデートですか。僕のライバルは随分と暇らしい、こんなの嘆くしかないですよ。ねえ、プレフィス?」


 急に後ろから語りかけてきた不審者さえ除けば、な。


「アフターワード。自称魔王が何の用だ? 俺は今非常に忙しいんだ、何せアイリッド一の宿屋を探すって使命がある。お前に構ってる暇はねえよ」


「ええ。私に負けて不様に逃げた男が何のつもりかしら」


 こうも白い街じゃ、全身黒の不審者はよく目立つ。

 彼一人だけが異世界から来たみたいだ。異世界から、とは当たらずとも遠からずだけど、何にせよ多少なりとも溶け込む努力はしろよ。


 変わらずペストマスクにロングコート姿の男、アフターワードが芝居じみた動きで俺へと手を差し出してくる。


「喧嘩腰は辞めてください、ただのダンスのお誘いです。一緒に踊りませんかシャル・ウィ・ダンス、自称勇者にして、唯一僕の遊び相手たるプレフィスさん?」


 馬鹿じゃねえのか、何言ってんだこいつ、ってのが正直な感想。

 ラトと顔を見合わせてから、もう一度怪訝な顔で佇む不審者を見る。

 不審者は表情の見えないマスクを付け、俺へと手を差し出したまま。

 この不審者は悪夢の産物じゃないらしい。困ったな、実に困った、町中でなければ半殺しにできたのに。


「何が遊び相手だ、気持ち悪いぞアフターワード。臭い台詞で俺みたいなのを口説けると思ったか、恋愛ごっこなら他所でやれ」


 わざとらしく舌打ちを響かせ、手を払って後ろを向く。

 どうやらアフターワードに敵意はないらしい。そりゃそうだ、小難しい理屈は抜きにしても、普通のビルドならラトを殺せないからな。

 加えて、戦うだけ無駄なんだよ。

 俺の負け筋は「世界滅亡」しかなく、また、アフターワードの勝ち筋も「世界滅亡」しか存在しない。

 俺達の戦いは、「重要なアイテム或いはNPCの争奪戦」以外の形式じゃ成立し得ないんだ。故に、重要局面以外ならばこうして仲良く? 言葉を交わせる。


 簡単な道理だ。そんな事、当然向こうも分かってる。


「仕方ありませんね。『運命の透明糸』」


「……それがどうした?」


「ふむ。一億エルと『無限銃弾』」


「……だから何?」


「まだ駄目ですか。強欲ですね。では『世界樹の仙薬』を二十個」


「だから何だって言ってるんだよ、アイテム名を羅列すんな怖えって!」


 早歩きでラトを手を引き距離を取る俺。話しながら一切ペースを落とさず付いてくるペストマスククソ不審者アフターワード。傍目に見れば恐怖しかない。


「舞踏会へ来てくれるなら差し上げる、と言ってるんですよ。分かってください」


「分かる訳ねえだろ、コミュニケーション下手くそか!?」


「同意ね。……プレフィス、怪しい誘いを受ける必要はないわ。それに、もし踊りたいなら私が居るわ。ダンスパートナーなら慣れているもの、随分昔の話だけど」


 差し上げる、と聞いて足を止めた俺の事をラトが諭す。

 妥当な判断だ、実際アフターワードの誘いは怪しすぎる。そもアイテム内容が非常に豪華で、どれも一点モノだったり入手が面倒だったりと、特別なアイテムだいじなものばかりだ。そう簡単にライバルへ渡すもんじゃない。

 罠、にしては釣り餌がデカすぎて逆に不出来だ。

 これに引っかかるのは余程の馬鹿だけ。


「────乗った。狙いは知らんが乗ってやる、光栄に思えよアフターワード」


 ま、俺は余程の馬鹿だがな。

 俺もこいつも、言ってしまえば一般ゲーマーでしかないんだ。

 イベントへ誘い誘われる事に、面白そう以上の理由が必要かい?


 呆れと驚きが入り混じり、馬鹿なのかしらと発言する寸前の、口をぽかんと開けたラトの顔が、特に意味もなく脳へこびり付いたのだった。

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