第十五話 未来因子・第一段階《選択収束》
モンスターが道路を引き裂いて突進してくる。
赤い目の光が、獲物を見つけた獣のように光っていた。
紗雪は声を失い、ただ遥斗の腕を掴む。
「遥斗……来る!!」
だが遥斗の中では、別の何かが動き始めていた。
胸の奥で脈打つ“未来因子(フューチャーコード)”。
鼓動のたびに視界が赤く明滅し、世界の動きが“分岐線”として見えていく。
——未来視ではない。
——でも確かに、“未来が触れてくる”。
その瞬間、モンスターの動きが三つにぶれた。
① 遥斗へ一直線に跳びかかる
② 地面を掘って足元から襲う
③ 紗雪を優先して攻撃する
普通の人間なら、この未来の揺らぎはただの違和感でしかない。
だが遥斗の胸に刻まれた未来因子は、はっきりと言葉にしてくる。
(この三つの未来……どれか一つを“確定”させられる)
理解ではなく、本能だった。
まるで深層域が形を変え、身体に入り込んだような感覚。
そして——
遥斗は“選べる”ことを知った。
■《選択収束(セレクト・ロック)》
——未来の分岐をひとつに“収束”させ、現実世界に発生させる能力。
未来視が“観る”だけの力なら、
未来因子は“つかんで引き寄せる”力。
遥斗は喉の奥で息を吐いた。
(なら——)
意識を未来の分岐の中に沈め、
“最も被害の少ない未来”に手を伸ばす。
——① 遥斗へ一直線に跳びかかる未来
これを確定する。
「来い!」
選んだ瞬間。
赤い光の分岐線が消え、モンスターの動きが“ひとつに固定”された。
直線的に、単純に、ただ跳んでくる未来。
紗雪が驚いて叫ぶ。
「遥斗!? 来させてどうするの——!」
「単純な未来なら、避けられる!」
跳躍の瞬間、モンスターの体勢、爪の角度、着地地点が赤い残像として浮かぶ。
未来視とは違う。
映像ではなく、
動きの結果だけが“脳と身体に流れ込む”。
遥斗は左へ滑り込むように動いた。
モンスターの爪が風を裂き、アスファルトを抉る。
「ハァッ……!」
避けた。
避けられた。
紗雪が呆然とつぶやく。
「……遥斗……いま、未来を……“固定”させたの……?」
遥斗は息を整え、頷いた。
「多分、これが“未来因子の第一段階”だ。
未来を観るんじゃなく……
“未来をひとつに選んで、現実に引き寄せる”力。」
紗雪の目が揺れる。
「選択収束……
未来を固定しちゃうなんて……それ、完全に観測者の領域を超えてるよ……」
(観測者を超えた?
じゃあ俺は今……何になってるんだ……?)
問いの答えは出ない。
だが胸の奥で未来因子は脈動し続ける。
■2 未来が“押し寄せる”
モンスターが再び吠え、次の攻撃が迫る。
すると——
遥斗の視界に再び“赤い未来の線”が三つ現れた。
① 遥斗へ二段突進
② 周囲の車を投げ飛ばしてくる
③ 近くの子どもを狙う
「……ちょっと待て……
未来の分岐が増えてる……?」
紗雪が顔色を変える。
「遥斗! 未来因子が活性化してる!
あなたが選択するほど、未来の揺らぎが大きくなるんだ!」
未来を選ぶほど未来が荒れる。
選択するほど世界が揺れる。
——これが黒い観測者が言っていた“破綻点”か?
(違う……そんなはず……)
だが未来因子が訴えてくる。
(選べ。
選ばなければ、誰かが死ぬ。)
汗が背を伝う。
未来を選ぶことが、すでに破滅の引き金に思えた。
選べば守れる。
だが選ぶほど未来は荒れる。
「……冗談だろ……
選択が……罠……?」
紗雪が遥斗の肩を掴む。
「大丈夫、遥斗!
あなたは未来を“観る”力じゃなくて、
未来を“決める”力を手に入れたの!」
「でも……選べば選ぶほど……」
「いいから、やるべきことをやろう!」
その瞬間、未来の三つの分岐線のうち——
③ 子どもを狙う未来が赤黒く濃く染まり始めた。
未来因子が警告する。
(——この未来、最も強く“収束”しようとしている)
「クソッ!」
遥斗は意識を集中し、③の未来線を“掴んだ”。
そして捻るようにして——
③を“拒否”し、①を“選んだ”。
——選択収束。
世界が瞬間、ビリ、と歪んだ。
モンスターは子どもに向かおうとしたが、
あり得ないほど不自然に軌道を変え、
遥斗へ一直線に跳んできた。
「来いよ……!」
遥斗は地面を蹴り、モンスターの懐に踏み込む。
未来因子が告げる。
(あと0.1秒で右爪。)
避ける。
次いで左足払い。
倒れた隙に、モンスターの身体に落ちていた鉄パイプを突き刺す。
「——っ!!」
黒い液体を吐き散らし、モンスターが崩れた。
全てが終わったあと、紗雪は震えた声で言った。
「……遥斗。
あなた、本当に“未来を固定して”戦ったんだね……」
「……ああ。」
遥斗は血のついた鉄パイプを見下ろす。
自分が、
誰かの未来を“選んだ”ことの重さが、胸に刺さっていた。
選ばなかった未来では、子どもが死んでいた。
未来を守るために未来を操作する。
それが遥斗が踏み込んだ領域。
そして——
ダンジョンの頂点にある“巨大な観測の目”が、より強く光り始めた。
遙斗の未来因子覚醒に反応するように。
“ようやく始まったか。
破綻点——”如月遥斗“。”
声なき声が脳に響いた気がした。
遥斗の未来が、ついに世界に影響を及ぼし始めた。
そして、それを望まぬ存在が確かに“見ている”。
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