VOID BEAT

ノリのリコ

第1話 VOID BEAT

「どう?!良かった?!」

「うん。今回もめちゃくちゃ良かったよ」


歌い終えてすぐ、ヒビキはいつものように俺に感想を求めてくる。


「でも、サビがうまくいかない」

「そう?何とも思わなかったけど」

「サクはいつもそうだろ。もっと歌に関心を持て」


響は病室に来るたび、生歌を聴かせてくる。

俺は歌に興味はないから、響以外の歌を知らない。

知っている歌は、全部響の声で知った。


「来週の発表会、いけないや」

「…手術と、被るんだろ。」

「うん。」

───成功率10%。つまり、「死ぬ」ための手術だ。

親のエゴだ、と今でも思う。


俺の病気は珍しく、手術が成功すれば医学の未来に希望が生まれる――

そんな理由で、俺を“捧げてもいい”と判断した親の神経は、正直サイコパスじみている。

むしろ、手放してしまった方が楽になれるとでも思ったのかもしれない。


この事実を、響は知らなかった。


「頑張れよ。俺も頑張るから、歌。」

「うん」


――どうせ「死ぬ」のに。


「今度聴かせてやっから」

「うん」


―――聴けないよ。「死ぬ」んだ、俺。


「お前は俺のファン第1号だからな」

「…」


―――もう「死ぬ」けど。


「…俺のこと、覚えとけよ」


響が視線を落とし、小さくつぶやく。

その瞬間、病室の空気がほんの少しだけ揺れた気がした。


「え?」

「手術終わって忘れるとかないように、なんか残しとこうかな。歌の録音とか?」

「っふ」


響の軽い調子に、思わず拍子抜けして笑った。

俺の気持ちも少し軽くなったような気がした。


「もういいから、早く帰りなよ(笑)」

「はあ?真剣なのに」

「大丈夫。なんもないから」

「わかってる。わかってんだけど…」

「なに?」

「…いややっぱなんでもない!じゃ、またな!」

「うん。じゃあね」


病室を出ていく背中を見送った。

響といると、楽しい。そう、楽しい時間はいつもあっという間だ。

気づけば七日間は過ぎ去り、手術の日がやってきた。


目を覚ますと、スマホには響からの着信が入っていた。


『めちゃくちゃ緊張して、死にそう』

『俺も』

『不謹慎だぞ』

『お前だろ』


続けて、メッセージと動画が届いた。


『今日歌う曲、聞いて』


送られてきた動画を再生する。響がひとり、ギターを持ちながら歌う姿。

その歌声に、胸の奥が軋む。


画面に水滴が落ちていく。


――ああ、死にたくねえよ。

ヒビキの歌、まだ聴いていたい。

できることなら、死んでもこの歌声だけは奪わないでほしい。

この歌だけでいい。

どうか、俺にこのひとつだけは残してほしい。


震える指で文字を打つ。


『俺は案外、響の歌が好きだったよ』


送信を押して、スマホを閉じた。


手術室の光が揺れる。冷たい感触、機械の規則的な音―───。


意識の底から、響の歌声を思い出す。

かすかなメロディ、言葉のひとつひとつ。耳で聴くのではなく、魂で聴くように、リズムも歌詞も歌声も、刻み込む。


――忘れない。絶対に、忘れない。


必死で脳へ焼きつけようとする。

意識の中で歌を追いかけ、心の中で握りしめる。


だが、意識の闇は深く、歌声は指の隙間からこぼれるように逃げていく。


それらは遠く、遠くへと消えていった。


気づけば、すべてが闇に沈んでいた。

逃れられない、不可逆的な感覚――それが、【死】の世界の入り口だと悟った。


けれど、体の奥そこで、確かなものが脈打っていた。

――響の、歌声だった。


その瞬間、漆黒の闇の中に、かすかに光が揺らめいた。


『…お前、生きたいのか?』


闇の中に音はないはずなのに、何かが意識の隅々にしみ込むように滑り込んできた。


『……なんだ?』

『私は死神だ。死を司る死の神。』

『は?』

『もう一度聞くが…お前、生きたいのか?』

『どういう、ことだよ、?』


何かが入ってくる。


『ううっ…あああああっ!』

『正直になれ、お前は生きたい!!そうだろう!!』


はははっ!と陽気に高らかに笑う声が響き渡る。


――気持ち、悪い、!!!

不快なのか、快楽なのか――。


意識の隅々まで掻き乱されていく。


『やめ、っ!やめろおおお!!!』


「――はっ!」


体が跳ね上がり、全ての感覚が戻るのを一瞬で感じた。


「うわあ!!!」


響が椅子から転げ落ちていた。


その後ろに、なにか黒い物体が立っていた。


「響、ここは、どこだっ、?!」

「は?病院だよ、もうびっくりした、」

「う、うし、うし、う、、」

「牛?牛がどうした?」

「後ろ、!何かいるぞ、!」


響が後ろを振り向く。


「なにが?何もいねぇじゃん」


黒い物体は笑みを浮かべた。

───そう、こいつは死神だった。



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