ガンプラバトル・ジェネレーションズ

のしろ

01/13話:「対戦よろしくおねがいします」

 薄暗くて狭いバトルポットのシートに身を落とす。少し待つと、メインの照明がゆっくりと落ちてゆく。

ウィィン……

 ガンダム特有の起動音が響く。

 それとともに煌々と点りゆくディスプレイ。

 少しの間。その後、計器類に、火器管制…機体ステータス…メインディスプレイ…次々に火が灯ってゆく。気持ちが落ち着く。この瞬間はかなり好きだ。

 私のガンプラ…アストレイ・レッドフレームも、しっかりとセットした。大丈夫、もうあんな失敗はしない。レッドフレームというらしいけど、今、そんなことはどうでもいい。


ガタンッ

 カタパルトのハッチが開いた。

 カタパルトのシグナルが緑色に点灯した。オールグリーン、これが全部消えて赤色になったら始まりだ。

 心臓の音が、聞こえる。

 シグナルのカウントダウンと、心音が、同調しながら……カウントダウンが

 終わる。


LAUNCH!! ガンプラバトル!スタート!!

「対戦、よろしくお願いします!」


 突如としてスクリーンが緑と銀色に包まれた、川もある。

 ポケットの中の空間。スペースコロニー。

 ランダムステージだったけど、ここは当たり、得意な所だ。遮蔽物は少ないし、逃げ場も少ない。私の機体は接近戦重視だから、懐に飛び込めば一瞬。なにせカタナ、ガーベラ・ストレートがある。

 飛行しながら索敵をする。見回す。フィールドに動くシルエットはない。レーダーと音に意識を向ける。レーダーもまっさら、おかしい。近いはずなんだ。

ズ…ンッ

 歩行音?重い。右後ろ。レーダーにもまだ映らない。振り向きながら射線を切るようにバーニアを短く。私のいたところに煙を引くなにかが、尾を引き脇をかすめて行った。グレネードだ!

 当然、次はビームライフルが来る。ビームライフルとグレードセットの機体!

 一気に高度を下げる。身体も動いてしまう。

 正解!頭上を黄色い閃光が走っていった。このままあの高層ビルの側面を目指す。


 ガンプラバトルでは、早く動く相手でないとレーダーが機能しない。相手はそのギリギリの速さで動いてる。その上で上手くポジションを取ったらしい。明らかに猛者だ。できる!


 ビームライフル、グレネード、重い歩行音……となると、相手の機体はグスタフ・カール!硬いから初心者向けの機体だけど、上級者が乗ると急に化ける。だとしたら、これは手強い。

「アストレイ!」

 落下しながら、ビルの側面を蹴る。

 思わず声が漏れた。視界が目まぐるしく回る。視界のスミを散弾がかすめた。ビルのコンクリートが破片になって、煙のように舞う。落下を狙っていたのは明白。着地を狩らせたりはしない。

 最低限のバーニアで、ビルの陰に着地する。


 ふう、と息をつく。

 さっき横目で射線を追った小高い丘に。今はビルの向こう側。膝をついた迷彩柄が一瞬見えた。ファンネルでもないとお互いに攻撃できない。

 もうもうと白煙が舞っている、倒壊したビルの外壁が作り出した煙幕。

 これなら相手も迂闊に撃ってこられない。姿が見えないから。

 胸が上がるほどに息を吸い、頭がフル回転させる。

 相手は重量級の超タフ機体。インターバルで修理されると、勝ち目がない。もうすぐタイムアップ。

 相手の武器の種類は、おそらく多くない。でも頭のバルカンもある、あれはかなり警戒しないといけない。だけど、焦りは禁物。

 じわり、とアストレイのカタナを抜く。ハバキが少し引っかかる。綺麗に切り出せないバリ。でも抜刀すれば、どうってことはない!

 息を吐くと、吐き切る前に、止める。右へ跳ぶ。視界が完全に良くなる前に!

 ダンッという鋭い足音。視界から白い砂煙が消えて、丘の緑が瞳に映る。

 丘の中腹…いた!やっぱり迷彩柄のグスタフ!隠れてる!右膝を着いて、反応が遅れている。

 予想通り!狙撃しようとしてたよね!?

 グスタフさんの、向かって右肩にある固定の盾アレは硬い。みんなそれに頼る。だから、反対側からの攻撃を警戒するのが定石!

「やああ!」

 最悪耐えられる。でもそれは甘え!

 私は!向かって右から!盾の方から攻める!

 ほら!グスタフさんの反応が遅れた!距離が縮まる。頭のバルカンも…もう間に合わないでしょ!?

ダンッ

 アストレイの着地と同時に、間髪なく!

 強く!深く!一気に!踏み込む!!

 速度を乗せて、一撃で仕留めにかかる!!


 強い手応えがあった。有効ってヤツ。

 ガーベラ・ストレート、カタナが、グスタフさんの後ろ脇から、シールドを避けるように腰を貫いた。

 一本!

 心のなかでそう聞こえた。

 でも…残心カタナを残し、動きを…よし、止まった。

 これでもう大破は貰える。

 すぐに刃を抜こう、不必要に壊したくない。


大破!! WINNER:Jin !!

 

 パブリックスクリーンにリザルトが流れた。終わった。

「対戦!ありがとうございました!!」



 バトルポットから出ると、いつもの店員さんがアストレイをケースに入れて手渡ししてくれた。

「いやー!JInさん!お手合わせありがとうございました!!」

 ここの模型店「ホライゾン」はすごく丁寧で、常連さんも多い。強い人が集まるから、ああいうグスタフさんも来てくれる。多分県外の人なんだと思う。自然しか見るようなものがないところ。本当にガンプラバトルが好きなんだろう。でも遠征かぁ、少しあこがれる。

「いえ!グスタフさんもとても綺麗ですよね!…あ、あの…その」

 ちょっと脇がカタナでえぐれたグスタフさんの機体に罪悪感を覚える。

「いいえ!いいえ!それお互い!勲章ですよ!コレは!!」

「そう言っていただけると、助かります」 

 みんなフェアでいい人だ。悪い話はあまり聞いたことがない。

「でもJinさん、もったいないなぁ」

 ふいにグスタフさんに変な話題を出される。

「もったいない?私、なにかしましたっけ?」

「何もしてない…かな?結構”知る人ぞ知る”って達人じゃないですか」


 あ、ああ、そのことか。そういえば私はここでしか、ガンプラバトルをやってなかった。だから「不動のJin」とかって呼ばれてる。

「いえでも、私もまだまだですし、ここでも強い方が来てくださいますから」

「ありがとうございます。でもまたご謙遜を…おっと!では、次の会場ありますので!失礼します!」

「はい、その、対戦楽しかったです。」

 グスタフさんがにっこりと、さわやかな笑顔を返す。

「全国……夏のキャラバン・シーズン、やってみるといいよ!きっと!あれだけ強いんです!できます!強さは保証します!!」

 そう言うと、グスタフさんは「模型店ホライゾン」を去っていった。


 キャラバン・シーズンかぁ…。全国大会。

 参加していいのか。私にはわからない。「ガンダム」も「プラモデル」も、ましてや「ガンプラ」も、ゲームの性能のフィルターを通さないとわからない。好きな人に譲るように、過度に対戦前に挨拶をしているのかもしれない。外様な、蚊帳の外の空気。なんかそういうのを感じちゃうかもしれない。


「なんだかなー」

 ひとり、5月の空に、悩みをこぼした。返事はなかった。




 そのまま家に帰って、少し「マニック・マッチ・バトル」を遊ぶ。


まぅにいいいっく!まっち!ばどぅーーー!! (ダァン!!


 少し前にとても流行ってた格ゲーだ。…今も流行っている!私の中で!

 でもかつての盛り上がりも、今はすこし踊り場なのは否定できない。少し強がった。私はこのゲームと相性がいいのかもしれない。ランクマッチであっという間に勝ち進んだ。ここで私はよくわからない有名人になっていた。

 私にもよくわからない。

 やれ無言だの、礼節のJinだの、武士道精神の塊だの。

 ボイスチャットの仕方がわからなくて、エモーションで丁寧に挨拶をしていただけなのだ。失礼な。

 私…”明神ナデシコ”とは別の人格”Jin”がここにいる。そして彼女はすごく人気があるらしい。ガンプラバトルでも”Jin”の亡霊が私に付いてきた。それがすこし窮屈で、でもすこし、安心感もある。

 そしておちゃめだ。今も画面の中で礼をしている。


ギュイン!

 大きめのSEとともに対戦カードが組まれた。

「ミカドさん…かぁ」

 さいきん同じ人とよくマッチングするようになったように思う。ああ……”ミカド”さん、”ラクーン遣いのミカドさん”…またこの人だ。この人がVTuberというのだけは知っている。配信は見たことはない。VTuberってよくしらない。


ダンッ!バンッ!!

 この人は割と読みやすい、ラクーンってキャラの二択と、ガチャプレイ…いわゆる”わからん戦術”っていうのを多用する。

 私のキャラは「ダイモンド・ケージ」得意なのは、当て身…攻撃の相性がいいと返す、ってやつ。

 他にも色々使えるけど、ラクーンとは特に相性がいい。

 ラクーンはカウンター系の技との相性がとてもよくない。


KO!

 ラウンド1は私のダイモンドが取った。


ガッ

 コントローラーが反応せずにカウンターをもらった。

 でも「ミカド」さんは、多分、いいセンスをしてる。こういうのを見逃さない。いいセンスだ。私の中で謎のイケボが称賛する。すごい。

 天性のカンがあるんだと思う。ああ、だから二択が強いんだ。今のスタイルを変えて、かなりガチれば私よりずっと強い。


K.O.WINNER: ダイモンド・ケージ!!

 ”ミカド”さんとの対戦が終わった。コントローラーは不調だったけど、なんとか勝てた。対戦ありがとうございました。


 画面の中では大きなサングラスの古風で粋な角刈りオッサンキャラが

”自分の過ちは、自分で刈り取れ”

 と、相手に金言を語りかけている。実はこういうオジサマキャラは、好みだったりする。


「ふぅ……。」

 パソコンの電源を落としてしまう。

 静まりかえった部屋。


「なんだかなぁ~」

 人が見てないのをいいことに、椅子に座ってぐるぐる回る。

 何か燃えきらない「何か」が、心に燻っている。コレはなんだろう?この調子の悪いコントローラーのせいだろうか?

ガチャガチャ 

 アーケードスティックのレバーを手持ち無沙汰に動かす。これはもう、使いすぎたのかもしれない。ボタンやレバーの反応がとても悪くなった。ここですら、思うようにならない。でも買い替えられない。思い出がありすぎる。

「むー……」

 迷った挙句、コントローラーを棚の上に仕舞う。もう、触れなくても良いように。そうだ、これから、このまま卒業してしまうのも、アリかもしれない。そうだ、それがいい。そう思いながら、眠りについた。


「明神ナデシコ先輩!ありがとうございました!!」


 週明け所属していた弓道部と、応援に行った剣道部、わざわざサプライズで合同の部活動卒業式っていうのをしてくれた。ここにも卒業がきてる。私から色々なものが消えていく。

 まだ5月だというのに、うちは進学校だからそういうのが早い。でも、部活動は楽しかった。みんなが慕ってくれた。応援で行った剣道部では全国にも行けた。おばあちゃんにすごく叩き込まれたので、こういうのは人よりは得意なのかもしれない。

「明神さん!ほんとに無理言ってごめんねぇ~」

「あはは…いえいえ」

 顧問の先生は「創設以来の好成績」なんて、おおげさに褒めてくれた。でも、それより全力を出したのに、手も足も出なかった。本気で勝てない。まだまだ世界はずっと広いのだ、上には上がいる。そう思わせてくれた。もっとやってればよかったのかもしれない、そんな心残りはある。

「あ!先輩!コーラありますよ!コーラ!」

「あ!ありがとう!」

 後輩にコーラを御酌してもらう。

 この時間は幸せだ。たのしい。

 でもきっと、多分大変な、それだけでは終わらない事の方が多かったんだ。そうやって自分を慰めるしかない。楽しいだけじゃないよね。過ぎ去った、終わった時間は戻らないし。


 そう「あの日」のように。


「ん、今日はありがとう。うれしかった!ちょっと早いけど、したいこと、あるんだ。先に行くね」

「はい!明神先輩!また来てください!待ってます!!」

 嫌なことを思い出しそうになったので、とても早い卒業式もそこそこにして退散する。

 非常に申し訳ない。

 でも…こういう気分の日には、秘密の場所に限る。



 こっそりと学校の屋上に上がって、頭を空にして空を眺める。おおきな雲が深い群青の空を流れてゆく。部活動も終わった、大学も推薦。好きなものはゲームとガンプラバトル。

「なんだかなー!」

 手すりに肘をかけて、初夏の空を瞳いっぱいに染み込ませる。嫌な考えだ、何かで上書きしたい。


「んーでもなー……」

 でもそれは誇って他人に言えるほどのものでもないし、そんな腕もない。なんとなく始めてみたガンプラバトル。私はプラモデルはとても得意じゃないみたい。良い工具を使っても、上手く切りはずせないし、シールもズレる。この前はバトル中に脚が勝手に割れた。立つことさえできなくなってしまった。組み立て方が悪いんだよって、店員さんは丁寧に教えてくれたけど、バトル中にアレは萎えてしまう。ガンプラバトルは楽しくてとても好き。だけどバトル以外に必要な要素が多い。自分の好きなだけではどうにもならない。もどかしい。


 カラッポだ。私にはもう何も残ってないのかもしれない。

「けれどこんなに、からっぽっぽー、なのー」

 おにいちゃんの聞いてた歌を、なんとなく歌う。

「なんてね」


けほん。

 横で咳払いをされた。

 振り返る

 隣りにいるのは…同じクラスの……山田さん。山田さくらさんだ。

 さくらさんか……。いつのまに、いつから?


「こんにちは」

 ちょっと冗談めかして、山阿さんが話してくる。


「あー、うん。少し考え事を…ね」

「そっか」

 微妙な距離で山田さんが手すりに寄りかかる。


 横目で山田さんを見る。

 この人も屋上組だったのか、初めて知った。小柄でショートヘアー、いつも何処かケガしてる。なんでなのかはわからない。不思議な人。なにかよくわからない魅力がある。私と似ているような、何か心のなかに煮えきらない何かを隠しているような……。


「ミョージンさん。なんかさ」

 ふと、山田さんが言葉を切り出した。

 5月の風が舞っている。


「なんかさーって最近、考えてる」

「ぷっ、なんかさーって何かあったの?」

 山田さんは不思議な人だ。人からは「浮いている」とか「満たされない人」のように映っていて。そしてそれは正しい。現に楽しそうにしていても、いつも心に何か陰が差してくる。

「あはは」

 山田さんも愛想笑いを返してくれた。

 でもそれは、私、明神ナデシコも、同じ。

 なんか、奥底は似てるのかも。だからこんな風に話してくれるのかな?


「そうだね…なんも、ない」

「そか」

 んー、でもそれは……。

「でも、それ私も」

 明神ナデシコにはなにもない。

 なにかのサブタイトルみたいだ。

「何だったのかな、コーコーセーカツ!!ってね」

「哲学?」

 なんだかふと、考えなしに聞いてみたくなった。

「ううん、そこにあるリアル」

「あー……何だったのかな」

「そろそろ、終わるもんね」


 二人して、空を眺めるしかなかった。

「お話ありがとう、明神さん」

「ううん、でも、山田さんとは、こんなに初めて話した気がする」

「私も、なんでだろうね、明神さんを見てたら、放っておけなくて」


 風が流れる。そして、ふとこぼしてしまう。

「仲良く、なれたかもね。もっと」

 山田さんは、答えない。

「わかんないなー。それに……」


 山田さんは恥ずかしそうに、小走りに屋上出口に走っていった。

「仲良くなっても、何したらいいか、わかんないし!!」

 ニカッっと山田さんが笑う。

「お邪魔したね!ごゆっくり!!」

 山田さんが勢いよく扉を閉めた。


 なんだったんだ……。

 なんとなく、すぐには降りられない空気になってしまった。空は相変わらず、蒼くて深い。

 ふと、さっきの山田さんの事を考えてしまう。きっと私も、山田さんみたいに、人からは「浮いている」とか「満たされない人」のように映っていて。そしてそれは正しい。現に楽しそうにしていても、いつも心に何か陰が差してくる。山田さんも不思議な人だ。ほんとうは明るい人なのだと思う。天真爛漫なオーラを纏っている。なのに、なにか…視線にはいつも暗い影がさしている。あまり人とも関わることも少ないみたいだ。実は…いじめられないか、いじめられていないか……。勝手にそんな風に心配しちゃっていた。でもみんないい人で、みんなすごく優しい。私の変な考えを悔やんでしまうほどに、世界は暖かかった。でももしかしたら、私も山田さんにはそう写ってるのかもしれない。心配されている側……。

 やはり、人のことはなにもわからない。


ピロン、ピロン、ピロン、ピロン


 ふとスマホの通知音がやまなくなった。SNSの通知もバグったように増えている。私のゲームのアカウント、別人格"Jin"に向けて、だ。通知がもう鳴り止まない。みるみるうちにどんどん増えてくる。どんどん膨らんで、私の心をかき乱す。炎上した?え、いやでも、そんなことをした記憶はない。品行方正だ。でも、こうしている間にも増えていく通知が画面を覆い尽くす。怖い。こわい。見たくない。みたくない。


でも…見ないと。


 「炎上の火種」それは私宛の1通の公開メッセージだった。相手は…フロム・サイド・ワン…!?FMO!?ガンプラバトルで…たしか一番強いところ?で、ええっと…メンバーのどなたかが鬼籍に入られて……。うーん、なんか休止中じゃなかったっけ?ネットニュースでみたことがある。そこのAR(アル)さんだ。思い出した…超有名人だ……。なんで私に?いや、"Jin"宛か。

AR:「Jin、19時ホライゾンで待つ」

 ……なんで、私なんかに。


 「ホライゾン」さんにもすぐに一報が届いていたようだった。「まるでコロニーが落ちたかのようだ」、と店長さんがわざわざ電話をしてきてくださった。この人が私にガンダムネタを言うってことは、それだけで異常事態なんだと察する。そんなに大盛りあがりの大ニュースなんだろうか。私のアストレイを事前に持ち込んだら、サービスでメンテしてくれるらしい。今日だけ特別に、とのこと、本当にありがたくて仕方がない。なぜだろう胸が高鳴っている、戦ってみたい。ARさん、伝説だけは何度もネットで拝見した。動画で観る彼女は、すごく強くて輝いていた。けど……なんで、私なんだろう。本当に良いのだろうか。


「ちょっと…出かけてきて、いい?」

 早めの晩ごはんの後に、母に許可を取る。びっくりした顔で、でもすぐ許可を出してくれた。日頃の行いは悪くない方なので、ダメといい難かったのもあると思う。感謝しなきゃ。

 ガンプラバトルに向けて慌てて用意をする。いつもの変装。髪を後ろで結わえて、帽子で隠す。あとは薄めのサングラス。私は"Jin"ではない。今から”Jin”になる。そのための儀式。

 このアストレイとも多分、今回でお別れだろう。すごくぼろぼろだ。県外に行ってしまったおにいちゃんの、置き土産。私をガンプラバトルに引き込んだ呪いの逸品。ガンプラバトルは破損がつきもの。私では多分もう、このアストレイは修理できない。ここで全力をだして卒業、きっとそれもいい。

「いってきます」

 負けて、ここで全てを捨ててしまう。いっそ、それが良い。


 「ホライゾン」さんは大騒ぎだった。六時ちょっと過ぎにお店に入ると、店長さんとあの丁寧な店員さんが駆け寄って来てくださった。人で賑わっている。慌てて近くの釣具店や、銀行さんに、臨時駐車の許可を出してもらったんだとか。急な話だったけど”ガンプラバトルでは日常茶判事だぜ!”とのこと。

「アストレイを、お願いします」

 ふたりとも、実は凄腕のモデラーなんだと後で知った。でも今は気が気じゃない。ぼろぼろの…"おにいちゃんのアストレイ"を手渡して、のんびりとまつ。時間がとても遅く進む。陽は沈んだのに、とてもそうとは思えない熱気だ。

 色々な人が店内にひしめいている。男の方が多いけど、ちいさな子、女性の方、年輩の方、すごい。こんなにみんな、好きなのだろうかと、威圧される。胸が高鳴ると同時に、とても怖くなる。私は多分、この人たちに、とても失礼なことをしている。私の遊びのために、迷惑をかけてるのでは。違うってわかってる。それに本気で戦わないと、ARさんにも、ここにいる人達にも失礼だ。みんなを…失望させたくない。

 手を抜いて、負ける。

 手を抜いて、負ける?ダメダメ!それは、ダメだ。それは私が許せない!


 七時ちょうど。彼女風にいうなら「19時」にARさんは来た。彼女、女性だとは知らなかった。伝説だけが独り歩きしていたのかもしれない。バトルポッドのある三階の外階段、ブーツでコツコツと上がってくる姿には、威厳さえある。失礼とわかっていても、ここ、三階から見下ろした目が離せない。金髪でライダースーツの似合う、モデル体型の、妬けるくらいな超絶美女さん。私もかなり背が高い方だけど、それに劣らずって印象がある。バイクで来られたのだそうで、大きなバイクの隣に乗り込める、サイドカーっていうのがついてる。中からワンちゃんがワンワンととえながら見送っている。そちらに目が泳ぐ。コーギーだ。とてもかわいくて、頬が緩んでしまう。


 三階に上がり終えたARさんは、私の横を肩で風を切りながら通り過ぎた。振れると切れてしまいそうな、危うい空気を纏っている。


 あの雰囲気は…どこかで、味わったことのあるような?ただのデジャヴかも、初対面なのは間違いないし。

 店長さんにアタッシュケースを渡した。多分アレが機体。どんな機体なのか、とても気になる。やはり戦いたい、気持ちのギアが上がっていく。


「なで…Jin!?いるんでしょう!?勝負しなさい!!」

 びくりと肩が上がる。一瞬”ナデシコ”と私の名前を呼ばれたのかと思った。

 でも”Jin”だ、これも私なんだ。わかってる、呼ばれてることには変わりない。でもなぜだろう、動けない。

 多分ヘビに睨まれたカエルって、こういうのを言うんだ。

 深呼吸をする。

 らしくない、わかってる。ここで引き下がるのが、一番失礼なんだ。

「私です!対戦!よろしくおねがいします!!」

 ARさんの眉が上がった。明らかに驚いて、面食らったような表情をされてる。

 つかつかと、ライダーブーツの音を鳴らしながら、ARさんが私に迫ってくる。決闘前のカウガールのように、全身から気迫を漂わせている。

「あなたが、Jin?」

 ガシッといきなり、肩を掴まれる。

「そうです、私がJin、です。」

 でも、負けるわけにはいかない。私も相手を見据える。

 獲物を捕らえた鷹のように、ARさんの両手が、私の肩に食い込む。

 そうだ、痛いけど、負けられない。私の闘争本能の輪郭がカタチを顕にしてくる。

「やりなさい」

 そう言うと、ARさんは私の肩から手を離す。


 そして訓練された軍人さんかのように、素早く踵を返すと、バトルポッドへ入っていった。


 肩が、痛い。

 ……あの人は、私を急に呼びつけた。

 自己紹介もまだだ、人の時間を使って、それはない。いい大人が?

 それは許せない。

 何より「対戦よろしくおねがいします」にあの返答は、明らかな宣戦布告だ。

 あのコーギーちゃんはかわいいけど……。

 私は、許せない。

 良いオトナに、礼節を、思い知らせなくては!


LAUNCH!! ガンプラバトル!スタート!!

「対戦、よろしくお願いします!」


 あてつけに大きめに広域ボイスチャットで言うが、やはり返答はない。あの手の輩は何度も見た。勝たないといけない。

 フィールドは満月の海浜島。通称は「狭いドアン島」らしい。とても大きな満月が、キレイにフィールド照らしてる。

 ここはブッシュ…木で隠れてやり過ごしやすい、さっきのグスタフさんの手段を借りる。木々を縫うように、そっと、忍者のように潜みがながら、出方を伺う。

 機体の調子が段違いだ。手足が滑らかに動く。カタナの唾を親指で少し押す。引っかからない。刀身と唾の間、"はばき"の部分まで、丁寧に磨いて塗ってくださってる。チラリと覗く刀身の美しいこと。見惚れて……いけない。


 顔を上げると、動けなくなった。

 満月の中に、ARがいる。エピオン?違う。武器が違う。

 ガンダム・エピオンのカスタマイズ機だ。

 それが、月の中に大きく収まっている。独特の翼だけのシルエットが、私と月の間に…いる。

 ダンッ

 地面を蹴る。この手は通じない、もう場所がバレてる。そんな生半可な相手じゃない。

 頭が切り替わるのがわかる。本物だ。だからカタナは、まだ抜いちゃいけない。剥き身の刀身は動きが読まれる。

「くっ…!」

 声が漏れる。変形機はやっぱり速い、エピオンやハンブラビは特に切り返しが得意な機体だ。迂闊に追えない。バルカンも、当たらない。一回、なんとかしないと、止まらない!

 ARはまだ武器を使ってない。弄ばれてる、わかってるけど、負けたくない。

 エピオンが…燕のように、ひるがえって……!

「こんのぉ!!」

 動きを読んで肩を入れる。ひるんだ!すかさずバルカンを打ち込む。今なら当たる。

「なんで!あなたは!!」

 いきなりARが叫ぶ。でも、バルカンは止められない、でも、追えない。少ししか当たってない。

「まだ!こんなところで!くすぶってるの!?」

 気がつくと、エピオンが目の前にいた。満月の空中。手を飛ばせば届く距離。一瞬手が止まる。なんで…?私にもわからない。でも……。

「セィッ!」

 今しかない。私は居合の要領でカタナを当てる。逃げられないはずだ。絶対に入る。そういう距離。

「どうして!うごかないの!!」

 カタナは相手に届かない。二丁拳銃で、グリップにビームサーベルの付いたカスタム武器だ。それでカタナを受けられた。悔しいけど、相手が一枚上手、そのエピオンにも、とても似合ってる。そして来るのは。

「しらないってば!!」

 バルカンを撃ちながら、避ける。思わず声も上がった。私のいたところを銃弾がかすめる。実弾だ。いい趣味してる!兎に角逃げる!

「また!自分から逃げる気なの!?ナデシコ!!」

 とつぜんガツンと頭を殴られたような衝撃、また?それは、いつ?私を知って…?

 ガッっという衝撃音で我に返る。

 警告音が止まない!何発か貰った!!

「もう…!!」

 右肩口に直撃したらしい。右腕が小破で使用不能。その辺のステータスが真っ黒になった。

 二丁拳銃でこの距離。初弾は避けられるが、次弾も避け続けるのは無理だ。それに射角も切りにくい。

「これじゃ救われない!わたしも!あのヒトも!アナタも!」

 またARが叫ぶ。

 もうダメだ。ARが、何故か取り乱しているのはわかる、それでも、もう、当たる。店長さん、店員さん、ごめん…ほんとうに……。


タイムアップ!

ポイント!AR!


「時間切れ……か」

 ガンプラバトルには制限時間がある。その間にダメージを与えたほうが1ポイント。2ポイント先取で勝ち。格ゲーを上手く輸入した、良いシステムだと感心する。力がどっと抜ける。

 でも、もうだめだ。右手使えないんじゃ……もうカタナは握れない。ここまで。修理は、間に合わない。

 熱くなっちゃった。バカみたいだ。挑発に乗せられたのかも。

 終わりにしよう。なんにもならない、この「サレンダー(降伏)」のカバーを開いて、ボタンを押せば終わり。

 全部、私が悪かった。でも、なんだか、目の奥が、熱い。

 ああもう…くやしい……くやしい……!

 でも、なにか、コレを前にも味わって……?諦めて…。

 ここで「負け」を飲み込む。

 あの日の鏡写し…でもないか、わからない。

 そうしたら、また大事な何かを、「あの日」のように、また失うような。

 また…?

 もういい、終わった事だ。もう、私を、アレから解放して。

 そうだ。終わりにするんだ。もういいんだ。サレンダーボタンのカバーを開けて、ボタンを……。それで救われ……

 いや、待て、これは。

 "手を抜いて、負ける。"そのものだ。

 でも手がない、抜く手がない、その手すらない。どうしようもない。


「なにしてんの!!」

 大声とともに、敗北者のカバーを開こうとした右手、その手首を、横からいきなり掴まれた。

 振り返る。バトルポッドのハッチが開いて、誰かが…いる。

「あきらめんの!?あんな大物相手に!?」

 サレンダーに指を掛けていた時間は、ほんの数秒だけだったらしい。メンテナンスタイムのカウントダウンは全然進んでいない。


 あと4分54秒。

 手を掴まれて、バトルポッドから引きずり出された。グイグイとメンテナンスブースに運ばれてゆく。

「1秒も無駄にできないんだから!このアストレイ!借りてるよ!」

 メンテナンスブースに、知っている人がいた。同じクラスの山田さん、山田さくらさんだ。屋上で出会ったさくらさん。ほんとうに、あの山田さん!?いつもと目が違う。

「操作系は!?なにつかってんの!?」

「え…エース…」

「エースの?タイプ!?」

「TYPE-C」

「エースのTYPE-C!?まー、ナットク!じゃないとあの動き出せないよね!しっかし、よく使いこなせるね」

 山田さんは、口も多いが手も早い。あっという間にアストレイが治っていって、変な武器までついていく。横には開けたばかりのガンプラの箱の山。

「え、や…山田さん!?その、ガンプラ…」

「!?……」

 サングラスと帽子をズラす。山田さんがこちらを見つめる。時間が止まる。瞬きは増えたが、相変わらず手は動いてる。

「ミョージンさん!?ミョージンさんなの!?あの!?」

 どの明神さんなのかはわからない…でも、多分、私。”Jin”ではない。私なのか……。

「う、うん……」

「そっかー!こんないい趣味してたかー!」

 山田さんの手が止まる。終わったらしい。

「ハイ!武装Bクナイ、腰にある!武装Cハーケン…錨!左手!」

 山田さんは説明しながら、私をバトルポッドに運んでゆく。

「代金は……」

「出世払い!!」


 バンバンと山田さんに背中を叩かれた後、シートに押し込まれて。そのまま外からバトルポッドが閉じた。強引すぎる。

 暗闇と静寂。

 急に現実から切り離されたようだ、さっきの出来事は夢だったんじゃないかと疑ってしまう。

 確かめるように、シートに身体を沈める。

 あと12秒。

 本当に間に合った……みたいだ。カウントダウンがもうすぐ終わるらしい。


 怒涛の5分間だった。

 でも、今も山田さんに叩かれた背中はヒリヒリと痛くて、コレが現実だと教えてくれている。

 なんで悩んでいたのか、思い出せない。


 両頬を手のひらで叩いて、気合を入れなおす。

 よし!気合は、入った!

 ふたたび目に火が灯っているのが、自分でもわかる!

 メンテナンスタイムのカウントダウンが終ると、ステータスにも火が灯ってゆく。オールグリーンだ!全快してる!すごい!

 これなら…まだ、戦える…!たたかって…いいんだ!!

 手はあった、諦めなければ、なんとかなる!

 「あの日」とは!違うのだよ!


「対戦!よろしくおねがいします!!」



次回!!

ガンプラバトル・ジェネレーションズ

02/13話:ものどもー!かかれー!!

乞う ご期待!!


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