クール系ストーカー魔女×アルバイトの僕〜札幌ウィザードリィナイト〜

長谷川ひぐま

第1話 クール系ストーカー魔女

夜は、魔法使いたちの時間だ。

そして、ここ札幌は魔法使いたちの都市だ。


南五条西三丁目。一見するとなんてことない、すすきのの雑居ビル。

このビルの2階……どこにでもあるベニヤ張りの扉を開くとそこには——アジアでも最大の魔法横丁が広がっている。

通称、ウィザードリィモール。

ここには魔法に関するあらゆるお店と、あらゆる魔法使いたちが集まるのだ。



1ヶ月前、大学生活が落ち着きバイト先を探していた頃。

僕は、近所の雑貨屋がアルバイトを募集しているのを知った。

ダメ元で受けてみたところ、その場で合格をもらったのだが……僕が働くことになった雑貨屋は『魔法アイテム専門の雑貨屋』だったのだ。


初めは魔法だなんて信じられなかった。

しかし、売られている商品をよく見てみると『バハムートの爪』だの『召喚用のタリスマン』だの、魔法のアイテムばかり。

僕は世界に魔法があることを知った。



——そして現在。


「イフリートの涙を30mlで5本と、ウンディーネの鱗を7枚ください」

「あいよ!」


ウィザードリィモールの一角。よく仕入れに訪れる『レイモンド魔法素材店』。

ここで買った素材を、我が雑貨店の店長が魔法薬などのマジックアイテムに加工してお店で販売するのだ。


「おたくの店長は今日も引きこもりかい?」

「ええ。いつもどおりです」


まだバイトを始めて1ヶ月。そんな僕が仕入れまで担当しているのには理由がある。

それは店長が極度の人見知りで引きこもりだからだ。

今までは氷の精霊たちに仕入れや接客をやらせていたらしいが、そろそろアルバイトが欲しくなってきたので募集したらしい。



――そして1時間後。


「さてと。足りなかった在庫は補充できたし、そろそろ帰るかな」


このまま道草してお店を見て回るのも楽しいのだが、もう店の開店時間が迫っている。

なので今日はもう帰ることにした。

ところが——


「いてっ……!」


帰ろうとしてきびすを返した瞬間、魔法使いと肩がぶつかってしまった。


「ん? なんだ貴様。なぜ人間風情がここにいるのだ?」


ぶつかった魔法使いは露骨に嫌な顔をしてみせた。

魔法使いの中には人間嫌いも珍しくはない。

しかもよく見てみると、ぶつかった魔法使いは五大貴族である『シャフリヤール家』の家紋のブローチをつけている。人間嫌いでも特に有名な一族だ。


「穢らわしい人間め。2度とここへ来れない体にしてやろう」


そう言ってシャフリヤール家の貴族がサッと杖を取り出した。

辺りに緊張が走る。五大貴族ということで誰も手出しができないのだ。

しかし——


「いえ、その……ぶつかったことは謝ります。本当にごめんなさい。けど……これ以上はやめておいた方がいいと思いますよ?」


僕はシャフリヤール家の貴族に忠告した。

僕は普通の人間なので魔法使いと戦うことはできない。

だが『忠告』することはできる。


「人間ごときが私に命令する気か? よかろう……その思い上がり、後悔させて——」

「後悔するのはあなたの方よ」


突如聞こえた、氷のように冷たい声。

シャフリヤール家の貴族が気づいた時には、もう全てが遅かった。


「な、なにぃ!?」


彼の持っていた杖は、右手ごと氷漬けとなっている。

こんなことが出来るのは札幌に1人だけ。


「大丈夫だったトシキくん?」


貴族などには目もくれず、ワープ魔法で飛んできた女性は僕の元に駆け寄ってくる。


「どこも怪我してない? ムカついてるならあいつ殺そうか?」


無機質な口調でサラリと物騒なことを言うこの女性は『ティナ』さんという。世界三大魔女の1人で、札幌屈指の実力者だ。

そしてなにより、僕のバイト先『札幌魔法堂』の店長でもある。


「怪我はしてませんし、殺す必要もありません。物騒なこと言わないでください」

「でも嫌なこと言われてたでしょ? 私、ちゃんと。やっぱり殺した方がいいわよ」


ティナさんはスンッとすました顔で危ないことを言う。


「ダメです! そう簡単に殺すとか言わないでください。それより……」

「それよりなに? 私に出来ることがあったら言って。トシキくんが望むなら、夜のベッドの相手でもなんでもしてあげるから」

「だったら、監視魔法を使うのをやめてください! また僕に無断で掛けてましたよね!?」


ティナさんは何故だか僕に無断で監視魔法を掛けてくる。今日もどうせ見てるんだろうなと思っていたが、やはり監視していたようだ。


「……だって、色々と心配なんだもの。トシキくん優しいから、そこら辺の女が勘違いしたら困るでしょ? それに……」

「それに?」

「と、トシキくんのことは、あんなことやこんなことまで知っておきたいの。わかるでしょ、この気持ち」


前髪をいじりつつ何故かモジモジしだすティナさん。

しかし——


「いえ、僕は特に」


彼女の言葉にはまったく同意できなかった。


「とにかく! 今から帰りますから、ティナさんは大人しく店で待っててください。いいですね?」


そう言うと、ティナさんは「……わかったわ。でも危なくなったり、話しかけてくる女がいたらすぐ殺しに来るから」と涼しい顔で言い残し、ワープ魔法で帰って行った(ワープ魔法の定員は1人なのだ)。



「みなさん、お騒がせしました。あとコレ、よかったら使ってください」


僕は周囲に頭を下げたあと、シャフリヤール家の貴族に『イフリートの涙』が入った小瓶を1本わけ与えた。氷魔法にはこれが一番効くのだ。

貴族は一瞬呆気にとられていたが、僕から『イフリートの涙』を受け取ると、「す、すまなかった」と言い、そそくさと雑踏の中に消えていった。


「さてと、それじゃあ戻るかな」


なんだかんだあったが、時刻はすでに午前0時。こうして今夜も、魔法使いたちの時間が始まる。

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