第1話:異世界の引きこもり

異世界アザーラ。王都から遠く離れた岩山の頂に、歪な形の塔が建っている。その最上階、書類と実験器具が散乱する部屋で、一人の少女が頭を抱えていた。


灰色のローブに身を包み、ボサボサの銀髪をかきむしる彼女の名は、マルカ=カイナミ。かつての大賢者の弟子にして、世界最高峰の魔法使い──そして、筋金入りの引きこもりである。


「ああもう!また失敗!隣の部屋にすら届かないじゃない!」


彼女が研究しているのは『転移手紙魔法』。物理的な距離を無視して、物体や文章を送る魔法だ。しかし、実験に使った羊皮紙は魔法陣の中で燃えカスになるばかり。


「やっぱり雑念があるから失敗するんだわ……はあー、研究だけしていたいのに、勇者パーティーの勧誘がうるさいし……」


と、その時。机の上に置かれた紙に描かれた魔法陣が、青白く発光した。ポン、という乾いた音と共に、魔法陣の空白部分に文字が出現する。


「えっ、成功!?」


慌てて拾い上げる。そこには、見たこともない文字で、こう書かれていた。


『どこの誰ですか?』


「……!?これって返事?まさか、成功したの?!どこに送られたかは分からないけど、何らかの返信があったということは、一応、成功したってことよね!」


しかし、すぐに彼女の顔は険しくなった。


「待て、この文字は……全く読めない。アザーラのどの言語でもない。適当な感じでもないから、いたずらでもないわ。しかし、こんな短い文章じゃ、解析も翻訳も無理だわ」


マルカは紙きれを掴んだまま、口元を歪めた。


「どこに送られたか分からないけど……!この私に分からない言葉があるなんて、逆に興味深いじゃない。ただ、これでは会話が成り立たないわね」


マルカは、考える。相手の言語は不明だが、このまま何も送らないと、あちらから返答をくれる保証はない。


「なら、やり取りが続けられるように、とりあえずなんでもいいから、返信、返信!」


彼女は紙にいくつかの図形と、アザーラの文字で簡単な挨拶と数字を書き込み、魔法陣に放り込んだ。


『待ってなさい、この世界に存在するのか分からない誰かさん!』


こうして、現代の不登校児と異世界の引きこもり魔法使いの、奇妙な文通が始まった。

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