第2話




「魔族……ですか?」


 美人さんはそう言って首を傾げた。

 

「ええ。魔族です。魔族だったら誰かのために生きなくてもいいじゃないですか。」


「……はあ。誰かのために生きるのは辛い、ですか?」


 美人さんは不思議そうに首を傾げる。


「ええ。辛いです。辛すぎます。私が断れないからって次から次へと雑用を押し付けてきて……。最初は私が雑用をすることで先輩方が喜んでくれるならって思ってましたけど、自分の仕事だって手一杯なのに、なんでこんなに自分の時間を使ってなんのためにもならない雑用をしなければならないんだって……。そう思ったら泣けてきて……。」


 仕事三昧の日々を思い出したら泣けて来てしまった。

 右手で無造作に涙をぬぐう。

 

「そうなんですねぇ。人間は誰かのためにしか生きられない生き物だと思ってましたが、あなたは違うんですね。」


「ええ。そうです。私だって、自分だけの自由な時間が欲しいっ!もっと自由に生きたいっ!何のしがらみも無く生きたいんですっ!!」


「そうですか。そうですか。わかりました。きっとえらいえらーい神様もこう言うでしょう。あなたはとっても頑張ってきましたね。と。そうですね、いいでしょう。でも、魔族は他種族から忌み嫌われていますよ?同じ魔族同士でも争いは耐えません。魔族として生きるのはとてもとても辛いことだと思います。あなたは本当にそれを望むのですか?」


 美人さんから「とても頑張ったね」って言われて、またしても涙が零れ落ちた。

 雑用をこなしても誰も言ってくれなかった言葉。

 それだけでも私はとても嬉しかった。

 

「……はい。私は夢の中だけでも自由奔放に生きたいんです。」


 美人さんの言葉に私はしっかりと頷き返した。

 現実世界で自由奔放に生きていくのは、難しい。だから、せめて夢の中だけでも自由奔放に生きてみたかった。

 

「わかりました。そうですね、えらいえらーい神様は言いました。もし、あなたが過酷な種族を選ぶようならば、あなたを癒すことのできる獣をお供としてつけようと。」


「……不要ですよ?お供なんていたら、自由に生きられないじゃないですか。」


「大丈夫です。お供はあなたを決して邪魔させません。あなたの負担にならないようにお供はただ傍にいるだけです。あなたはお供になにをしなくてもいいのです。お供はただあなたの傍にあるだけ。あなたを癒そうとするだけの存在です。」


 美人さんはにっこり笑いながらそう言った。

 美人さんの言葉を聞いていると、お供がいてもいいような気がしてきたから不思議だ。

 

「大丈夫。お供がいても、あなたは自由です。自由に生きて良いんですよ。悪事を働いたっていいし、誰かを助けたっていい。なにもしなくたっていい。それが魔族として与えられた自由です。」


「……わかりました。お供をつけてください。でも、可愛い子がいいです。」


「はいはい。わかりました。えらいえらーい神様が言ってました。きっとあなたはとっても可愛い子をお供に選ぶだろう、と。えらいえらーい神様はなんでもお見通しです。さて、もう時間があまりありません。本当に魔族でいいんですね?これが最後の確認です。ここで決めてしまったらもう種族の変更はできません。」


「はい。構いません。」


 どうせ夢の中の出来事だし。

 目が覚めればきっと夢の中の出来事なんてすべて忘れているだろう。

 私はただただ夢の中で自由に生きてみたくてそう頷いた。

 

 これがすべて現実だということはこの時の私には理解できていなかったのだ。

 

「では、いきますね。次にあなたが目を開けた時にはあなたは魔族として転生しています。魔族としての人生を楽しんでくださいね。」


 美人さんがそう言うと急に目の前が眩しく光り出した。

 あまりの眩しさに私は思わず目をギュッと閉じた。






★★★★★






「随分薄気味の悪い空ね……。」


 次に目を開けた時、私はなんとも言えない濃い紫が空を支配する景色を見ていた。

 魔族として転生したとは言っていたが、私の意識はしっかりとしている。

 どうやら魔族とは言っても赤ちゃんではないようだ。

 つまり、周りに魔族として転生した私の両親は見当たらない。

 姿だって以前の私に近いようだ。

 

「これって、転生じゃなくて転移なんじゃないの?」


 なんて一人ごちてみる。

 転生って言ったら赤ちゃんからだろう。普通。

 どうして成人した姿なのだろうか。

 

「転生ですよ。魔族は濃い瘴気から産まれるんです。見た目は自由自在に変えることができるんですよ。そうえらいえらーい神様が言ってました。」


 誰も答えてくれる人なんていないと思ったのに、私の足元から私に答える声が聞こえてきた。

 ふとそちらに目をやると、黒い猫がじっと私のことを見ていた。

 

「……あなたが私のお供?」


「そうですね。えらいえらーい神様はあなたのお供をしなさいと私に言いました。だから私はあなたのお供です。」


 黒猫は歌うようにそう答えた。

 二つに別れた尻尾がゆらゆらと揺れていた。

 どうやらこの猫も普通の猫ではないらしい。


「私はあなたの邪魔はしません。あなたは自由に生きてください。あ、ちなみにあなたの名前はありません。自由に名乗るといいです。もちろん、私の名前もありません。私の名前をつけるかつけないか、それもあなたが自由に決めてください。すべてはあなたの自由です。」


 黒猫はそう言い切った。



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