05 テレーゼの行く末と覚悟。
山の中で拾った女の子の名前がテレーゼだとわかり、少しずつ互いに会話が成立するようになってきた。
車、だとか、ペンだとか。
看護師さんや担当医師とも話して学んでいるようで、本当に吸収するのが早い。美味しいとか嬉しいとか、簡単な受け答えなら出来るようになってる。
このままやっていけばいずれ普通に会話できるようになるだろう──そう思うのだが、現実は非常だ。
こちらが地道にコミュニケーションを重ねているのと同じく時間は進んでいく。
刻一刻と近付くタイムリミット。
俺達が察しているそれは、もう目前まで迫っていた。
「そろそろ、退院していただかなければいけません」
ある日の夕方、面会を終えて受付の看護師さんに挨拶をすると院長に呼び出された。
何事かと思えば、テレーゼの今後についての話。
それもどうしようもない問題だ。
病院は慈善団体じゃない。
商売としてやっている以上、無料でいつまでも泊めておくことはできない。支払い能力があるならまだしもテレーゼは外国人で、家族も見つかっておらず、当然資産なんて持ってきていないだろう。
なんなら在留カードなんかも持っていない。
再取得することが出来ればいいが、入管に履歴があるとも正直思えない。
彼女には高額な入院費が丸々請求されることになり、様々な救済措置を受けるための身分証明書がないので受けられない。
どれだけの金額になるか……
そしてそれを払いきることは出来るのか。
身分証明書が無くても雇ってくれる場所はあるだろうが、日本語が操れないテレーゼがどういう扱いを受けるのか、想像に難くない。
「なんとかなりませんか……」
「今すぐなんとかする方法はありません。ですが……」
「ですが……?」
「請求する権利が我々にあるので、抜け道はあります」
曰く、請求自体はするが、支払い期限をギリギリまで伸ばすことが出来るらしい。
およそ五年。
病院側が医療費として請求可能なのはそこまでで、そこから先は時効となるそうだ。これは俺も初耳だったので素直に驚いた。
「なので、五年の間に支払っていただければ私共としてもなんとでもなります。問題は……」
「テレーゼの身元が判明しないことですよね……」
結局のところ、そこに収束する。
彼女の家族が見つかればそれでいいんだが、見つからない可能性の方が高い。
一週間以上警察が探してなんの手がかりも見つからず、使う言語も不明。翻訳機がバラバラの言語として認識してしまう時点で探す手段がない。
素人に出来ることなんてとっくに無くなってる。
「入院費を支払っていただいたとしても、結局のところ、彼女の身元がわからなければ状況は変わらないでしょう。暮らしていく場所もなく、頼れる人もいない。日本は比較的治安のよい国ですが、路上暮らしをするのは厳しい」
「…………」
聞けば聞くほど苦しい状況だ。
俺が言うのも何だが、彼女の顔立ちは整っている。
そんな女性が一人路上で暮らすとなれば、どんな末路を迎えるか。
考えただけで辛くなる。
どうにか出来ないのか──そう思い顔をあげると、院長先生は覚悟を決めた表情で続けた。
「なので、ご相談があります」
「……? なんでしょうか」
「香取さんが良ければで構いません。テレーゼさんを、引き取っていただけませんか?」
「…………えっ? お、俺ですか?」
「はい。……いくら第一発見者と言っても、部外者で異性のあなたにこんなことを頼むのはどうかと思ったんですが……」
俺が……テレーゼを引き取る。
つまり、一緒に暮らすってことか?
…………。
「いや……いや、先生。それはない。俺、男ですよ」
「ですが、警察ともある程度関わりがあって信頼できる方はあなたくらいしか居ないんです」
「け、警察は? 警察を頼ることはできない?」
「そもそも在留カードを持っていませんから、逮捕は出来ても保護は……」
逮捕。
そうだ。
その可能性もあるんだ。
「我々も、警察の方々も鬼ではないですから。出来るというだけで、拉致被害者である可能性が高い方を逮捕するというのはあまりにも慈悲がない」
「それが、どうして俺の元に?」
「先程も申し上げましたが、香取さんは警察の方々ともある程度関わりがございます。社会的地位が保証されているのが大きいんです」
確かに、警察との関わりは一般人と比べて多い。
それが保証になるとは思わなかったが、監視があってテレーゼに不埒なことをしないという点では納得できる。捜査でも積極的に協力したから家の中とかも見られてるし、今更そこを疑われる心配はない。
「いやでも、テレーゼは女の子ですよ? 看護師さんとか……」
「一応調査はしましたが、人一人を養っていけるという人はおらず……」
「俺もそれは…………あ、でも、なんとかなるか?」
早期リタイアしたとはいえ、そこそこ高給取りだった貯蓄がある。
山も家も譲り受けたもので維持費もそこまで高くなく、現在の収益で十分プラスが出ているくらいだ。食費なんかも親戚から送られてくる米とか野菜だったり、肉は俺が自分で獲った食材だったり……
あれ、意外となんとかなるんじゃないか。
俺の反応で好感触だと思ったのか、院長先生は頭を下げて言う。
「本当に申し訳ありません。どうか彼女を助けてあげて欲しい。我々は怪我は治せても、人生そのものを助けることはできないんです」
どうするべきか。
病院の帰り道、車を走らせ考えたがどうにも答えが纏まらない。
このままテレーゼを放っておいて他人のままでいれば、彼女の未来は決して良くなることはない。彼女がテレーゼという名前である。それを証明することすら出来ないんだ。
誰かが助けてあげられるのならそれが一番に決まっている。
だけど……それが俺でいいのか?
一番初めに見つけたからって関係者でもなんでもない、ただの独身男性だ。年齢もそこまで離れてない異性で、年頃の女性と一つ屋根の下で暮らすのは健全ではない。
でも他に選択肢はないと思う。
名も知らぬ、言葉も通じない外国人の女の子。
お金を支払うまで養ってあげる、そんな人は日本全国探しても見つからない。見つかったとしても、見た目の良いテレーゼをそういうことに使いたい変態くらいだ。ホームステイをするのとは訳が違う。
「……俺しかいないのか?」
警察の目が行き届いていて、そういうことをする可能性が低く、金銭的余裕もあって、生活にも余裕がある。
まあ、いるわけもないか。
自分でどんだけ都合いいんだよと思っちまう。
本当にそれでいいのか?
テレーゼはどう思う。
男と一緒に暮らすのは怖いに決まってる。
信頼を裏切るつもりは毛頭ない。
だが、少しでも彼女が嫌な思いをするなら────それは、俺が選ばなくても同じ事だ。
そうだよな。
俺が断っても、彼女の未来に光は差し込まない。
なら……
なら、俺が少しでも肩代わりしてやった方が、いい。
「あれだけいい娘がそんな目に遭うのを知ってて見過ごすのはありえないよな」
他人だけど、無関係じゃない。
彼女を助けて、積み上げた日々は無価値じゃない。
彼女が誰にも助けてもらえず、険しい人生を歩まなくちゃ行けないと言うのなら──俺が、それを防げるというのなら。
「受け入れよう。テレーゼが嫌と言わない限り、彼女が独り立ちできるようになるまで」
これは覚悟だ。
彼女のために人生を使う覚悟。
人一人養うことへの覚悟は決して軽くない。それがどんな関係であれ、軽い気持ちでやっていいことじゃないんだ。
いずれ円満に解決し、彼女が日本で一人暮らしを選ぶ日が来るかもしれない。
自国に帰る道だってある。
俺は、そこまで彼女を支えられればそれでいいんだ。
そうと決まれば話は早い。
部屋を開けないと。
幾つか物置代わりにしてる部屋があるからそこを開けてだな。
やることが定まった以上、クヨクヨしているつもりはない。
周りになんと思われようがどうでもいい。
今後一生後ろ指さされるかもしれない。
それでも決めたんだ。
あの娘を、テレーゼを不幸にしないって。
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