02 謎の令嬢が目を覚ました。

 謎の女性を山で保護し病院へ突撃して翌日。

 警察の事情聴取も終え、現場での捜査にも協力してからもう一度病院を訪れていた。


「とりあえず、命に別状はありません」

「そうですか……良かった」


 俺が助けた人が死ななかったということ、俺の持ってる山で死者が出なかったこと。

 色んな意味で良かったと安堵の息を吐く。

 別に人死があっても関係があるわけではないんだが、あそこはただの所有物ではなく俺の土地だと思っているから勘弁して欲しい。


 持ち家の庭で知らない人が死んでたら怖いのと同じだ。


「ただ、手足の怪我が酷かったので痕は残ってしまうかと」

「……治せないんでしょうか?」

「出来ますが、高いです」


 やはり、そうなるか。

 警察への調査協力で判明したのだが、彼女は身分証明書を持っていなかった。それどころか金も何も持っていなかったため捜査も難航している。


 身元がわからず、日本国籍ならまだしもこれで旅行中の外国人だった場合最悪だそうだ。


 拉致被害者ならば国際的な問題として取り扱われる可能性が高く、何一つ証明出来るものがなかった時、彼女には高額請求が待っている。

 病院だって慈善事業ではない。

 治療費をタダにすることなんてない。

 彼女が帰れれば最悪なんとかなるかもしれないが、帰ることすら出来なかった時、どうするのか。


「できるだけ治療費を抑えるようにしました。本来ならもっと手厚くやれるとよかったんですが……」

「いえ、仕方ないことかと」


 外国人の治療費未払いは問題になっているとも聞く。


 東京とか神奈川辺りだと身近かもしれないが、ここは田舎。

 観光客が来るような場所でもないから珍しいケースだと思うし、そこに対して文句を言う権利は誰にもないだろう。

 強いて言うなら、身分証明書すら持たずに外国にいる奴が悪い。


「半月ほど入院していただきますが、そこから先はこちらではどうすることもできませんからね……」


 そう言われたタイミングで病室の前に到着する。


 名前が不明なので番号が割り振られていて異質さを感じさせた。


 まるで存在しない誰かがそこにいるようで、この世界の誰も彼女のことを知らないんじゃないかとすら思った。


「入りますよ」


 ノックの後に部屋に入る。

 続いて俺も足を踏み入れたが、特筆することのない普通の病室だった。


「大部屋じゃないんですね」

「入院される方はもっと大きな総合病院に行きますから、入院用の部屋はあまりないんですよ」


 そんな少ない枠を割いてもらったことに感謝しつつ、ベッドに眠る彼女の元へと向かう。


 俺が見た時は汚れていた髪は拭かれたのかある程度の輝きを取り戻した金色で、頬も少し痩けてはいるが血色は悪くない。


「外傷は手足の擦り傷、切り傷。あと胸部と腹部も擦ったような痕が残っていましたが、これらは塗り薬を塗ってありますので回復していくでしょう。足に枝が刺さったような穴が空いてましたが、幸いなことに残留物はありませんでした。傷跡を殺菌し、一般的な処方の範囲でなんとかしています」


 眠る彼女は死んでいるようにも見える。

 それでも胸が上下していて、ちゃんと生きていることがわかった。


 手は包帯で包まれてるから見ることができないが、この下にはあの時見た生々しい傷が残っている。まだ若く、綺麗な見た目の女の子が負うには重たいものだ。


「ただ、不可解なんですよね」

「不可解、と言いますと……?」

「彼女の状態を纏めると、『疲労困憊で気絶するほどの距離を歩き続けた』としか思えないんですよ」


 担当した医師は不思議そうな顔で続けた。


 足の傷は裸足で草や石のある地面を走ったから出来たもの。

 手の傷は歩けなくなってから這いずって出来たもので、それはお腹や胸に出来た擦り傷も同様。意識を失っていたのも汗の量から察するに脱水症状や疲労によるもの、らしい。


「長距離ランナーの走った後の姿をご存知ですか?」

「いえ、あまり……」

「彼らは自分の身体を直接消耗するんです。たった数回のエネルギー補給では到底足りないから、自分の肉や脂肪を消費して走るんですよ。服が吸った汗がどれだけ乾いたかはわかりませんが、尋常ではない量でした。凍え続けるような場所を、気絶するまで歩いた。そういう怪我なんですよ、これ」


 布団に隠された彼女の足を見る。

 雪のような冷たさだったのは勘違いじゃなかったのか。

 確かに山は冷え込むし天気が変わりやすいけど、今の時期そこまで寒くなることはない。それは、山に日常的に足を運んでる俺もよくわかってる。


 ──実は、警察も似たような見解を出している。


 不法侵入ではあるが、そもそも山に入った形跡がない。

 人の手が行き届いてない場所に入ろうとした時、必ず痕跡が残る。彼女が居た場所は簡単に入れない山の中だし、そこに至るまで草木が生い茂り間違いなく何かが通った跡が残る筈だ。


 だというのに、獣道すら見つからなかった。

 草を踏み倒して進んだ痕が全くなかったんだ。

 これはおかしいと他所の警察署から警察犬も応援でやってきたが、彼らもどこから来たのかを特定することはできなかった。


『両手足に怪我をして歩くことも出来なくなるほど疲労困憊の女性が突然山の中に現れた』──現場の情報をまとめると、こうするしかなかった。


 あくまで外部協力者で案内役の俺に言えないことはたくさんあっただろうけど、少なくともそれしか見つかってなかった。


 当然、そんな結論を出せるわけもない。

 拉致被害者の可能性があるということで落ち着いたが、医師までそういう見解を持っているとなると……この娘は一体、どこから来たんだ?


 ────その時だった。


「……………………ぅ……」


 か細い声。

 だが、男の声ではなかった。


 一瞬二人して硬直し、顔を見合わせ、すぐに女の子の顔を確認した。


「君! 大丈夫か? 声がわかるか?」


 日本語だが、とにかく声を耳に届かせるのが大事だ。


 もしかするとそれが要因で目を覚ますかもしれない。


香取かとりさん! ナースコールの準備を、私が診ます!」

「すみません、すぐ代わりま──」


 立ち上がり、医師と場所を変わろうとした。


 気がついた。

 彼女の指が、ピクリと反応したことに。

 そしてそのまま視線を顔の方に向けると、パチパチ瞼を開け閉めしながら、ゆっくりとその瞳が露わになっていく。


 エメラルドグリーンの瞳。


 日本人離れしたその容姿は、まるで物語から出てきたお姫様のようだった。


「目を……! 失礼、香取さん」


 ハッとしてその場から退く。

 ナースコールは押したので、時期に看護師さんが来るだろう。


 ……一瞬、見惚れてしまった。

 動揺を隠すように、そして見惚れてしまった事実を悟られないように医師に聞いた。


「えーと、俺、出たほうがいいですよね?」

「……念の為、同席していただけますか? 日本語が通じた時、すぐに説明できた方がよろしいかと」

「わかりました」


 瞳孔や指振りでの意識確認をしていくのを尻目に、椅子を出してベッドから少し離れた場所へ座る。


 やがて看護師さんがやってきて、目が覚めたことを知ると一気に場が慌ただしくなる。


 そんな中一人だけ手持ち無沙汰で、座ったまま彼女のことを眺めていた。


 髪の毛は綺麗に切り揃えられてた。

 土が詰まってた爪も、折れたり欠けたりしてはいたが、形は整ってた。

 汚れた肌も綺麗に拭かれただけで丁寧に手入れしていることがわかる。

 金持ちのお嬢様──そんな言葉が頭に浮かんだ。


(……もしそうだったら、大事件だな)


 金持ちお嬢様が拉致されて、こんな目に遭っていたとなればタダでは済まない。


 どれだけの問題が生じる?


 マスコミが動くような事態になれば、俺の山にも押し寄せてくるかもしれない。

 そうなった際はどうすればいいんだろうか。

 SNSで大騒ぎされれば目も当てられない。

 外を歩けなくなるぞ。


 出来れば、事件性のない、なんとでもなる何かであってくれ。


 そう願っていると、彼女を取り囲んでいた医師や看護師が静まり返っていることに気がつく。


 何事かと思い近寄ると、かすかに聞こえる女の子の声。


 聞き取るために黙っていることを察し、俺も少しでも役立てればと思い耳を澄ませる。


 これでも、どういう言語なのか判断する程度の知識はある。

 英語やスペイン語、アジア圏は除いて西洋圏で使われるメジャーな言語ならなんとか判別できるだろう────そう思ったのだが……


「**…………」


 …………?


 おそらく、この場にいた全員が同じ感想を抱いた。


「*……*………*」


「…………香取さん」

「……はい」

「わかりますか?」

「ちょっと……覚えがないですね」

「……誰か、聞いたことがある、わかるという人がいたら挙手」


 …………シン。


 誰も手を挙げなかった。


 その間も女の子は謎の言葉を発していたが、やがて、言っていることが通じてないとわかったのか、目を見開いていた。


「えっ……と。日本語はわかる? Do you speak Japanese?」


 そう尋ねたが、女の子はさっぱりわからないと言いたげな顔でこちらを見ていた。


「…………」

「…………」

「…………」


 俺、医師、女の子。

 そして周りの看護師さんも含めて、無言が続いた。


 そして内心──おそらく彼女も含めて、こう思った。


『もしかして、話が通じないんじゃないか』、と。


 奇妙な沈黙が続く中、その静寂を破ったのは看護師の一人だった。


「とりあえず、検査しましょうか」

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