瑠璃華

茅葺 ざらめ

前編

 黒、黒、紺、黒、青、黒…この地区の車はもう色がない。

高く積み上げられたブロック塀と道路脇の枯れてしまった樹木、その隙間から見える車の色を見ること以外、私はやることがなかった。


 錆びついた戸が軋みながら開く音が鳴る。

「先生、また絵を描いてくださいよ、先生」

「…青と黒で何を描ける、そんな色の絵で季節の訪れは感じない」


 私は父の採ってきた鉱物が好きだった、売り物にはならないからと言って父が私にくれた砕けた宝石を、さらに砕いて、膠と混ぜて絵を描くのが好きだった。


「先生、先生の絵は市販の絵の具でも美しいに決まってます」

「この地区にもう採掘場は無くなった、今あるのは軍事兵器の製造所だ、兵器で花は咲かない」


 隣国との戦争、この地区の山は資源が豊富だ、武器の製造にはうってつけなのだろう。


「先生は国の誇りじゃないですか、父親は土地を進んで国に提供した英雄ですもん」


 父親は国に鉱山や土地を献上した、労働力も、たかが一人息子を戦地に赴かせないためだけに。


「私は…どうしたらいいと思う」

「僕は先生の新しい絵が見たいです素敵な絵」

「何度も言ってるが、絵は描けない」

「…手はいたって健康じゃないですか、僕とは違って…なんてね、冗談ですよ先生」


 彼の片腕や指には麻痺がある、冗談と言う彼の目は愛国心という思想で濃く染まっているように見えた。

「申し訳ない、返答を誤った…申し訳ない、ラビ…」

 醜い私を先生と慕ってくれる彼から、私は目を逸らした。

「それは…いいんですって、先生」


 遠くで鐘の音が響いた。

「すみません先生、祈りを捧げて来ます。その後は…お食事の時間がいいです」

「あ…あぁ…作っておくから、いっておいで」


 愛国心が強い彼の心は強く見えた、私にその愛国心を押し付けることなく、私を許容してくれている、私は国を憎んでいるというのに。

「私はどうすればいいのだろう」

そう呟いた。


 誰も返事をしてくれない、この部屋で。

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