Attack on Daチョウ

大外内あタり

ダチョウの力*前編

「ダッ、チョウ!」

 ズボンを太ももまでファスナーで開き、自由になったズボンの切れ端は腰を中心にベルトで縛ってある。見た目は尻尾のようだ。

 掛け声と共に太もも表面から接続式の金属が下段に展開し、ふくらはぎから出ていたバネ式のアタッチメントと合体して足が伸びる。

 蹄は二股に、まるでダチョウのような足になれば、バネを生かし『ターゲット』の腹に向かって最大の蹴りを入れる

「やめてーーーー!」

「ダチョウウウウ!」

 後続からの叫びも空しく「キャンディ」ちゃんは壁に叩きつけられ、ネジやら歯車やら金属が舞う。

 そのキャンディちゃんは「ヴヴヴゥ」と唸って地面と仲良くなった。

「あ、あああ」

 反動で浮き、地面に着地したダチョウはサイドチェストしながら「ダチョウ!」と叫ぶ。

「ダチョウさん、これで何度目ですかあ!」

 ビルの上から降りてきた黄金の金糸が混ざった白髪の少女のパエリャ・パエジェラ・ラサノンは、わなわなと震えながら、いや、涙目だろう。

「このあとの賠償金!」

 パエリャが考えながら腕をぶんぶんと振る。

「今日も討伐じゃなくて捕獲って社長も言ってたじゃないですか! それでもキャンディちゃんはウチの顧客ですけど! キャンディちゃんを何度も逃す馬連ばれんさんが悪いんですけど!」

 キャンディちゃんは三メートルもある凡庸娯楽機巧型ベナリィアミューズメントスキルズだ。

 逃したら街を破壊しかねん大きさを、どうにか開けた裏路地に追い込み開けた場所に追い詰めたと言うのに、

「キャンディちゃんは何度も逃走してますから! それでキャンディちゃん専用の捕縛銃があるんですよ!」

「ダチョウ!」

「なんかそれでも止めるには容赦しないみたいな返事やめてください!」

 半泣きのパエリャは、ああと頭を抱えて賠償金~と唸っている。

「いやでもウチの事務所は貧乏なのに」

『まァ、壊れたモンはしょうがないんじゃない。バレないウチに修理するかラ』

 ぶぶん、とプロペラがついた五百年前に主要だった格安ドローンからラザニェの声がする。

 今、向かってるから、と猫型ヒューマノイドぬいぐるみ戦闘用後衛機巧型アッタカーバックスキルズのアルフレドに乗って、こちらに向かっているのだろう。

「ダチョ~ウ」

「それでいいじゃないって感じに言うのダメですよ。ああ、なんか私、ダチョウさんの言ってることが、どんどん分かっていくーいやだー」

 目に穴が開いただけの紙袋をかぶり、固定のためか額部分に紐を結び、ダチョウの顔は分からない。白の半袖に浮き上がる筋肉。ジーンズには足元から足の付け根までファスナーが仕込まれ、戦闘時は動物のダチョウのような足になり、時速百キロ以上、素足は二股にわかれている。

 ダチョウ足になるときはヒラヒラと風になびくジーンズを、なにがポロリとしないためにギリギリのところでベルトを用いて止める。

 彼に対して悶えているのはパエリャ・パエジェラ・ラサノン。

 ダチョウも所属するイーヴェ民間機巧スキルズ相談事務所の稼ぎ頭で今年で十八だが身体は十歳のままで脳以外すべてが機巧スキルズだ。

 そしてドローンの声の主はラザニェ・ラサノン・パエジェラ。事務所の情報担当もとい整備主任。彼の手にかかれば全ての機械が直ると言われるほど。

 して、キャンディちゃんは三メートルもある犬型の凡庸娯楽機巧型ベナリィアミューズメントスキルズ、五百年前の言葉でいうと『ペット』だ。飼い主は馬連ばれん・ドゥー。有名機巧スキルズ製造社長だ。

 イーヴェ最大の顧客で、毎回キャンディちゃんを逃がしてしまう困った客。しかし支払いは高額。どこそこの事務所に協力体制を求めずにイーヴェだけで対処している。

「おまたせ」

 ラザニェがアルフレドに背負われて地面に立つ。

「あー、胸部さよならしてる」

 彼は十八という歳の割には背が高く、少し痩せていて赤茶の髪を揺らしながら外皮が敗れている部分を触り、かちゃかちゃと内部を見ながら口にする。

 ダチョウとパエリャは飛び散った、まだ使える材料を拾い上げながらとぼとぼとキャンディちゃんの元へ歩く。

 曲がったネジも、歯車も、金属製ケーブルも持ち、できるだけ猫型の戦闘用後衛機巧型アッタカーバックスキルズアルフレドに踏んでもらい、曲がった金属を平らにしていき新品の材料を節約する。

「人工皮膚、どうするの?」

「これは変えだなー」

 その他の部分もあるので、パエリャはため息をつきながら、

「ダチョウさん、材料買いに行きましょ……いないっ!」

 気づいたらいなくなっていたダチョウにパエリャは叫ぶ。

 一人でいなくなり、

「だちょーうー」

 勝手に材料を買ってくることが多い。パトロンでイーヴェ所長と、こちらから名付けた金髪美女のブラックカードで自由に買っている。

「あ、ダチョウ、サンキュ」

 ラザニェの隣に置くと「ダチョウ」と言って、追いつめた広場にあるコンテナの上に座り、また足のファスナーを開いて足を展開すると、自分でメンテナンスをし始めた。

 ここパルダ地区は、少しばかり埃が多い。歩くだけでも埃が立つので繊細な機巧には故障の元になる。

「パエリャのメンテは戻ってからな」

 キャンディちゃんを弄るラザニェの発言に「はい」としょぼしょぼと受け答えた。

 ダチョウはイーヴェ所長の連れてきた「ダチョウ」としか言わない男性で、たまに筋肉を自慢する変な人だが、仕事には熱心で作戦だって守ってくれるのだが、少々手荒。たまにいなくなり、勝手にいろいろと買ってくることが多く、今日みたくラザニェが言う前に一人で必要な物資を買ってくる事が多々あって、協調性があるのかないのか、それを言われると五分五分ですとしかいえない。

「今日のキャンディちゃんは激しかったなあ。パルダに入ったら、めっちゃ暴れ出したもん」

 胸部を弄るラザニェの隣に座り込むパエリャは、疲れたという風に首を回す。

 そこからキシッと音がする。

 パエリャは埃が入っちゃったかな、と思い、ラザニェの工具の中から電気布を出して露出している部分を拭く。

「コレの性質上、自分を害するところには行かないように設定してあるんだが、動力回路も思考回路もエラーはない」

 ラザニェの言葉にパエリャが目を丸くする。

「キャンディちゃんは、ここが安全だと思って入り込んだっていうワケ?」

「それは違うな。馬連さんがキャンディに仕込んでいるブラックボックスは一級品のダイヤモンドを仕込んだ自律式思考型だから危ないところには入らないはずだ」

 パエリャはキャンディちゃんを手際よく直す夫を見ながら電気布で手を拭く。

「ふうん」

 あまり興味がないパエリャは仕事一筋で、明日のお給金があればかまわない。壊れるのは困るが夫のラザニェが直してくれるので、多少の危険と故障は覚悟の上に安心して壊れるところは壊している。いや、引き際がいいと言ってほしい。

「パルダは一番に入らないようセッティングされてると思うがなあ。これはブラックボックスを見ないと分からないし、馬連さんにも報告したほうがいいな」

「……ハッ、ダチョウさん! ダチョウさんが胸部を破壊したんですから、ダチョウさんが始末書と報告書を書いて下さいね!」

「ダチョゥウ」

 足のアタッチメントを電気布で拭いていたダチョウが、多分「ええ」という感じなことを言う。

 嫌がる素振りはしても、こういうことに関しては似合わぬデスクワークをしてくれるので、パエリャは信用してくれる。

 しかし紙袋を被った筋肉男がデスクに向かうのは、少々おかしな絵面ではあるが。

「パエリャ、そんなにダチョウを責めるなよ。ダチョウが来たことで検挙率も捕獲の仕事も増えたんだから。仕事が増えれば金だって入るだろ」

「それでもウチは貧乏だよー、世の中にどれだけ民間の機巧事務所があるの」

 機巧スキルズは暴れるもの。

 そう言う人もいる。

 だが、ダチョウのように部分機巧にする人、パエリャみたく脳のみがそのままで身体全てが機巧の人。これが暴れる確率は三パーセントだ。

 きちんと整備し、パエリャやラザニェの関係でなくても、民間に修理屋や整備屋がある。それを蔑ろにしている人はいるし、凡庸娯楽機巧型ベナリィアミューズメントスキルズの持ち主もいることがある。またはお金がない、とか。

 ここパルタ地区は整備が出来ず、いわゆる貧民街に近いため高価なパーツを持っていると、あっという間に路地裏に連れ去れてバラされる。

「それに、もうちょっとお金貯めたいし」

「ダチョウ?」

 ラザニェとパエリャの会話にダチョウが「なんで?」という風に聞いてきた。

 おそらく、現状が今のイーヴェ民間機巧相談所で捌ける仕事量なので不思議に思ったのだろう。

 そこらへんダチョウは分かっているらしく、そこに多すぎも少なすぎもないからだということだ。

「新しいアタッチメントがほしいのか? 言ってくれれば」

 直す手を止めたラザニェはパエリャを見ながら疑問と言葉を出す、

「……くだらないって笑わない?」

「ことによるな」

 そういうとこだとパエリャは思う。ラザニェは機械フェチだ。機械を愛し、機械を愛でる。パエリャがイーヴェ所長に「いい腕の技師がいる」という話を聞いて勧誘しに行ったとき、ラザニェは一匹狼と聞いていたのにパエリャを見た途端「結婚リングしよう!」と言った。

 パエリャは人生で初めて叫び声を上げ、一緒に来てくれた事務のリソット・リージに抱きついたほどである。見た目、十歳のパエリャに対して、すぐに機巧と見抜き、結婚リングを迫るとは狂気の沙汰ではない。

 それから簡単に言うとパエリャのメンテナンスをする度に愛を囁かれ「愛しているのは機械でしょ」と言っても、それごと「パエリャが好きだと」言われると恋愛をしたことがないパエリャは、なあなあにラザニェと結婚リングしてしまった。

 一応、夫婦仲はいいと思う。

「大型図書館で三百年前は祝服機巧パティスキルズていう結婚リングのときに着る服があったんだって」

「着たいのか?」

「……」

「ダッチョウ?」

「あー! なしなし! こんな十歳で止まった身体だし!」

 身体なら新調すればいい、多分、誰もがパエリャを見て言う。でも、この十歳の身体はパエリャの両親を亡くしたときに脳は無事でも身体が潰れ、誰もが助からないと言ったところにイーヴェ所長が現れて、今の十歳児の身体に「拒否反応」なく馴染み、脳だけを移植。コアは、当時高価だった一番素晴らしい一級品ダイヤモンドで出来ている。

「ダチョウ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、この身体に白い服は似合わないよ。やっぱ新しい部品のお金にしよ」

 おそらくダチョウは「いいのか?」的なことを言ったみたいで、それをパエリャは否定した。

「……」

「ラザニェ、気にしないで。ごめん、私がどうかしてた」

 そのパエリャの言葉にキャンディの修理に戻ったのでパエリャは諦める。

 非生産的なことはやらない。そういう人だとパエリャは知っているからだ。

「ダッチョウ、ダチョウ」

「あと二時間くらいかな」

 足のアタッチメントを整備したダチョウが修理時間を聞いて「ダチョウ、ダチョウ」と頷き、

「ダチョッウ」

「ん、いいですよ。もう直して馬連さんに引き渡すだけだし、ここの警護は私がやりますし」

「ダチョーウ」

 なにか用事が出来たとダチョウが去ろうとしたところで。

「ダチョ?」

「なあ、あんたら、いいもんだよなあ? そっちのでっかいのと猫とメスと紙袋」

 ラザニェの手は止まらない。

「あー、はいはい」

「ダチョォオゥ」

 ここはパルダ地区であることを忘れていた。

 それにダチョウが大きな音をたててしまったのもあるだろう。

 大所帯のソイツラは古いアタッチメントをこちらに向けて「脅してる」

 ダチョウがファスナーを上げてベルトに挟む。

 パエリャも腕のアタッチメントと足首から噴射機巧を繰り出した。

 猫型のアルフレドは後方で流れ弾が来ないようラザニェを隠している。

 それをダチョウとパエリャは確認してから、

「ダ、チョーーウ!」とゴングが鳴った。

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