青春グラフィティの悪役に転生したが、主人公がトロすぎるので俺がヒロインを幸せにする
@DTUUU
第1話 残業の果て、鏡の中の悪役顔
意識が浮上したとき、最初に感じたのは「違和感」だった。背中にかかるシーツの肌触りが良すぎる。鼻をくすぐる空気が、古いオフィスの埃っぽさではなく、高級ホテルのような清潔な香りに満ちている。
(……俺は、倒れたんじゃなかったか?)
記憶を手繰り寄せる。深夜3時のオフィス。終わらない決算処理。部下のミスをカバーするための徹夜。心臓が早鐘を打ち、視界がブラックアウトした瞬間。あれは間違いなく、俺の人生の「終わり」だったはずだ。
目を開ける。知らない天井――いや、知っている天井だ。高い天井にシャンデリア。俺はゆっくりと上半身を起こした。身体が軽い。あの鉛のように重かった万年疲労が嘘のように消えている。
「……ここ、は」
声が若い。俺は慌ててベッドの横にある姿見の前に立った。
そこに映っていたのは、くたびれた35歳の中年男ではない。サラサラの黒髪。陶器のように白い肌。切れ長の瞳には、人を小馬鹿にしたような冷たい光が宿っている。 整ってはいるが、性格の悪さが滲み出ている少年。
「……嘘だろ」
見覚えがある。これは、俺が生前、息抜きにプレイしていたレトロゲーム『青春グラフィティ』の登場人物。主人公の恋路を邪魔し、財力を笠に着て嫌味を吐き、最後には父親の汚職が発覚して没落する、哀れな噛ませ犬。
九条 奏太。
俺は、あいつになっていた。
愕然として膝をつく……ことはなかった。代わりに、脳内で冷徹な計算機が回り始める。職業病だ。状況分析。現状把握。リスク管理。
カレンダーを見る。1999年4月1日。高校入学式の1週間前。つまり、ゲーム本編が始まる直前だ。
(……助かった)
俺は鏡の中の自分に向かって、ニヤリと笑った。まだ間に合う。このままシナリオ通りに進めば、俺を待っているのは「破滅」だ。だが、今の俺には「前世の経営知識」と「ゲームの攻略情報」、そして「未来の歴史」がある。
机の上にあるパソコン――分厚いCRTモニターの電源を入れる。OSはWindows98。回線速度は遅いが、ネットには繋がる。俺はキーボードを叩き、証券口座の画面を開いた。
「親父の裏口座から、種銭はいくらでも引き出せるな」
1999年。これから「ITバブル」が到来する。ヤフー、ソフトバンク、楽天……底値で買える株は山ほどある。そして来年、2000年の春にバブルが弾ける前に売り抜ければ、俺個人の資産だけで一生遊んで暮らせる額になるだろう。
没落回避の資金繰りは確保できる。次は、学園生活のリスクヘッジだ。
俺は手帳を開き、ゲームの設定を書き出した。天野陽菜。速水あかり。成瀬美咲……。彼女たちは皆、主人公・桜井カケルという「優柔不断な男」に関わることで、悩み、傷つき、遠回りをさせられる運命にある。
「……非効率極まりない。せっかくこの世界はハーレム婚が公に認められているのだからさっさと全員とくっつけばいいものを」
前世の俺は、無能な上司や取引先に振り回され、過労死した。もう二度と、あんな思いはごめんだ。俺が主導権を握る。破滅フラグはすべてへし折り、俺にとって快適な環境を構築する。
コンコン、とノックの音がした。執事の声がする。
「奏太様、お目覚めでしょうか」
俺は鏡の前で姿勢を正し、少しだけ顎を上げた。前の「九条奏太」の記憶も残っている。傲慢な口調はお手の物だ。
「ああ。……朝食の用意を。それと、私の専属運転手を呼べ。車の整備状況を確認させろ」
扉が開く。新しい人生の始まりだ。俺はもう、誰にも使われるつもりはない。この世界の「管理者」は、俺だ。
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