第19話------「友達とライバル」

夏休みの終わり、蝉の声が夕暮れに溶けていく。

 成島まどかは、街の音楽教室の前で大きく息を吸い込んだ。


 ――ここから、なにかが始まる気がする。


 扉の向こうでは、歌や楽器を学ぶ子どもたちの声が賑やかに響いていた。

 母・のどかに勧められて通うことになった「ミュージック・アカデミー」。

 プロのステージに憧れる子もいれば、ただ音楽が好きなだけの子もいる。


「まどか、緊張してる?」

 横でにっこり笑うのは母・のどか。

「ちょ、ちょっとだけ……」

「大丈夫。歌はね、自分の心を信じることから始まるのよ」


 まどかは小さく頷き、ギュッと拳を握った。


「それじゃあ、今日から新しい仲間を紹介します!」

 教室の中央に立つのは、講師のミナ先生。

 ステージ経験もある実力派シンガーで、生徒たちから憧れの的だった。


「この子は――成島まどかちゃん!」

「よ、よろしくお願いしますっ!」


 まどかが深々と頭を下げると、教室に集まっていた十数人の子どもたちが拍手を送った。


「マイクの使い方も歌も、みんなで学んでいきましょうね」

 ミナ先生がそう言うと、生徒たちは自己紹介を始めた。


「ぼくはユウマ。ギターやってる!」

「私はリリカ!歌とダンスが大好き!」

「俺はハル。ステージに立つために来た」


 まどかの胸が高鳴る。

 自分と同じように、「音」に夢を抱いている仲間たち。

 それがこんなにたくさんいるなんて、知らなかった。


 グループレッスンの時間。

 ミナ先生は、まどかたち数人にマイクを渡した。


「じゃあ、1人ずつ、簡単な自己紹介と好きな曲をワンフレーズ歌ってみましょうか」


 まどかの心臓がドクンと鳴る。

 まわりの子たちが次々と歌っていく。


 ユウマは軽やかなギターの弾き語りでみんなを驚かせ、

 リリカはダンスを交えた堂々としたパフォーマンスを披露した。


 ――そして、ひときわ鋭い視線を送ってきた少年がいた。


「ハル、お願いします」

「……はい」


 黒髪の少年・ハルがマイクを握った瞬間、空気が変わった。

 流れたカラオケ音源に合わせて、彼は一歩も引かず、真っ直ぐに歌い上げた。

 声に芯がある。強さと、ほんの少しの孤独が混じったような響き。


 教室がしんと静まり返る。

 歌い終えたハルはマイクを下ろし、ちらりとまどかを見た。


(……う、うまい……!)

 まどかの胸がぎゅっと縮む。

 心のどこかで、「負けたくない」と思っていた。


「じゃあ、次はまどかちゃん」

「っ……はい!」


 マイクを握ると、手が少し震えていた。

 でも、父の言葉が頭に浮かぶ。


――音は、心で鳴らすものだ。


 まどかは深呼吸して、目を閉じた。

 選んだ曲は、母・のどかの代表曲「Star Memory」。

 小さいころから何度も聴いてきた、大切な歌。


 歌い始めると、不思議と震えが消えた。

 音が、まどかの中から自然に溢れ出す。

 それは派手でも技巧的でもないけれど――まっすぐで、澄んだ声。


 歌い終わると、教室に拍手が響いた。

 ユウマが「すげぇ……!」と呟き、リリカが「透き通ってた!」と目を輝かせる。


 ただ一人、ハルだけは無言でこちらを見ていた。

 でもその瞳は、どこか燃えるような色をしている。


(この人……ライバル、かも)

 まどかは胸の奥が熱くなるのを感じた。




 レッスンの帰り道、ユウマとリリカがまどかの両脇にぴったりくっついてきた。


「まどか、今日初めてなのにすごかった!」

「ほんと!私、ちょっと鳥肌立ったよ〜!」

「えへへ……ありがとう……」


 ハルのことを聞かなくても、二人は目を輝かせながら話し続けた。

 ユウマは将来ギタリストとして有名になりたいらしいし、リリカは大きなステージで歌って踊るのが夢だという。


「まどかの夢は?」

 リリカの問いかけに、まどかは少し考え込んだ。


「わたし……まだはっきりはわかんないけど――」

 空を見上げる。

 母の歌声。父の音。

 あの日、胸の奥で灯った小さな炎。


「でも、ステージに立ちたい。歌で、たくさんの人を笑顔にしたいの」


 その言葉を口にしたとき、まどかの心の中で何かが“カチッ”と音を立ててハマったような気がした。




 翌週のレッスンで、ミナ先生はある提案をした。

「来月、アカデミーの発表会があります。ソロでも、グループでもOK。

 自分のステージを作ってみましょう!」


 教室が一気にざわついた。

 初舞台になる子もいれば、常連の子もいる。

 まどかにとっても、それは――夢への「第一歩」だった。


「まどか、一緒にユニットやろうよ!」

 ユウマとリリカがすぐに声をかけてきた。

「うん、やりたい!」


 そんな中、後ろで腕を組んでいたハルが、一歩前に出た。

「俺はソロで出る」


 その言葉に、教室の空気が少しピリッと引き締まる。

 ハルの瞳は、まどかを真っ直ぐに射抜いていた。


(……やっぱり、ライバルだ)


 まどかは心の中でそっと拳を握る。

 恐れではなく――燃えるような気持ちが胸を満たしていた。


(絶対、負けたくない。負けない!)


 こうしてまどかは、仲間と出会い、ライバルと出会い、

 本当の意味で「音楽の青春」を歩き始めた。


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