君に捧ぐラブソング
清ピン
プロローグ:夢のはじまりは、放課後の音楽室で
「のどか、ほんとにやるのかよ、それ」
ギターの弦を鳴らしながら、海斗は呆れたようにため息をついた。
「やるに決まってるさ〜! うちなぁ、アイドルになるんだからっ!」
のどかは椅子の上に立ち、胸を張って言い放つ。くるりとツインテールが揺れた。
……ここは、放課後の音楽室。
校舎の窓から差し込む夕陽が、のどかの横顔をまるでスポットライトみたいに照らしていた。
2100年の今。
義務教育なんてものはもうなくなっていて、子供たちは小学生のころから「自分の道」を歩いていく。
エンジニアになる子もいれば、プロゲーマー、宇宙飛行士、政治家――なんでもアリだ。
そして、のどかが選んだ進路は――
「スーパーキラキラアイドル、ですっ!」
「……スーパーってなんだよ、スーパーって」
海斗はギターのネックを軽く叩きながら、こめかみを押さえる。
ツッコミ役が定位置になったのはいつからだろう。
本山のどか。
俺――成島海斗の幼なじみで、同級生で、そして……今は俺のバンドのボーカルでもある。
明るくて、元気で、バカみたいにまっすぐで。
その笑顔を見てると、なんか……置いていかれそうになるんだよな。
「おーい、おまえら、またイチャついてんのか〜?」
ドアの向こうから、ひょっこり顔を出したのは、あきら先輩。
いつものチャラい笑顔。ベースケースを肩にかけ、サボり癖のある天才ベーシストだ。
「い、イチャついてないですっ!」
のどかは顔を真っ赤にして椅子から飛び降りた。
……いや、なんで俺までドキッとしてんだよ。
「ヤバいよ〜、マジで青春って感じじゃん。あー、若い若い」
「先輩、たった一歳しか変わんないでしょ」
「その一年がデカいんだよ、海斗くん」
さらに奥から、「やっぱまずいんじゃね〜」というお気楽な声が聞こえる。
ゆうじ先輩だ。ドラム担当。
いつもおっとりしてるけど、リズムだけは誰よりも正確。
この四人で組んだバンド――
名前は《Blue Wing》
校内じゃまだ無名の弱小バンドだけど、のどかの「アイドルになる!」宣言をきっかけに、みんなの本気スイッチが入った。
「ねぇ、ライブハウスの応募、出したんでしょ?」
のどかがキラキラした瞳で俺に詰め寄ってくる。
う……近い。顔が近い。心臓に悪い。
「ま、まぁな。書類選考通れば……来月だ」
「うちなぁ、絶対受かると思う!」
「いや、歌うのおまえだけじゃねぇからな……」
のどかの声はたしかに綺麗だ。
だけど、それだけでライブが成功するほど甘くはない。
……でも、俺は知ってる。
彼女の歌には、聞く人の心を動かす何かがある。
たぶんそれは、俺がのどかの歌声を一番近くで聞いてきたからだろう。
「よっしゃ〜、じゃあ今日も特訓するぞー!」
「はぁ〜い!」
「ヤバいよ、テンション高っ」
「やっぱまずいんじゃね? 俺、腹減ってんだけど」
のどかがマイクを手に持ち、俺はギターを構える。
あきら先輩が低音でリズムを支え、ゆうじ先輩がスティックを回した。
1、2、3――!
音楽室に《Blue Wing》の音が鳴り響いた。
校舎の廊下にまで響くような、ちょっと下手くそで、でもまっすぐな音。
この瞬間だけは、俺たちは夢の中のヒーローみたいだった。
ステージのない学校でも、未来へのリハーサルはもう始まってる。
のどかはアイドルを目指して――
俺はその隣で、ギターを弾いている。
「ねぇ、海斗。うちなぁ、絶対デビューするからね!」
「……僕は、ずっと隣で弾いてるよ」
のどかはそんな俺の言葉なんて、ぜんぜん気づかない。
でも――それでもいい。
のどかの夢を追いかける背中を、俺はずっと見ていたい。
たとえその未来に、俺の名前がなくても。
放課後の音楽室で鳴らした。
それが、俺たち4人の青春のはじまりだった。
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