第5話 資料:ある掲示板の過去ログ

Sさんの失踪、そしてB氏の残した狂気の手記。

これらを繋ぐミッシングリンクは、Kマンションという建物そのものの成り立ちにあると私は確信した。


B氏のノートには、こう書かれていた。

『何かを封じ込めるために、あえて空白を作った』


私は、Kマンションが建設された2000年代初頭のインターネット上の記録を徹底的に洗うことにした。

通常の検索エンジンでは、不動産情報や地図アプリの無機質なデータしか出てこない。

事件や事故のニュースも、当時の地方版の小さな記事であればデジタル化されずに消えている可能性が高い。


しかし、インターネットは「忘れない」場所でもある。

一度書き込まれた悪意や恐怖は、アーカイブの彼方、デジタルタトゥーとしてどこかに刻まれているはずだ。


私は検索ワードを工夫し、当時隆盛を極めていた匿名掲示板の過去ログ保存サイトや、地域情報に特化したローカルBBSのアーカイブを探索した。

「〇〇区 マンション建設反対」

「Kマンション 事故」

「〇〇町 古井戸 祟り」


数日間にわたる寝食を忘れた検索作業の末、私はついに「あるスレッド」を発掘した。

それは、大手掲示板の「オカルト板」あるいは「地域情報板」のログとして保存されていたものだ。

スレッドタイトルには具体的なマンション名は入っていなかったが、場所の特徴、建設時期、そして語られている内容から、間違いなくKマンション建設時のものと断定できる。


以下に、そのスレッドの抜粋を掲載する。

当時のネットスラングや独特の言い回しが含まれているが、臨場感を損なわないため、原文のまま引用する。

(※個人名や特定に繋がる地名は伏せ字としている)


────────────────


【都内】〇〇町の奇妙な工事現場について【心霊?】

1 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/12(水) 23:15:00 ID:XXXXXXXX

最近、〇〇駅の北口から徒歩10分くらいのところでマンション建設してるだろ?

元々デカイ屋敷があったところ。

あそこの工事、なんか変じゃないか?

夜中に通りかかったら、重機も動いてないのに地面の下から変な音が聞こえたんだが。

誰か知ってる奴いる?


2 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/12(水) 23:18:22 ID:YYYYYYYY


1

ああ、あそこか。K原邸の跡地だな。

あそこはいわくつきだからなー。

地元の人間はあそこの前通る時は息止めるって都市伝説あったわw


3 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/12(水) 23:25:45 ID:ZZZZZZZZ

k原邸って、あの一家心中の?

いや、あれはもっと昔の話か。

俺もあそこの工事現場でバイトしてる友人から聞いたけど、なんか出るらしいぞ。

盛り土の中から古い石碑みたいなのが出てきて、現場監督が青ざめて埋め戻したとか。


4 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/12(水) 23:40:11 ID:XXXXXXXX


3

マジかよ。やっぱりなんかあるのか。

俺が聞いた音っていうのは、なんつーか、大人数でボソボソ喋ってるような音だったんだよ。

地下から響いてくるような。

風の音かとも思ったけど、あそこ塀で囲まれてるしな。


5 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/13(木) 00:05:33 ID:AAAAAAAA

地元民降臨。

あそこはね、昔から「隙間様(すきまさま)」って呼ばれる祠があった場所なんだよ。

屋敷の庭に井戸があって、その横に小さな祠があった。

子供の頃、じっちゃんから「あそこは拝むな、見るな」って言われてた。

マンション建てる時に全部潰したんだな。祟られるぞ。


12 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/15(土) 14:20:55 ID:BBBBBBBB

現場作業員だけど質問ある?

特定怖いからフェイク入れるけど。


13 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/15(土) 14:22:10 ID:ZZZZZZZZ


12

おお、中の人キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

変なこと起きてるってマジ?


14 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/15(土) 14:35:40 ID:BBBBBBBB


13

起きてるなんてもんじゃない。

まず、基礎工事の段階で事故りまくり。

掘削機のアームが突然折れたり、作業員が謎の高熱出して倒れたり。

一番ヤバいのは、>>5が言ってる井戸。

あれ、埋められないんだよ。


15 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/15(土) 14:38:22 ID:CCCCCCCC

埋められないってどういうこと?

土砂入れれば終わりだろ?


18 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/15(土) 14:45:00 ID:BBBBBBBB


15

入れたそばから消えるんだよ。

トラック何杯分も土砂入れてるのに、翌朝見ると空っぽになってる。

底なし沼みたいに。

で、井戸の底から冷たい風が吹き上げてくる。

流石に監督もビビって、お祓い呼んだんだけど、来た神主が逃げ出したw

「ここは塞いじゃいかん、通り道だ」とか言って。


25 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/20(木) 02:15:10 ID:DDDDDDDD

そのマンション、設計図もおかしいらしいな。

親父が設計事務所関係なんだけど、あのマンションの図面見たって言ってた。

各階の部屋と部屋の間に、無駄なスペースがあるんだと。

配管通すわけでもない、ただの密閉された空間。

「構造的デッドスペース」って名目らしいけど、あんな一等地に建てるのに容積率無駄にするなんてありえないって。


26 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/20(木) 02:22:33 ID:BBBBBBBB


25

それな。

俺らも現場で首かしげてる。

「ここ何に使うんですか?」って聞いても「余白だ」としか言われない。

でもさ、その「余白」を作る位置が、例の井戸の真上なんだよ。

一階から五階まで、井戸の真上をぶち抜く形で空洞を作ってる。

まるで煙突みたいにな。


30 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/22(土) 23:50:50 ID:EEEEEEEE

煙突じゃなくて、通り道を残したんじゃないの?

井戸を埋めきれないから、その上の空間を空けておかないと、何かが溜まって爆発するからとか。

心霊的な意味で。


31 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/22(土) 23:55:12 ID:FFFFFFFF

それなんて封印?w

てか、その空洞の中に住めば家賃タダじゃね?w


32 :名無しさん@オカルト板 :200X/04/23(日) 00:10:05 ID:BBBBBBBB


31

笑えないんだよなぁ。

実は昨日、その空洞部分の型枠工事してた新人が消えた。

休憩時間にいなくなって、携帯も繋がらない。

警察も来たけど、現場には争った跡もない。

ただ、空洞予定地のコンクリに、足跡だけ残ってた。

乾いてないコンクリの上を、裸足で歩いたみたいな跡。

でも、その足跡、途中で途切れてるんだよ。

壁になる予定の場所に向かって、ふっと消えてる。


45 :名無しさん@オカルト板 :200X/05/10(水) 19:30:20 ID:GGGGGGGG

このスレ見て現地行ってきた。

工事用のシートの隙間から中覗いたけど、空気重すぎ。

あと、4階部分かな?

建設中の壁に、変なものが埋め込まれてるの見えた。

遠目だったからよく分からんけど、インターホン?みたいな四角い機械。

まだ内装もやってない、コンクリ打ちっぱなしの壁に、ポツンと。

配線もされてないのに、なんか赤いランプが点滅してたような気がする。


46 :名無しさん@オカルト板 :200X/05/10(水) 19:45:10 ID:HHHHHHHH


45

おま、それ見ちゃいけないやつじゃ……。

インターホンって、誰が誰を呼ぶためのだよ。

壁の中の住人用か?


52 :名無しさん@オカルト板 :200X/05/15(月) 03:00:00 ID:BBBBBBBB

もう辞めるわ、この現場。

今日、決定的なもん見ちまった。

例の空洞部分、今日ついに塞ぐ作業があったんだ。

壁を作って、完全に密閉する作業。

監督がさ、最後にその空間の中に「盛り塩」したんだよ。

普通、盛り塩って部屋の隅とかにするだろ?

でも、監督は大量の塩を、その空洞の床に撒き散らした。

あと、御札みたいなのも貼ってた。

で、最後にボソッと言ったんだよ。

「これで出てこれないだろ」って。


何からだよ。

何が出てくるんだよ。

俺らが作ってるのはマンションじゃなくて、巨大な墓標か何かなのか?


53 :名無しさん@オカルト板 :200X/05/15(月) 03:05:22 ID:IIIIIIII

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

完成したら名前なんてマンションになるの?

絶対住みたくない。


54 :名無しさん@オカルト板 :200X/05/15(月) 03:10:55 ID:BBBBBBBB

仮称だけど「Kレジデンス」とか言ってたな。

K原邸のKなのか、別の意味なのか。

そういや監督が持ってた図面のファイル名が「Kekkai」になってたのが気になったが……まさかな。


60 :名無しさん@オカルト板 :200X/06/01(木) 12:00:00 ID:JJJJJJJJ

sage

このスレ終了。

もう詮索するのはやめよう。

俺の知り合いがこの件調べてて事故った。

マジでヤバい。


61 :名無しさん@オカルト板 :200X/06/01(木) 12:05:33 ID:KKKKKKKK

は? 脅しかよw

これから面白くなるところだろ。

完成したら404号室に突撃オフしようぜw


62 :名無しさん@オカルト板 :200X/06/01(木) 12:10:10 ID:JJJJJJJJ


61

やめろ

404はまずい

あそこは「蓋」だ

304と504で挟んで、404で蓋をしてる

開けたら終わるぞ


63 :名無しさん@オカルト板 :200X/06/01(木) 12:15:00 ID:XXXXXXXX


64 :名無しさん@オカルト板 :200X/06/01(木) 12:15:05 ID:XXXXXXXX


65 :名無しさん@オカルト板 :200X/06/01(木) 12:15:10 ID:XXXXXXXX


(以下、意味不明な文字列とアスキーアートの連投によりスレッド強制停止)


────────────────


私は、吐き気をこらえながら画面をスクロールした。

これだ。これが全ての始まりだ。

現場作業員と思われる「BBBBBBBB」氏の書き込み。

「井戸を埋められなかった」

「井戸の真上をぶち抜く形で空洞を作った」

「インターホンが埋め込まれていた」


B氏のノートの内容と完全に一致する。

そして、あのインターホンは、やはり建設中に意図的に設置されたものだったのだ。

「赤いランプが点滅していた」という目撃証言。

配線もないのに動いていたということは、やはりあれは科学的な通信機器ではなく、霊的な、あるいは呪術的なデバイスとして機能していたことになる。


「Kekkai」=「結界」。

Kマンションは、人間が住むための箱であると同時に、あの土地にある「井戸(あるいは隙間様と呼ばれる何か)」を封印するための巨大な結界装置だったのだ。

井戸の真上に空洞(煙突)を作り、そこに邪気を逃がす、あるいは閉じ込める。

そして、404号室はその「蓋」としての役割を担わされていた。


だから、404号室は入居募集停止なのだ。

人が住むための部屋ではないから。

あそこは、封印の要石であり、同時に「あちら側」からの圧力が最も強くかかる場所。

そこにB氏のような人間が住んでしまい、さらに「壁に穴を開ける」という禁忌を犯してしまったことで、結界にほころびが生じた。

そのほころびから漏れ出した「何か」が、下の階のSさんを侵食していったのだ。


私はスレッドの最後、ID:XXXXXXXXによる連投を見つめた。

『あいてるよ』

『みつけた』

『こっちにおいで』


これは、当時の掲示板荒らしによる悪戯だろうか。

日付は200X年6月1日。

奇しくも、Sさんが私に最初のメールを送ってきたのと同じ「6月」だ。

この季節になると、あの場所の力が強まるのだろうか。


さらに、私は恐ろしい事実に気づいた。

このログを閲覧しているサイトのURLだ。

私は海外のアーカイブサイトを経由していたはずだが、いつの間にかブラウザのアドレスバーには、奇妙な文字列が表示されていた。


http://www.k-mansion-404.gap/welcome


「.gap」?

そんなドメインが存在するはずがない。

私は慌ててブラウザを閉じようとした。

しかし、マウスカーソルが動かない。

キーボードも反応しない。

画面上の文字が、ひとりでに書き換わっていく。


ログの文字が、一文字ずつ、黒く塗りつぶされていく。

まるで、画面の向こう側から黒いインクが滲み出してきたように。

そして、画面の中央に、ポップアップウィンドウが表示された。


『閲覧ありがとうございます。

 あなたはKマンションに関心をお持ちですね?

 現在の空室状況を確認しますか?

 [はい] [YES]』


「いいえ」の選択肢がない。

私は強制終了しようと電源ボタンを長押しした。

しかし、パソコンは落ちない。ファンが異常な回転音を上げて唸っている。

ポップアップウィンドウの文字が変わる。


『お客様の現在地から、最適なルートを検索しました。

 到着予定時刻:今すぐ』


その瞬間、私の部屋のインターホンが鳴った。


ピンポーン。


深夜一時。

こんな時間に誰だ。

いや、違う。

私の部屋のインターホンは、もっと高い「ピンポン」という音だ。

今聞こえたのは、もっと低く、籠もったような、どこか聞き覚えのある音。


Sさんの録音データに入っていた音だ。

そして、B氏が「壁の中で鳴る」と言っていた音だ。


音は、玄関からではなかった。

私の背後。

仕事部屋の壁の中から聞こえた。


私は凍りついたまま、ゆっくりと振り返った。

私の部屋は、築十年のアパートの二階だ。

壁の向こうは隣人の部屋のはずだ。

しかし、今、その壁から、微かに、しかし確かに聞こえる。


「……ガリ……ガリ……」


削る音。

Kマンション304号室で、Sさんを狂わせたあの音が、今、私の部屋の壁から聞こえている。


私は理解した。

私は「深入りしすぎた」のだ。

ネットのアーカイブを通じて、私は「隙間」へのアクセス権を得てしまった。

あるいは、あちら側が、私という新たな「受信機」を見つけたのかもしれない。


画面上のポップアップが点滅している。


『404号室へようこそ』


壁のクロスが、内側からポコっと膨らんだ。

まるで、誰かが指で押し出したように。


私は悲鳴を上げることもできず、ただその膨らみを見つめていた。

そこには、小さな亀裂が入り始めていた。

あのマンションから遠く離れた私の部屋に、「隙間」が生まれようとしていた。


(第5話 完)

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