第28話 VSフィート

 「何の騒ぎだ、これは!」


 その先頭に立つフィートが、門の前に立つコーネンを視認する。続けて、壁際でのびている男と破壊された銃へ視線が移る。


 そうして、事態を把握したのだろう。フィートは顔を真っ赤にし、巨体の肩を怒らせながらコーネンの方へどしどしと迫っていく。


 「これをお前がやったのか、ええ?!」


 「だったら、どうするというんですか?」


 下からねめつけてくるフィートに対し、コーネンは一歩も引かずない。


 お互いに静かににらみ合う一触即発な状況。周囲の男たちも、遠方にいるリーも固唾かたずを呑んでそれを見守る。


 そんな中、先に口火をきったのはコーネンであった。


 「あなたがフィートですね。私は異世界警察〈オスティア〉支局捜査二課のコーネンと申します。我々がどのような目的でこちらに伺ったのかお分かりですよね」


 「……な、なんのことだかさっぱりだな」


 相手の正体が異世界警察だと知ったフィートは、僅な動揺を見せた。


 コーネンはそれを好機とばかりに畳みかける。


 「しらばっくれても無駄ですよ。既にネタはあがっているんです。不法転移に武器密輸、傷害、不法占拠、そして大量殺人。すでに言い逃れできる状況ではありません」


 「だったらなんだ? 自首でもしろってのか?」


 言い逃れはできないと悟ったのか、フィートは開き直りながら吐き捨てた。


 「ありえねぇ。そもそも何が悪いってんだ?」


 「あなた正気で言ってるんですか?!」


 一切悪びれる様子のないフィートにコーネンは声を荒げる。


 しかし、それを聞いてもフィートはどこ吹く風だ。


 「俺が悪いわけじゃない。連中が文明として劣っているのがいけないんだ」 


 この世は持てる者が支配している。金を、地位を、力を持つ者こそが上に立つ。


 持たざる者はいつだって彼らの後塵こうじんはいし続けるしかない。金がなければ大学にも行けず、コネがなければ場末の建設現場で働くしかないのだ。


 「持って無い奴は奪われる! 生き方すら選べない! 俺もそうだった。だが、ここでは違うッ! ここでは俺が持てる者、支配する側だ!」


 だからこそ、自分は何をしても許される。それがフィートの論理であった。


 「そんな理屈がまかり通るはずないでしょう!」


 「それがなんと通っちまうんだなぁ! それを今から教えてやるぜ! そのご立派な体になぁ!」


 暴論に異議を唱えるコーネンを、屈強な男たちが取り囲む。


 そしてフィートは、腕を取られて身動きできなくなった彼へボディブローを入れた。


 「どうだ? 思い知ったか?」


 ドヤ顔しながら尋ねるフィートに、コーネンは皮肉気な笑みを返す。


 「今のはパンチのつもりですか? 蚊に刺されたのかと思いましたよ」


 「……おい、お前らも参加しろ! サンドバッグになりてぇみたいだぜ!」


 一瞬で頭が沸騰したフィートから仲間たちへ指示が飛ぶ。同時に、四方八方から殴る蹴るの暴行がコーネンに加えられた。


 真っ当な人間ならまず耐えられない凄惨なリンチ。けれども、先に根を上げたのは男たちの方であった。


 「はあはあはあ、ど、どうなってやがる?」


 フィートは息も絶え絶えに辺りを見回す。参加した男たちは誰もが息切れするか、コーネンの筋肉の前に拳を痛めるかどちらかであった。


 「私は悲しい!」


 そんな中、突然叫んだコーネンに彼の両脇を固めていた男たちがギョッとする。


 「あなたたちには聞こえないんですか、上腕二頭筋の嘆きが! 普段からきちんとしたトレーニングを行っていないから、そんな軟弱なパンチしか打てないのです。本来のスペックを発揮できずに下半身の筋肉たちも泣いていますよ!」


 意味不明な言葉に困惑する男たちを置きざりにして、コーネンは思案する。


 健全な魂は健全な肉体に宿るという。ということは、彼らが不健全な体だからこそ、あのような考えに行きついてしまったということだ。


 なんてことだ。私が正しいトレーニングをご教授して差し上げねば。


 そんな責務に突き動かされ、コーネンは腕を掴んでいた男たちをあっさりと振り払う。


 そして、男たちの中の一人に近づくと、彼の両手を掴んで左右から力をかけた。


 「では、早速トレーニングを始めましょう! さあ、私の手を押し返してください!」


 「え?! ちょ、や、やめ……!」


 このまま何もしないでは体を押しつぶされる。そう悟った男は両腕に力を込めて必死に抵抗した。


 「む、無理無理無理もう限界――」


 「いいえ、まだいけます。もうちょっと、もう少し、あと十秒がんばってみましょう!」


 男は限界を訴えるが、コーネンは承服しない。男は持てる腕力と気力を総動員し、顔を真っ赤にして耐え抜いた。


 「おい、もう十秒たっただろ?! 放してくれよ!」


 必死の形相で叫ぶ男に、コーネンは爽やかな笑顔で答える。


 「いえ、あなたの限界はここではありません! ここからです! その先にあなたが目指すべき肉体が待っていますよ!」


 「そんなの目指してねぇぇぇ! あああああああああああ!!」


 それからきっかり一分後。ようやくコーネンが手を離すと、筋疲労の限度を超えた男は灰のように真っ白になって突っ伏した。


 コーネンはそんな彼をいつくしむように傍にしゃがむと、耳元でそっとささやいた。


 「五分したらまた始めますからね」


 「あああああああああ!!!」


 新しいトラウマを植え付けられ、びくんびくんと痙攣けいれんする男。コーネンはその男から別の男たちへターゲットを変える。


 「さあ、次は誰ですか」


 そう尋ねる男の目は、とても澄んでいた。一切邪気のない善意に満ち溢れた瞳。そんな眼差しに冷や汗を流す日が来るとは、その場にいた誰もが予想していなかった。


 「うわぁぁぁ、こっち来るな!」

 「鬼だ! 鬼がいるぞぉぉぉ!!」

 「鍛え殺される! 助けてくれぇぇぇ!」


 「お、おい、逃げるな! 戦え!」


 恐れをなした男たちに、フィートの声は届かなかった。


 最終的に一人残された彼は、怒りで打ち震える。


 「いいぜ。そこまで俺たちをコケにするってんならこっちも本気でやってやろうじゃねぇか……!」


 真っ赤を通り越してどす黒くなった顔のまま、フィートは懐から武器を取り出す。


 コーネンにはその武器に見覚えがあった。


 「……次元剪定刃ディメンションブレードですか」


 「いくらお前がカチコチでもこいつなら関係ねぇ。三枚おろしにしてやらぁ!」


 フィートが叫ぶと同時に、空間を切り裂く刃がコーネンへ襲い掛かった。


 斬撃の軌道上にあった石造りの外壁や柱が、まるでバターのようにスパスパと切断される。まともに当たれば人体など容易く真っ二つになるだろう。


 それをスウェーでかわすコーネンの胆力も大したものであったが、それも無傷とはいかなかった。


 切断された金髪が宙を舞い、薄く切り裂かれた頬から血が伝う。


 「確かに、それを相手取るには私の筋肉でも少々厳しいですね」


 その血を手の甲で拭いながら、コーネンは自らの不利を認めた。


 その言葉にフィートは嗜虐的しぎゃくてきな笑みを作る。


 フィートにとって、コーネンの顔は一目見た時から気に入らなかったのだ。なんだか自信に漲っているというか、気取ってやがるというか、とにかく気に食わないことこの上なかった。


 そんな奴が自慢する肉体を自らの手で見るも無残なものに変える。そのことを想像するだけで、刃を握るフィートの手にも力が入った。


 「ぐふふふ、俺をコケにした分、そのご自慢の体で払ってもらうからなぁ!」


 「生憎とその要望には応えられそうありません」


 「言ってろ! その生意気な口がきけねぇようにその顎から落としてやる!」


 勢いよく振るわれたフィートの刃がコーネンへ迫る。


 けれども、コーネンはそれを避けようとすらしなかった。


 なんだ?


 フィートはその姿に引っ掛かり覚えるが、気にするほどではないと無視する。


 その瞬間であった。


 ――ダアン!!


 遠雷のような音を鳴り響かせながら撃ち出された弾丸が、フィートの手を食いちぎる。


 「ぐ、ああああああ?!」


 フィートの指数本ごと次元剪定刃ディメンションブレードが弾き飛ばされる。激しい衝撃が通り抜けた後、焼けつくような痛みが彼に襲い掛かった。


 「そ、狙撃だと?! ひ、卑怯ものめ……!」


 肉と皮がぶら下がり、血があふれる手を押さえながらフィートは呻く。


 《助かりましたよ、リー》


 《ひ、ひやひやしたよ……》


 フィートを制圧したのを確認して、コーネンはリーへ感謝を伝える。


 リーとしては、相手が次元剪定刃ディメンションブレードを持ち出した段階で本当は援護したかった。


 しかし、位置的に射線が通らなかったため、コーネンが攻撃を回避しながら相手を誘導する必要があったのだ。


 ともあれ、無力化することはできた。コーネンは痛苦で蹲るフィートへと近づく。


 「終わりです。さて、エーカは一体どこに――」

 《コーネン!!》

 「?!」


 リーの警告によって、コーネンは突如飛来した業火を間一髪避けることができた。


 《上! 砦の屋根部分!》


 リーはコーネンにそう伝えるや否や狙撃を行う。


 狙いは屋上に現れた不法転移者エーカ。


 だが、それは読まれていたのだろう。エーカの額を狙った弾丸は、宙に浮く魔法陣によって防がれてしまった。


 フィートはこれ幸いとその場を後にする。


 「た、助かったぜ!」


 「喋っている暇があるなら、さっさと連中を何とかしなさい!」


 謝意を伝えるフィートに対して、エーカは苛立ちをぶつける。


 「あれだけの部下を引き連れておきながらこの体たらくですか。手足を動かすくらいしか能がないのだから、自分の役割くらい果たしたらどうです」


 「……」


 当然その物言いにフィートは額に青筋を立てるが、何とか飲み込んだ。


 今は好き勝手言わせておけばいい。今はまだな。


 煮えたぎる憎悪を心の内で燃やしながら、フィートは切り札に向かって走る。


 《フィートはどうしました?!》


 《こ、ここからじゃ見えない! と、砦の中へ逃げ込んだのかも!》


 その頃、コーネンとリーはフィートの行方を追っていた。だが、エーカの放った火球で生じた煙と炎が彼らの視界を阻む。


 そんな時、コーネンは大地を鳴動させる重低音が近づいてくるのを感じ取った。


 「これは……?!」


 コーネンがそれに気づいた時だった。


 ――ゴバアッ!!


 彼の前方にあった壁を突き破り、巨大な解体用重機が躍り出てきたのだ。


 頑強そうな装甲で覆われた重機のコクピット。そこに備え付けられたスピーカーからフィートの勝ち誇ったような声が飛び出す。


 「さっきはよくもやってくれたなぁ! こいつでテメエらまとめてひき肉にしてやるぜ!」

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