第26話 人形師

 深い森の中、銃弾と人ならざる存在が飛び交う。


 「異世界警察だと?! あんなガキが?!」


 予想もしていなかった存在の登場に、ピクシェルは木立に身を隠しながら悪態をついた。


 「おい、お前ら! 応戦しろ!」


 銃声にも負けない声でピクシェルは男たちへ命ずる。


 しかし、返ってきたのは彼らの泣き言だ。


 「言われなくてやってますよ! けど、全然当たんねぇんだ!」


 男たちがばらいた弾丸は木々に阻まれ、どれもまともに届かない。運よく木に当たらなかったとしても、人形がそれを難なく弾く。


 ピクシェルは、ここでようやく自分たちに不利な場所へ誘い込まれたことに気がついた。


 「ちっ、ここは場所が悪ぃ! 森の外まで後退するんだ!」


 「にがさないぞー」


 慌ててその場を脱しようとするが、キャロリーはそれを読んでいた。


 木々を盾にしながら純白の人形が舞うように男たちへ近づくと、一人、また一人と脱落させていく。


 どうする? このままでは全滅だ。


 少し思案した後、ピクシェルは指示を出す。


 「……おい! 少しアイツを足止めしてしておけ!」


 逃げるつもりかという男たちの視線に、ピクシェルはかぶりを振る。


 「違う! あの人形はガキが独りで操作してるんだ。つまり、あのガキさえ殺せばいいんだよ!」


 馬鹿正直に人形の相手などする必要は無い。操縦者さえ叩けばそれで済む話だ。


 それを理解した男たちは、一斉にキャロリーに向けて銃弾を集中させる。


 もちろん、その程度ではキャロリーに攻撃を通すことはできない。だが、足止めにはそれで十分であった。


 キャロリーの足が止まったのを確認すると、ピクシェルは味方の射線に入らないよう大きく回り込む。そして、彼女との距離を一気に縮めた。


 「覚悟しやがれ!」

 「!」


 真横から殴りつけてきた鉛の雨を、キャロリーは予期していたようにさばく。


 けれども間の悪いことに、まき散らされた弾丸によって弾き飛ばされた梢が、彼女の頭上から降り注いだ。


 キャロリーは咄嗟とっさにそれを人形で防ぐ。しかし、その代わりキャロリーはバランスを崩して転倒する。


 「むぎゅ」


 結果、キャロリーの体は人形から大きく離されてしまう。そうなると、彼女を守るものは最早何も無い。


 完全な無防備。絶好のチャンス。ピクシェルは銃口を彼女に向ける。


 「これでとどめだ!」


 引き金が引かれ、金切り声とともに凶弾がキャロリーに襲い掛かった。


 けれども、それらは全て彼女とは大きく外れた場所へと着弾する。


 「な、何が?」


 ピクシェルには何が起こったのか理解できなかった。


 自分がわざと狙いを外すはずがない。

 キャロリーが元の場所から動いたわけでもない。


 では、なぜ当たらなかったのか。


 ピクシェルはその理由を目の当たりにする。


 「二体目だと?!」


 自分の横合いから突如として現れ、銃身を掴む人形にピクシェルは瞠目どうもくする。


 この人形によって軌道が逸らされたため、銃弾は明後日の方へ飛んでしまったのだ。


 「キャロの人形はまだあるぞー」


 キャロリーの言う通り、木々の合間に伏せさせていた人形たちがぞろぞろと姿を現わす。


 ぬいぐるみや球体関節が剥き出しになったもの、おどろおどろしいものや異郷のクラシカルなもの。ありとあらゆる人形たちが男たちへ襲い掛かる。


 「う、うわああああ、助けてくれぇぇぇ!!」

 「数が、数が多すぎる!!」


 悪夢のような光景に男たちは総崩れになり、一部の人間は武器を放り出して逃げ出した。


 「あ、有り得ねぇ。たった独りであれだけの人形を操るだと……?!」


 敗走する男たちを尻目に、ピクシェルはただ呆然と立ち尽くしていた。


 人形師が操る人形は、基本的に一人一体が原則だ。多くても二体、それ以上は処理しきれない。


 だが、あのガキに至っては二体どころの話ではない。あれだけの人形を同時に運用するなど、脳がいくつあれば成立させられるというのか。


 そんなことを考えている内に、その場に残ったのはピクシェルだけであった。


 「あなたはどうするのー?」

 「ッ?!」


 キャロリーが特に凄んだわけでもないのに、ピクシェルはビビってしまう。


 ピクシェルが腰砕けになったのはある意味当然であった。


 元は小心な彼を支えていたのは、手下の数と優れた文明の利器だ。しかし、そのアドバンテージを全て失った以上彼に抗う術はなかった。


 「なんでだ?! マンガやラノベならこういう時、華麗に切り抜けられるものだろう?! どうして俺は何もできないんだ?!」


 ピクシェルは己に無力さを強要する世の理不尽さを嘆く。


 だが、彼が無力なのは、彼が何もしてこなかったからなのである。


 報われない努力に何の意味がある。そう言って彼は努力をしてこなかった。励む周囲を馬鹿にしながら、ただ生きてきただけだ。


 そんな彼を助けてくれるほど世の中は甘くない。何もできない彼は誰からも必要とされず、鬱屈うっくつとした日々を送っていた。


 そんな時、あの解体現場で彼は異世界へ行く方法に出会った。 


 文明的に劣るそこでなら、今の自分のままでも他人の上に立つことができる。だからこそ、ピクシェルはエーカの話に迷いながらも飛びついたのだ。


 凄いと言われたかっただけだ。

 ちやほやされたかっただけなのだ。


 たったそれだけなのに一体どこで間違えたのか。彼にはそれが分からなかった。


 「きょ、今日はこのくらいにしてやらぁ! 次はこうはいかねぇからな!」


 そんなピクシェルにできるのは、三下の負け台詞を吐いて逃走することだけであった。


 予想通りの展開にキャロリーは嘆息すると、麗しの乙女コッペリア以外の人形から銀糸を外す。


 そして、解けた銀糸は麗しの乙女コッペリアへと集まり、その躯体へ絡みついた。


 「まだだ、まだ負けちゃいねぇ……! 館に戻ればフィートもエーカもいる。あんな小娘くらいイチコロだ!」


 キャロリーから距離を空けたことで、少しばかり威勢を取り戻したピクシェル。


 だが、彼の背にピタリと張り付くような足音に背筋を凍らせる。


 慌てて顔だけを後ろに回してみれば、彼のほんの少し後ろに小娘の人形が迫っているではないか。


 「くそぉ! 来るな来るな来るなぁ!!!」


 ピクシェルは半狂乱で自動小銃を乱射するが、人形にはかすりもしない。本物の人間のような軽やかさで、あっという間に彼との距離を詰めた。


 さらに、その状況に追い打ちをかけるように、ピクシェルが持つ銃の引き金から抵抗が無くなる。


 彼がどれだけ必死にトリガーを引いても、弾が発射されることはなかった。


 弾切れ。


 そう認識した時には、純白の乙女はすでにピクシェルの眼前に立っていた。


 そして、振り上げられた拳がピクシェルの顔面に叩き込まれると、彼の意識は暗闇に落ちていった。


 人形を通して不法転移者の制圧を確認したキャロリーは、そのことを念話で報告する。


 《こっちはにんむかんりょー。コーネン、そっちはどー?》

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