第20話 道化師の真骨頂

 カイリは恐る恐る目を開く。


 すると、カイリの目に飛び込んできたのは、地面に倒れ伏した女性とその傍に立つジェスター。そして、呆気にとられて固まった男たちの姿であった。


 どうやら、凶弾が女性の命を奪うまさにその刹那、ジェスターが彼女を横合いから突き飛ばすことで救ったようだ。


 「こ、これも作戦の内ですか?!」


 カイリはアワアワしながらコーネンへ確認するが、彼はあちゃーという風に手で顔を覆っていた。


 そんなコーネンの態度から察するに、これはジェスターの独断らしい。


 そして、想定外の事態に戸惑っているのはカイリたちだけではなかった。


 村の離反者である彼らもまた、ジェスターの登場に面食らっていたのだ。


 「な、何だお前は?!」


 そう言って、男たちの一人が怯えたようにジェスターへ銃を突きつける。


 いくらこの世界に道化師が存在するとは言っても、どこにでもいるという訳でもない。あるとすれば、旅芸人として年に一回のお祭りに見かけるくらいだろう。そんな奴が何の脈絡もなく唐突に自分たちの前に現れたら流石に怖いはずだ。


 他の男たちも、ジェスターに言いようのない不気味さを感じたのだろう。少しでも自分たちの優位性を示すため、多人数で道化師を取り囲む。


 「これは失礼! ご挨拶遅れて申し訳ありませぇん! ワタクシ旅の道化でございまぁす!」


 見てるこちらの肝が冷える状況でも、ジェスターはブレない。道化師はその男たちへ優雅に一礼した。


 どうやら偶々迷い込んだ旅の道化師ということで誤魔化すつもりのようだ。


 そんなんでうまく乗り切れるの?!


 かと言ってどうすることもできないカイリは、目の前の光景にハラハラしながら事の推移を見守る。


 「で、これは一体どのような催しなんでございましょ?!」


 「うるせぇな! 何でもいいだろ?!」


 とぼけて尋ねたジェスターに、男たちは横柄に応じる。


 ジェスターは素手な上にたった一人だ。彼らは何の脅威にもならないと判断したのだろう。


 「これは別に見世物じゃねぇ。さっさとどっかへ失せろ!」


 おざなりな手つきでジェスターを追い払い、再び銃を女性へ向けた。


 「いやいやいやいや、ちょっとお持ちくださいよぉ!」


 しかし、そんな程度の扱いで引き下がるジェスターではない。道化師は一切躊躇ちゅうちょすることなく、女性と銃の間に割って入る。


 「そんな物騒なもの向けたら危ないですよぉ! 麗しいご婦人に向けるならこっちにしませんかぁ! ねっねっねっ!」


 ジェスターの手には、いつの間にやら色とりどりの花束が握られていた。その花束を男たちの顔面に押し付けながら、道化師は彼らから銃を奪おうとする。


 「おい、何をしやがる! 放せ!」

 「さっきから鬱陶うっとうしいんだよ!」

 「空気を読みやがれ!」


 「あひょえええ!」


 当然、男たちがそれを許すはずがなかった。


 肩を押され地面に転んだジェスターを囲むと、殴るや蹴るやの一方的な暴力が行使される。


 「ちょっと、どうしてジェスターは抵抗しないんです?!」


 カイリには、ジェスターが男たちからの攻撃を甘んじて受け入れているように見えた。

 

 カイリの悲痛な声に、コーネンは歯噛みする。


 「こちらに十分な装備がない以上、彼らを撃退することはできません。しかし、彼らは今更目的の品を渡したところで素直に帰らないでしょう。拳を振り上げてしまった以上、誰かに振り下ろすしかないんです……!」


 その身替わりをジェスターがやるというのか。


 カイリは道化師が取った手段に戦慄せんりつする。


 「はぁはぁはぁ、思い知ったかよ……!」


 しばらくした後、男たちは荒い息を吐きながらジェスターを見下ろしていた。


 「……こんなことしてる場合じゃねぇ」

 「そうだ。早いこと道具を運んじまわねぇと」


 散々ジェスターを痛めつけたことで、頭に昇っていた血も下がったらしい。男たちは、ここへ来た目的を思い出す。


 「へっ、道化者が! これに懲りたら二度と関わるんじゃねぇぞ!」


 そうして、男たちは目的の道具を接収すると、ジェスターに唾を吐きかけて去っていったのだった。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 男たちの影が無くなった頃、ジェスターは何事もなかったかのようにむくりと起き上がる。そして、女性に対してにっこりと笑いかけた。


 「いやぁ、残念でしたねぇ。でも、命あっての物種――」

 「何へらへら笑ってんだい!」


 「ぶへぁ?!!」


 女性の平手がジェスターの顔を強かに張る。道化師の体は、再び地面を豪快にローリングした。


 地面に倒れたままのジェスターのえりを引っ掴むと、女性は感情を爆発させる。


 「あれはねぇ! 私の爺様の代から引き継いできた大事なものなんだ! それをあんな恩知らずどもに使わせるくらいなら、あたしゃ命なんて惜しくなかったんだよ!」


 女性の声は震えていた。


 怒りだけではない。そこには悲しみや悔しさがない交ぜになっていた。


 本気で自分の命を捨てでも守るつもりだったのだろう。そして、それが果たせず命を拾ったことを悔やんでいるのがその表情から汲み取れた。


 ただ、そうして感情を吐露とろしたおかげで、少し冷静になれたのだろう。女性はジェスターに当たるのがお門違いであることに自ら気づき、手を離した。


 「悪いね……少し感情的になっちまった」


 「いいえ、別に構いませんよぉ!」


 それでもジェスターは、ニイッと笑いながら女性の手を取る。


 「そのくらい大切にされていたものなのでしょう? だったらお気になさらず! ワタクシ、実はののしられるのが大の得意でしてねぇ! なぜってそりゃあ決まってるでしょう? ワタクシったら生粋きっすいの道化でございますれば!」


 女性をおもんばかっているのか、元気づけようとしているのか。


 殊更ことさら明るく滑稽こっけいに振舞うジェスターを見て、女性は毒気の抜かれたようだった。


 「……何者か知らないけど、変なやつだね」


 「最高の褒め言葉をありがとうごいまぁす☆」


 女性は降って湧いた奇天烈な存在をいぶかしんでいるようだったが、それ以上は追及しなかった。どう考えたってあの不法転移者の出現と無関係だとは思えないのだが、命を救われたことで少し信用してもらえたのかもしれない。


 「これからどうするおつもりで?」


 「あたしはこのことを村長に相談しに行くよ。それでどうなるってわけでもないけど、このまま黙っていられるもんか。方法なんて思いつかないけど必ず取り戻してやるさ」


 「おお、なんという心意気! ワタクシ応援いたしましたよぉ!」


 息まく女性の言葉を受けて、ジェスターは大げさな身振りで賞賛する。


 「あなたの行動はきっとお天道様も御覧になっているでしょう! あの邪知暴虐の輩にはきっと天罰が下りますよぉ!」


 「……あんたが言うと、何だか本当にそうなりそうな気がしてくるね」


 ジェスターの自信に満ちあふれすぎた姿に感化されたのか、女性の顔にも活力がみなぎる。


 その後、村長宅へ向かう女性と別れたジェスターは、ひょこひょことカイリたちの下へ戻ってきた。


 改めて近くで見ると、ジェスターの格好は本当に酷い有様になっていた。


 着ている服は砂と泥まみれで、ところどころ解れている。見えないけれど、体中も傷だらけに違いない。


 それでも、ジェスターの口元にはいつもと変わらぬ笑顔が張り付いていた。


 あれだけの後にもかかわらず、そこには怒りも憂いも苦痛もない。


 その表情が、カイリには何だか作り物のように感じられた。


 あの顔の半分を隠す仮面。その下には本当に素顔があるんだろうか。


 ジェスターは、本当に今笑っているのだろうか。


 「ジェスター……」


 名前を呼んではみたものの、カイリはそれ以上何と声をかけていいのか分からず、言葉に詰まる。


 ジェスターはそんなカイリへおもむろに近づくと、彼女の頬を両手でプレスした。


 「ぶひょ?! な、何をしゅるんでしゅ?!」


 「おひょひょひょ、なんとまぁもちもちとした顔だこと! ついねたくなってしましましたねぇ!」


 突然のことで目を白黒させるカイリの顔を、ジェスターは犬を相手にするように撫でまわす。彼女は道化師を離そうと試みるが、ウナギのようにするりするりと掴みどころがない。


 結局、ジェスターが満足するまでそれは続いた。


 うう、何だか誤魔化された気がする。


 きっとそれは間違いではないのだろう。それがカイリにとっては少し悲しかった。


 そんな風にじゃれ合っていたカイリたちのもとへコーネンが近づいてくる。


 「あっ、コーネンさん……ひっ?!」


 コーネンの顔を見て、カイリは小さな悲鳴を上げる。


 普段は穏やかな顔をピクピクさせ、浮き出るほどの青筋を立てているのが目に入ったからだ。


 「おんやぁ? コーネン君も一緒に混ざっちゃいます?!」


 そうおどけるジェスターに、とうとうコーネンの堪忍袋がエクスプロージョンする。


 「ジェスター……、何か言っておくことはありますか……?!」


 言い残すことはあるかの間違いでは?


 カイリにそう思わせるほど暗い声でコーネンが尋ねる。


 それを受けて、ジェスターはどこかわざとらしく小首をかしげる。


 「うーん、そうですねぇ……優しくしてね☆」


 そんな戯言を抜かすジェスターに、コーネンから雷が落ちたのは語るまでもなかった。

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