第15話 不法転移
不法転移者の一人ピクシェルは、初めての異世界転移にワクワクしていた。
古い建物の解体現場でトランスポーターを見つけた時は、自身が異世界へ行くことになるとは思っていなかった。
「さっさと売っちまおうぜ」
同じくその場にいた同僚フィートの意見に、ピクシェルも賛成だった。
トランスポーターは売れば相当な金になる。そうすれば豪遊することができるだろう。
ピクシェルはすでにそのことで頭が一杯だったが、その様子をエーカは蔑んだように見ていた。
「確かに大金にはなりますが、三人で分けるとなると一生遊んで暮らすには足りませんよ」
エーカの物言いには、そんなことも分からないのかという言葉が言外に含まれている。
エーカとはこの現場で初めて会ったが、ずっとこんな調子でピクシェルは彼が苦手であった。
「ああ?! だったらどうするってんだよ!」
短気なフィートは、そのエーカに殺しかねない剣幕で詰め寄る。
人が減れば分け前は増える。すでにフィートは、トランスポーターを届け出る判断をした現場監督を物言わぬ死体にしていたのだ。それが一人増えるくらいどうってことないと、彼は思っていた。
エーカはそのフィートを前にしても態度を変えない。多少は魔法が使えるらしいので負けるつもりもなかっただろうが、他にも算段があったのだ。
「異世界に行けばいいんですよ。野蛮人ばかりの世界を選んで行けば、三人とも争うことなく一生好き勝手に暮らせますよ」
その提案を聞いてフィートの表情が変わる。それは悪い笑みというやつであった。
反面、ピクシェルは不安そうにエーカに尋ねる。
「で、でもそんなことして大丈夫なのか? バレたりしたら……」
異世界警察に捕まるんじゃないか。ピクシェルの心配はそれだけであった。
自分の保身と利益しか考えていないピクシェルに、エーカは
「問題ありませんよ。保護する価値のない世界であれば、多少羽目を外す程度見逃してくれます。それに悔しくないですか?」
「く、悔しく?」
ピクシェルが聞き返すと、エーカは顔を歪ませる。
「今まで私たちは踏み台にされ、不等に
「そ、そうだな。確かに言われてみればその通りだぜ!」
そうして、エーカたちはその気になったピクシェルを仲間に加え、異世界へと渡ったのであった。
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そんなわけで、異世界へとやってきた不法転移者たち。最初に出会う異世界人と言えば、森深くに
ピクシェルはそう思っていたのだが。
「お前さん方、どこから来なすったね?」
実際に出くわしたのは、髭面のおっさんであった。
腰までのチュニックにゆったりとした膝丈のズボン。どこからどう見ても農民といった出で立ちで、何なら序盤で速攻死にそうな見た目をしている。
美少女との邂逅を期待していたピクシェルは露骨にがっかりしていた。
「私たちは神の遣いです」
そんなモブのおっさんに、エーカは自分たちの身分を伝える。
無論、自分たちは神の遣いでも何でもなく普通の作業員だ。しかし、そういう設定にした方が自然と敬われるだろうということで神の遣いと名乗ることにしたのだ。
「おーい、みんなー! ちょっと来てくれんか!」
村人は話を聞き終えると辺りの人間へ声をかけた。周囲の村人たちは作業の手を止めると、何事かとこちらへ集まってくる。
お、これはイベント発生か。ピクシェルはこの後の展開を想像した。
このような閉鎖的な村はきっとよそ者には排他的なはずだ。最初はきっと疎まれるに違いない。
だが、漫画で見たようにそこで異世界の優れた力を誇示すれば、彼らはすぐに
そうピクシェルは考えていたのだが。
「移住者か?! 若い人ばっかりじゃないか!」
「ようこそ、
「おい、誰か彼らのために寝床を貸してやれんかね?」
しかし、ピクシェルの予想に反して、村人たちは口々に歓迎の言葉を口にする。
「えっと、俺たちのことを怪しんだりしないのか?」
肩透かしを食らうピクシェルに村人の一人が笑いかける。
「はっはっは、そんなわけないだろ。働き手なんていくらでも大歓迎さ!」
村人たちの和やかさにモヤモヤしている内に、不法転移者たちは村長の家の軒先を借りることとなった。
案内された家屋には、村長である老人とその息子、息子の妻と孫娘の計四名が暮らしていた。
不法転移者たちが訪れた時、妻子は部屋の隅にある
それを見たピクシェルは孫娘に声をかける。
「なあ、手伝おうか?」
「あら、移住希望者さんでしたっけ? 別に結構ですよ」
忙しいからか、孫娘はピクシェルの姿をちらりと見ただけですぐに作業へ戻った。
普通の人間ならそう言われれば素直に引き下がっていただろう。
だが、彼は違った。
「なに、遠慮することはないぜ。俺に任せておけよ」
ピクシェルは娘から木べらを無理に奪い取ると竈の前に立つ。
鍋の中にはシチューらしきものがコトコトと煮立っていて、美味しそうな匂いが漂っていた。見たところかき混ぜるだけなので自分でもできるはずだとピクシェルは意気込む。
村娘からしてみれば、きっと男が料理するなんて衝撃のはずだ。なにせ、料理は女の役割なんて前時代的な考えに染まった村で暮らしているのだから。
そこで、周囲とは違う先進的な考えを見せればこの娘は自分に
実に美しいストーリーだ。
ピクシェルはご満悦で鍋の中身を
実際のところ、彼女は横入りしてきたこの男がただただ迷惑であった。嫌悪感しか抱かれていない。
けれども、
「……ありがとうございます」
「ふっ、礼なんて構わないさ」
段取りをぐちゃぐちゃにされ、引きつった顔を見せる孫娘。それとは対照的にピクシェルは実に満足そうな笑顔を向ける。さらには、そそくさと去る彼女のことを恥ずかしがっていると思う始末であった。
同じような光景は別の場所でも繰り広げられていた。
「なんか困っていることはありませんか?」
「うーん、特にはないのう……」
「いやじーさん、何か一つくらいあるだろ?」
首を振る老人にエーカやフィートは尚も食い下がる。
それでは困るからであった。問題を華麗に解決しなければ、エーカたちは彼らからの尊崇を得られない。
そんなエーカたちに老人は首を横に振る。
「いや、本当に思いつかん。ここの領主様はとても有能で人の良いお方でのう」
「領主ですか?!」
エーカは打倒すべき存在の登場に目を輝かせる。
領主とはつまり貴族、支配者だ。
そういう体制側の人間は、表ではいい面していても陰で私腹を肥やしているものだ。
領主にせよ、社長にせよ、政治家にせよ、人の上に立つ人間は
さらに、それを裏付けたのは老人の息子の言葉であった。
「そんなにいい人か? だったら、どうして
それは常日頃感じるちょっとした不満であったのだろう。そんな息子に老人は険しい顔を作る。
「こりゃ、まだ言っとるのか。あれには理由があると以前から――」
「なるほど! その領主にあなた方は支配されているんですね!」
老人の
やはり、領主のせいで村人は自由に村の運営ができないのだ。民主主義とは程遠い現状にエーカは怒りを覚えた。
非力な彼らは、きっと逆らうこともできず言いなりになるしかないに違いない。
ならばやはり私が上に立ち、彼らを助けねば。
エーカは自分たちが持ち込んだ武器を無意識に撫でた。自分たちにはそんな理不尽に抗う力がある。もう、勝手に決められた枠組みに縛られる必要は無いのだ。
「私たちに任せて下さい。直談判しましょう!」
叩くべき相手を見つけたエーカは、満面の笑顔で老人に宣言する。
そして、キョトンとする老人を無視し、彼らは領主のところへ押しかけたのだった。
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