第13話 歴史のお勉強会

 それは異世界警察に所属しているなら知っていて当然の質問であった。


 「パステマルテ大戦くらい知ってますよ!」


 だからこそ、カイリは馬鹿にされている気がして、つい勢い込んで答えてしまう。


 今日の次元世界には、文明が最も進んでいるとされる五つの世界がある。


カラドブルム、シャプ・ナヤ、WQU042、マウナ・アラキア、そしてノギト。


 そして、かつてはこれらに並ぶ世界がもう一つあったのだ。


 「パステマルテ――かつて存在したその世界が、他の全ての世界に対して戦争を仕掛けたんですよね」


 「そうです。この次元世界の開闢かいびゃくより続くとされるパステマルテ王朝。その末裔まつえいたる自分こそが全ての世界を統一し、支配する正当な権利と義務がある。後に、狂乱の暴君として名をのこすこととなるパステマルテ13世は、そう宣言して他世界への侵略を開始したのです」


 そんな話を受け入れられる世界があるはずもない。先に挙げた五つの世界はもちろんのこと、それ以外の世界も徒党を組んで、パステマルテに反発した。


 もちろん、いかに発展した世界とはいえ、パステマルテだけで次元世界の全てを相手にはできない。


 にもかかわらず、彼らが侵攻を開始したのは、その手にとんでもない兵器が握られていたからだ。


 「終末の喇叭セブントランペット。一度使用すれば、その世界ごと全ての住人を皆殺しにできる大量破壊兵器。彼らはそんな超どデカい花火を用意していたのですよぉ!」


 ジェスターは自社製品をアピールする営業マンのようにその兵器を喧伝けんでんする。


 世界を滅ぼす兵器。


 スケールの大きさやジェスターの話し方からなんとも眉唾まゆつばな話にも聞こえるが、それは決して誇張ではない。


 とある世界が一夜にして消失したのは、パステマルテとの戦端が開かれる数日前のことであった。


 転移もできず、連絡も途絶えたことをいぶかしがっている人々の前に、その世界の住人が命からがら脱出してきたのだ。


 彼らの話では、数日前に見知らぬ集団が現れ、虚空に『穴』を穿うがったと言う。


 『穴』は空間を侵食しながら急速に膨張し、人も物もその全てがその『穴』に飲み込まれて消えたと涙ながらに訴えたのだ。


 それは衝撃的な事件であった。人々はその下手人たちを見つけようと必死に調査した。


 その結果、集められた証拠からこの一件はパステマルテによるものであると結論づけられた。


 そして、パステマルテ13世は申し開きの場でそれを認め、同時に先の宣言を行ったのだ。


 「従わなければ世界を消し去る。脅しとしては効果絶大ですねぇ!」


 ジェスターの言う通り、パステマルテに降る世界も少なくはなかった。


 だからといって、他の世界もただ黙って指をくわえて見ていたわけではない。


 秘密裏に終末の喇叭セブントランペットの所在を掴むと、少数精鋭のチームを派遣し、その破壊を試みたのだ。


 「そのチームが後に六花の騎士と呼ばれるようになったんですよね!」


 兵器の破壊を無事に成功させ、狂乱の暴君をも討ち取った六人の英雄。人々は彼らを六花の騎士と呼び称えたのだった。


 歴史を学ぶなら必ず耳にする存在。実在したヒーローたち。今なお人々をきつけて止まない彼らに、カイリもまた心を高揚させる。


 だが、そんなカイリをジェスターは小馬鹿にしたように笑う。


 「ぷぷぷ、カイリちゃんたらミーハーなんですねぇ!」


 「べ、別にいいじゃないですか! 何か文句でもあります?!」


 カイリがそう食ってかかると、ジェスターは怯えたふりをしてコーネンの影に隠れた。


 そして、怒り心頭のカイリを宥めながら、コーネンは話を進める。


 「とにかく、彼らの活躍によりパステマルテは降伏しました。いや、あれを降伏と呼んでいいのかは分かりませんが……」


 「世界と心中するなんて、とんでもない暴君ですよねぇ!」


 そう、なんとパステマルテ13世は、今わの際にパステマルテ諸共自爆したのだ。


 隠し持っていたもう一つの終末の喇叭セブントランペットを発動させ、この世界から消え去った。


 確かに、敗戦国の末路は悲惨だ。しかも今回は他の全ての世界を敵に回したわけだから、パステマルテの扱いは尚更酷いものになっていただろう。


 それでも、自分の治めていた世界を滅ぼすなんてどうかしている。そこまでして、自身の失策の結果を受け入れたくなかったのだろうか。


 その結果で生じる犠牲など意にも介さないまさに暴君の所業。それによって本来であれば、パステマルテの住民も巻き込まれるはずだった。けれども、六花の騎士の尽力のおかげで、彼らだけは救うことができたのだった。


 こうして、次元世界全体を揺るがした大事件は幕を下ろした。


 しかし、それが終わっても人の世は続く。


 「次元世界はその有り方の見直しを迫られました。それまでは放任していた異世界間の人、物の移動を制限したのです」


 終末の喇叭セブントランペットには元となった二つの技術があった。


 詳細は公になっていないが、それらは元々別々の世界のものであり、本来出会うはずのない技術だ。だが、それら合わさった結果、世界を易々と破壊する兵器が誕生してしまった。


 世界が崩壊する可能性は少しでも減らさなければならない。そのような考えに彼らを突き動かしたのは、やはり恐怖だった。


 それゆえに、次元統一機構は人や物が異世界間を移動することを禁止したのだ。


 しかしながら、それも過去のことだ。次元世界の危機を直接肌で感じた人々は、時の流れと共に消えていく。


 「昨今不法転移者が増えているのは、そんな危機的状況の記憶が薄れつつあることも関係しているのかもしれませんね」


 語る者がいなくなれば歴史は風化する。


 警句はがらんどうとなり、忌避感は霧散する。自身がどれほど恐ろしいことをしているか知らなければ、人は欲望のまま何だってやるということなのだろう。


 なるほど、確かにコーネンさんの説には一定の理がある。


 そう思ったからこそ、カイリは同意の言葉を口にしようとしたのだが。


 「いいえ、それは違いまぁす!!」


 その説に異議を唱える者がいた。


 ジェスターである。道化師は裁判で弁護士が反論する時のようなポーズで主張する。


 「ワタクシは思うんですよぉ。この一件には出版業界が深く関わっていると!」


 「……ど、どういうことですか?」


 出版業界と不法転移者の増加にどんな関係があるというのか。


 両者のつながりがさっぱり分からず、カイリはその理由をジェスターに質す。


 すると、ジェスターは苦悩するように額を押さえ、天を仰いだ。


 「ああ、何と嘆かわしいぃぃぃぃ!出版すれば一定数は売れ、メディアミックスし易いという商業的理由で異世界ものを奨励する出版社!

 ある程度テンプレが決まっているので書き始め易く、結果似たような作品を投稿しまくる作家たち! 

 この二つが手を取り合うことで、異世界ものの産業革命が起こったんですよぉ。その結果、高品質な作品は減少し、使い捨ての作品が増えたのが昨今の出版業界なのですねぇ!」


 芝居がかった調子で己の説を謳い上げるジェスター。カイリはその姿に唖然としながら一言感想を絞り出す。


 「何言ってんだこの人……」


 カイリにはジェスターが言っていることの半分も理解できなかった。彼女が胡乱気な視線を向ける横で、コーネンは深いため息を吐く。


 「ジェスターの戯言は聞き流しても結構ですよ」


 なるほど、やっぱり戯言だったのか。じゃあ喜んで無視しよう。


 コーネンからのお墨付きをいただいたカイリは、安心して無視を決め込むことにする。


 「ちょっとぉ、カイリちゃん聞いてますかぁ?!」


 検査を終えるまでの間、ジェスターはずっと構って欲しそうにしていたが、カイリたちは終始取り合わず平穏な時を過ごしたのであった。

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