第8話 変わり者たちは舞台に上がる②

 「はいはい。えっと、彼女はキャロリー。そうは見えないかもしれませんが、彼女もれっきとしたここの課員です」


 コーネンの言葉にカイリは衝撃を受け、目を丸くしながらキャロリーという少女を見る。


 思わず抱きしめたくなるような可愛らしい容姿。だが、自分の先輩であるというギャップがカイリを混乱させる。


 当のキャロリーはというと、カイリに向けて下目遣いでおずおずと切り出す。


 「キャロ、できないことたくさんある。めいわくかもしれないけど、助けてくれるとうれしい」


 「任せて下さい! 私で良ければ力になりますよ!」


 カイリが力強く頷くと、彼女はその愛くるしい金色の瞳をくりくりさせながら尋ねる。


 「ホント?」


 「ええ、もちろん! 何でも言ってください!」


 年下の先輩からそんな風に上目遣いで頼まれてどうして断れようか。カイリは自信満々に己の胸を叩く。


 キャロリーはカイリの返答に、顔をパアッと輝かせる。そして、彼女はせきを切ったようにしゃべりだした。


 「じゃあじゃあ、このお人形たちをはこんでおいてほしいの! あと、書るい仕事も代わってほしいし、このおかしも買ってほしい。それからそれから――」


 「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください!!」


 怒涛どとうのお願いにカイリはキャロリーに向かってストップをかける。確かに何でもとは言った。言ったのだが、流石に数が多すぎやしないだろうか。


 それになんだか私的なお願いまであったような。


 カイリが困ったような顔を向けると、キャロリーは目をウルウルさせて私を見る。


 「ダメ……?」


 彼女の言葉に、カイリは電流を受けたように固まった。


 ぐっ、そんな目で見ないでくれぇ!


 庇護ひご欲をそそる眼差し。それを受けたカイリは、心中でもだえ苦しむ。


 「わ、私はどうしたら……?!」


 そうして、その圧力に屈しようとしていたカイリを救ってくれたのは、やり取りを傍で聞いていたコーネンであった。


 「キャロ、カイリさんを困らせないで下さい。自分のことは自分でやりなさいといつも言っているでしょう」


 「……コーネンは空気読めない。ちぇ、あとちょっとでしもべにできたのに……」


 そんな不平を言い残すと、キャロリーはふいっとその場を離れる。その様子は何とも勝手気ままであり、カイリは彼女に対して猫のような印象をますます強くした。


 さて、カイリがキャロリーの紹介を受けている間も、ルクスは不機嫌そうな顔をしたままであった。


 うう、やっぱり怒っているよね……。


 目が合うと刺し殺されそうな視線で睨み返される。これから同僚となる人から嫌われたままのは非常にまずい。


 とは言え、原因はこちらにあるのだ。そう思ったカイリは、ルクスに対して素直に頭を下げる。


 「あの、さっきは不躾ぶしつけな視線を向けてすみませんでした。あと勝手に入ったことも」


 とにかく少しでも関係を取り戻すため、カイリは誠意を込めて謝罪した。


 しばし、カイリたちの間に沈黙が降りる。


 カイリは頭を下げているので、ルクスの顔が今どんな表情をしているか分からない。


 さらに怒っているかもしれないけれど、今の私にはこうすることくらいしかできないのだ。


 どのくらいそうしていただろうか。


 深いため息としゃーねぇな、という声がカイリの耳に届いた。


 カイリはぱっと顔を上げてルクスの顔を見る。彼女の顔には若干怒りがくすぶっていたはいるものの、多少落ち着いたようであった。


 「てか、そもそもこの筋肉馬鹿の対応が悪かったせいだしな。なんで先に着てこいつを待ってなかったんだ?」


 それでも消化しきれない思いもあったようだ。ルクスはコーネンにジト目を向けながら、彼の頭をぺちぺち叩く。


 「筋肉を馬鹿にされたのは大変遺憾ですが、確かに申し訳ありません」


 ルクスの手を払いのけながら、コーネンはカイリに頭を下げる。


 「いえいえいえ、コーネンさんが謝る必要ないですよ!」


 「そう言っていただけると助かります」


 申し訳なく思うカイリに、コーネンは顔を上げてニコリと笑う。


 ただ、コーネンはすぐにその笑顔を引っ込め、不思議がる。


 「それにしても、リーはどこへ行ったんでしょう? 課長たちに呼ばれていたので、彼に対応をお願いしたんですけど……」


 「こ、ここに居ますよ……」


 コーネンのセリフに反応するように、蚊の鳴くような声がどこからともなく聞こえてきた。


 「だ、誰か他に人がいるんですか?!」


 カイリたちは周囲を見回すが、辺りに人の気配は感じられない。


 そうする中、最初に気づいたのはルクスだった。魂人ヒューマニアよりも優れた感覚を持つ彼女は、耳と視線を観葉植物の方へ向ける。


 「お前、そんなところで何してんだ?」


 カイリもルクスが声を投げた場所を注視するが、やはり誰も見つけることができない。


 もしや、からかわれてる?


 そんな疑問を抱き始めたカイリの前で、ふいに観葉植物が震えだした。


 な、なになに?!


 カイリが何事かと思っている間に、その観葉植物(?)はカサカサーッと目にも止まらぬ速さで物陰に移動した。


 ただ、今回は隠れ方が甘いのか、草の一部が物陰からはみ出ている。


 ルクスはそこへずかずかと近づいていくと、物陰に手を突っ込みそこへ潜む人物を引きずり出した。


 「うひぃ!」


 「何をビクビクしてんだ、お前は」


 陽の下に晒され情けない声を上げる人物へ、ルクスは呆れたように声をかける。


 それは非常に存在感が希薄な男性であった。


 屋内でギリースーツという突飛な出で立ちにもかかわらず、ふと目を離すと消えてしまうような儚さがある。ダークグリーンの長い前髪で目元が隠され分かりにくいが、怯えているようだった。


 物陰から引っ張り出された男性は、再び消えゆきそうな声でルクスの質問に答える。


 「きゅ、急に大声をかけられて怖かったから……」


 話し終えると、男性は再び貝のように押し黙った。


 限り少ない情報から察するに、元々はこの男性が海里の応対をする予定だったらしい。


 しかし、カイリが騒ぎながらここを訪れたため、怯えて隠れてしまったとのこと。


 ええ、じゃあ私があんな目にあったのは、この人のせいでもあるってこと?


 カイリが非難の視線を向けると、男性は短い悲鳴を上げてすごすごと物陰へ消えていく。


 その様子に深いため息をつきながら、コーネンは男性のことを紹介する。


 「あちらはリー九龍クーロン。リーと呼んであげて下さい。かなり気弱な子ですが、仕事はできるのでご安心を」


 「えっと、よろしくお願いします」


 姿が見えないので、カイリは物陰に向けて声をかける。


 返事はない。人見知りが激しい人なのだろうか。ただ嫌われたわけでないなら良しとしよう、とカイリは思うことにした。


 それにしても、何と個性的な人たちなのだろうか。


 ここまでに出会った人だけでも、すでにカイリはお腹一杯であった。


 けれども、カイリの試練はまだまだ終わりではないらしい。


 「さて、他にも課員は後二人ほどいますが、今は別件で出払っておりますので後日にしましょう」


 これで打ち止めじゃなかったかぁ。


 コーネンからの無情な追加情報にカイリは打ちひしがれた。


 そんなカイリにコーネンはついてくるように指示を出す。


 「これからウチの課長と捜査主任へご紹介します」


 そう、カイリはまだ彼らを束ねる上司たちに挨拶をしていなかったのだ。


 一体、如何いかなる人物なのか。


 カイリはわずかになった期待と膨れ上がった不安を胸に、コーネンの後を追ったのであった。

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