第5話 初めまして①

「さあ、ここだ」


 そう言ってバレルが立ち止まったのは、大きな両開きの扉の前であった。そして、彼はその扉に手をかけると、一気にそれを開け放つ。


 すぐさま射しこんできた陽光に、カイリは思わず目を細める。


 眩しさに慣れたカイリの目に映ったのは、だだっ広い砂地であった。


 扉をくぐり砂地へ出てから後ろを振り返ると、そこには先程までいた庁舎がそびえ立っている。そこから察するに、どうやら庁舎を一直線に通り抜け、建物の裏手まで来てしまったようだ。


 そして、学校の運動場のような何もない砂地の先にくたびれたプレハブ小屋が一軒ぽつんと建っていた。


 カイリはまさか、という視線をバレルへ送ると、彼はどこか申し訳なさそうに件のプレハブ小屋を指し示す。


「あそこだよ」


 その事実が受け入れられず、建屋を二度見してからカイリは彼に確認する。


「嘘ですよね?」


「君には非常に申し訳ないが、あれが捜査二課のオフィスだ」


「嘘だと言って下さいよぉぉぉ、お願いですからぁぁぁ!!」


 容赦なかった。不治の病にり患したことを伝える医者のような、苦渋に満ちた表情は嬉しかった。けれども、どうせなら嘘だと言って欲しかったのが本音だ。


 それにしても、ひどい扱いだとカイリは思う。まさか、物理的に距離を取ってくるとは彼女も思っておらず、驚きを隠せない。


 そして、バレルはそんなカイリへ心苦しそうに告げる。


「俺はこれ以上行けない。ウチの課長に睨まれるからな」


 悪い友達と関わる我が子を心配する親か。


 そんなことも許してもらえない狭量さにカイリは憤る。しかし、ここでバレルに無理をさせたところで、彼を困らせるだけだ。


 ここからは独りで行くしかない。


 そう決心したカイリへ、バレルは本当に心苦しそうな顔で尋ねる。


「……独りでも大丈夫そうか?」


「へ、へへへっちゃらですよ!」


 口調が震えていて大丈夫じゃないのがバレバレだが、それでもなおカイリは虚勢を張り続ける。


 正直に申すことができるなら、あそこに独りで行くのか?! マジで?! と言いたい。


 しかし、ここまでして案内してもらっただけでも問題なのに、これ以上バレルに迷惑をかけるわけにもいかなかったのだ。


 カイリは引きつった笑顔を無理に作ると、バレルに頭を下げる。


「ここまで本当にありがとうございました! このお礼はまたいずれ!」


「本当に大丈夫か? 凄い顔になってるぞ……」


 カイリは尚も心配してくれるバレルに改めて礼を言うと、彼に背を向けて件のプレハブ小屋へと向かう。


 砂地へ一歩一歩踏み出し建物へ近いていく。建物自体にはざっと見る限り、おかしなところはない。窓のさんひさしにはそれほどほこりが積もっておらず、それなりに掃除が行き届いているようにも感じられた。


 どちらにせよ、私には今更進む以外の選択肢なんてないんだけどね。


 建物の入口を前にして、カイリは腹をくくった。ごくりと唾を飲み込み、緊張で震える手を引き戸に掛けると、そのまま一気に引き開けた。


 「失礼します!! 今日からここに配属になったカイリ=シオナギです! よろしくお願いしま――ってあれ?」


 カイリの気合の入った挨拶は、明後日の方へとすっぽ抜けていった。彼女は敬礼のポーズのままつぶやく。


 「誰もいない……?」


 カイリの呆然とした言葉は、無人のオフィスに空しく木霊したのであった。


 張り詰めていた緊張が、穴の開いた風船のように萎んでいく。と同時に、カイリは途方に暮れてしまう。


 初日は始業時間前までに出勤すればいいと事前に聞かされていたのだ。現在の時刻は始業時間の十五分前。であれば、最低でも一人くらい人がいるかと思っていたのだが。


 「もしかして、奥の方に人がいるとか?」


 外観から見たプレハブ小屋の面積は、バスケットコートくらいであった。入口から見える範囲だけでは、到底その間取りには満たない。


 となれば、他にも部屋があるのは間違いなく、そこでカイリが来るのを待ち受けているのかもしれない。


「となると、やっぱり中に入るしかないかな……」


 カイリはオフィス内を再度覗き込む。


 やはり人の気配はしない。


 それを確認したカイリは、意を決して室内へ足を踏み入れた。


 私も今日からここの一員なのだ。だから、そこまで気後れする必要なんてない。


 そんな誰にするでもない言い訳を頭の中でこね回しながら、カイリは中へ歩を進める。


 部屋の中も外と同様にしっかりと手入れされていた。カイリたちの仕事は、片づけを後回しにして押収物が氾濫はんらんし易いものだがそれもない。課員によほどの綺麗好きがいるのだろう。


 そんなゴミ一つ落ちていない床の上には、複数のデスクが置かれていた。


 それらのデスクにも一つ一つ個性がある。


 きっちり折り目正しく整頓されている机もあれば、資料が増設に増設を重ねた違法建築化しているものもある。中にはそれこそよく分からない機材が所狭しと並んでいるものもあれば、沢山の植物によってちょっとした森が出来上がっているものまであった。


 無人であることをいいことに、カイリは嬉々として各々のデスクを観察していた。


 その時だ。


 ――ゴトン。


 何かが床を叩いた音がして、カイリは身をすくませた。


 やっぱり誰かがいるのか。カイリは音のした方へ視線を向ける。


 音はデスクよりもさらに奥、パーテーションと観葉植物で仕切られた場所からしたようだ。


 カイリはなぜか忍び足でそちらへと向かう。


 覗き込むとそこには、向かい合ったソファとそれに挟まれた長テーブルが一つ。どうやらそこは、談話室として使われているらしい。


 テーブルの上には作りかけの球体人形のパーツが乱雑に置かれていて、床には人形の頭部が一つ落ちていた。見たところ、これが机から落ちたのが先ほどの物音の原因だったようだ。


 そして、カイリが視線をソファに向けてみれば、そこにはなんと少女が独り気持ちよさそうに眠っていたのであった。

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