10 初めの王と終わりの王 〈01〉

 【聖女の人形】との衝撃的な出会いから十日。

 あれから一度も彼女と会えていない。

 神殿長が打ち合わせに来ても「まだ調整中」と言って連れても来ない。

 

 その間、王妃を帯同した公務には静かな面持ちでパティエンスが控えている。

 今まで私が構ってやったのにその有り難みが解らないとはどういう事だ。

 縋ってくれば可愛げがあるというもになのに。

 

 ──やはりこちらが人形なんだ。

 

 

 頭の中の声は日増しに五月蝿くなり、耳を塞ごうが意識を他に集中しようが全く効果がない。

 それどころかふと気づくと全く覚えのない場所で立ち止まっていたりする。

 頻繁に【国王の間】に出入りしているフシがあるのだが、その間の記憶がない。

 誰かに相談しようにもそんな事をすれば病気だと言って押し込められ、自分の王としての立場が無くなりそうだ。

 サピエンティア公爵叔父上は頭も切れるし何かいい手立てを教えてくれそうな気もするが、子をなしていない今は一番の王位継承者で【聖女の人形】を渡す羽目になりそうで、それが何より嫌だ。

 

 

 元老院との会議を終え執務室へ向かう途中、叔父上に呼び止められた。

 傍らに神殿長が控えていて私に膝を折った。

 

 先日儀式の事で其々と何か話していたような気がするが内容を全く憶えていない。

 どうせ私がいなくとも儀式の準備など進むものだ。

 

「叔父上、どうかされましたか?」

 

「ああ、陛下。【聖女の人形】について、少し気になる事があってな」

 

「⋯⋯気になる? やらんぞ」

 

 叔父上も王族だから【聖女の人形】と王位が欲しいのか。

 

「⋯⋯? いえ、私には荷が勝ちすぎるかと。そうではなく。⋯⋯少し公に出来ない話だ、執務室にお邪魔して宜しいか?」

 

 ふ、弁えているんだな。それならいいだろう。

 二人を執務室へ促した。

 

 

「で、【聖女の人形】の何が気になる?」

 

「陛下はパティエンスに相当熱を上げていたようが、【聖女の人形】とどう違ったのだ?」

 

「ふむ。パティエンスなどもうどうでも良いわ。とにかく彼女は美しく、ひと目見た途端に手に入れたくなった。不思議な事に頭の中で私ではない誰かが『手に入れろ』と叫んでいる」

 

 どうにも我慢出来なくて言ってしまった。今もワーワー何か言っている。

 

「⋯⋯は?」

 

 叔父上は驚いた様子だが、神殿長は少し違うようだ。

 

「声が⋯⋯。人形がいる時だけですか? 今は?」

 

「今は、黙った。さっきまでは騒いでいたが。だが、ここも含め主塔にいる時はかなりうるさく感じる。公務で大広間や屋外に出るとほぼ聴こえない」

 

 叔父上は不可解そうな顔でこちらを見ているが、私自身も不可解に思っているのだから仕方ない。

 

「成る程。【国王の間】にはいつから入れるようになったのだ? 兄上が崩御された時か? それとも即位した時?」

 

「これも不思議でな。父上が崩御なさった瞬間に声がした」

 

「入ってこい、と?」

 

「そうだ」

 

「ふ、む。陛下、私を連れて入る事は出来るか? とても気になるが」

 

 やっかみか? 公爵位に落とされたのは不本意だったのか? 

 

「気になるとは?」

 

「単なる好奇心だな。禁止されるとやってみたくなるものじゃないか?」

 

 叔父上、何だか悪い顔してるが。

 父上と違って堅苦しい人だと思っていたが案外そうでもないのかもしれんな。

 

「誰かを連れて行くのはやってみた事が無いが。試してみるか? 王族に生まれたからには気になるものだろう?」

 

 そんな事をすれば王立場が揺らぐのが解っているのに、何故自分は口に出しているんだろう? 

 

「神殿長もよろしいか?」

 

「⋯⋯え、あ! 『ハルト、入って来い』だと?」

 

 何だ? これは。どういう事だ? 笑いながら神殿長を呼んでいる。

 神殿長と叔父上は目を合わせ頷き合っている。

 貴様ら何か知っているのか? 

 

「い、いいだろう。ついて来い」

 

 

 執務室奥の本棚の仕掛けに手を触れると本棚がスライドする。

 すると金属の扉が現れる。

 

「叔父上、正面に立ってみて下さい」

 

 叔父上は言われるまま立つが扉は何の反応もない。

 神殿長にもやらせてみたがやはり同じだ。

 

「で、私が立つとな」扉は横にスライドし、その奥に上階へ続く階段が現れた。

 

「ああ、成る程。執務室と最上階の武器庫の間にあるのだな」

 

「そうだ。この階から武器庫への階段がやけに長いのはそのせいだ。では行くぞ」

 

 二人を従え階段を登る。

 どちらも興味深げだ。

 ま、そうだろう。

 国王しか普通入れないのだからな。

 

「さ、ここが【国王の間】だ」

 

 階段を登りきって二人を振り返り両手を広げた。

 

「⋯⋯」

 

 声も出せない程か。ふふ。

 

「この外では見たこともないような照明! 壁の機械! これなどここの入り口前の映像が出てるんだぞ!」

 

「⋯⋯同じだねえ」

 

「ええ、上陸後すぐに作られたんでしょうね。動力と通信はどうなってるんでしょうね」

 

 ん? 感動が薄いぞ。いや、動力って何? 通信? 

 

「おい! わざわざ入れてやったのに何だその態度は!」

 

「ああ、陛下。そこのコンソールに触っても宜しいですか?」

 

「⋯⋯な、なん⋯⋯、っうっ!」

 

 《やあ、ハルト。久しぶりだねえ。会いに来ると思ってたよぉ。随分遅かったねぇ》

 

 今まで頭の中で響いていた声が部屋に轟いた。

 

 《ほんっと待ちかねたよぉ。遅すぎぃ》

 

「相変わらずムカつく話し方ですねえ。シャハル。身体はどうなってるんですか?」

 

 《割と早いうちにね、脳だけここに据えたんだよね。君、寝ちゃったから知らないよね》

 

「メンテナンスは医療の一族が?」

 

 《そうそう。あと科学ね。今では理由もわからず機械のメンテナンスだけしてるよね。まあ、今日の為だけに生きてきたからもういいけどねぇ》

 

 神殿長は誰と話してる? シャハル? 

 

「神殿長、これは一体?」

 

 叔父上が堪らず口を開いた。

 

 《やあ、アルドー君。賢い子は好きだよぉ。ディルクルム君はもうちょっと頭を使った方がいいよね。こちらとしては扱いやすいけど、子孫の頭が悪いのは気に入らないねぇ》

 

「なっ。何だこの失礼な声は!」

 

「シャハル。煽るのはやめろ。陛下、こちらは初代国王オルトゥス陛下です」

 

「はぁ!?」

 

 伝説になってるような大昔の人間がなんで気安く神殿長と話してるんだよ。

 

「で、⋯⋯脳はどこにあるんですか?」

 

 《コンソールの脇に両開きの有り難い扉があるだろ。ははは! そこにいるよぉ》

 

 見渡すと確かにそこに過剰に装飾された扉はあった。

 無機質な機械類の中で異彩を放っている。

 神殿長がと少しだけ開くとコードまみれの脳が液体に浮かんでいた。

 

「趣味悪いですね。自分で有り難いだの何だの。脳だけになったら営業スマイル忘れましたか? ああ、表情筋はもうないか」

 

 《ふはっ。君とじゃないとこういう掛け合いできなくてねぇ。寂しかったなぁ》

 

「というか、これ、本物ですか? こんな所に千年近くこんな設備で持つわけないでしょう」

 

 《くく。内緒》

 

「本当にオルトゥス陛下でいらっしゃるのですか? 近くで拝見しても?」

 

 《かまわんよ》

 

 

 叔父上が近づいたところで階下から女性の声がした。

 

 《パティエンスが呼んでるよ。開けてあげなよ、ディルクルム。彼女とも話してみたいなあ》

 

「チッ。なんで私が使い走りを」

 


 

 腹立たしいが大人しくパティエンスを向かい入れる。

 

「⋯⋯ここは?」

 

 ぐるりと部屋を見回すパティエンス。

 私達に目を止めると軽く膝を折った。

 

 《やーあ、パティエンス。名前と心を与えられたソフィアの人形》

 

「シャハル! やめろ!」

 

 《過保護だねえ。俺はねぇ、何でも知ってるよぉ。粗方観て来た》

 

 《他の六十三体と違って名前を付けてフローレスに送ったことも》

 

 《こっそりソフィアを治療して、今も生きてる事もねぇ》

 

「⋯⋯だろうと思ってたよ」

 

「そう! それだ! パティエンスは人形なのか? 私は人形に用はない!」

 

「⋯⋯なっ。陛下」

 

 私はパティエンスを指差し叫んだ。

 

 《あっはっは! ちょくちょく干渉してみたけど、ここまで馬鹿になるとはなぁ》

 

「───貴方は? どなたですの?」

 

 《俺はシャハル・ドーン、またはオルトゥス。ドーン商会の会長にして惑星マグノリアの初代国王。どうぞ、お見知り置きを。声だけで申し訳ない》

 

「シャハル、やっぱりあれは貴様の脳ではないんだろう。いい加減にしろ」

 

 《なんだ、つまらんなぁ。あれは医局長の頭だよ。ハルトをおちょくりたいって言ったら死ぬ間際に「使ってくれ」ってさぁ》

 

「彼女は貴様のシンパだったからな」

 

 《ともかく、戴冠の儀に合わせて交易船が来るから上陸許可を頼むよ。我がドーン商会の船だからね》

「変な病気を持って来たら許さんぞ」

 

 《ははは! 楽しみにしてるよぉ! 》

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