02 ディルクルム

 私、マグノリア国王ディルクルムはとにかく混乱していた。

 【聖女の人形】を一目見たその時から思考の全てが『これを手に入れたい』に塗り替えられた。

 神殿長が「受け取るか否かはどちらでも」などと言っていたような気もするが、否などと言うわけがない。

 

「欲しい」

 ただそれだけだ。

 

 パティエンスに初めて会った時も『妃にしたい』という思いに駆られ、なりふり構わず婚約者にした。

 が、今はその比ではない。

 焦燥感にも似たものがある。

『その女を手に入れろ!』と、頭の中で自分以外の男ががなり立てている。

 

 

 さらに混乱に拍車をかけたのは人形の姿だ。

 パティエンスと人形は双子と言っても過言では無いくらい似ている。

 違いがあるのはパティエンスが白銀の髪と真紅の瞳に対し、人形のそれは淡い金の髪と暁のような青みがかった紫の瞳だ。

 

 パティエンスに初めて会ったのは十四歳の時。

 全身が揺さぶられるような衝撃を受けた。

 気付いたら彼女の両肩を掴み「妃になれ!」と、叫んでいた。

 対してパティエンスただ黙したまま揺さぶられていたと思う。

 もう十年も前の出来事で記憶が不鮮明だ。

 

 その後も何度か会いに行っては求婚したが、一言も喋らずただ感情の無い目で見られていたような気がする。

 何度もフローレスに出向く私を訝しんだ母上が私の側仕え達に話を聞き、父上に相談したという。

 父上の招請を受けてみれば「この絵姿は本物か?」と訝しまれたが、如何に自分が本気であるかを訴え婚約を取り付けた。

 天にも昇る気持ちとはこの事か。

 

 だがパティエンスの態度が軟化するのには五年以上かかった。

 それでも二言三言返事が返ってくるだけだったが。

 婚姻してからも未だに一歩引いたようなそっけなさがある。

 

 それに比べ人形の態度は悪い意味で表情豊かだ。

 理由もわからぬまま人形に触れようとすれば「私はそのような用途に向きませんので」と胡乱げな態度で躱され、名前を尋ねれば口の端を軽く吊り上げながら「六十四番とお呼び下さい」などと答えもする。

 

 会ったばかりの男に対して警戒するのは分かるが、あまりにも態度が不遜ではないか? 

 私は国王だぞ。

 

 意を決してパティエンスのもとへ行けば、理由を尋ねるだけで何の反応もなかった。

 そんな状況でどちらが人形かと問われたならパティエンスを選ぶだろう。

 あれ程淡々とした態度をとられたら自分の行動は間違いではないような気がしてきた。

 

 人形はパティエンスの方じゃないか。

 

 何故だかストンと腑に落ちた。

 頭に響く声も肯定している。

 ならば人形と交換すれば良いだけだ。

 パティエンスにその気がないならそうするまでだ。

 満足してパティエンスの私室を後にし、執務室へ歩みを進めようとすると人形に呼び止められた。

 

「私は陛下の私室へ参ります」

 

「え、ああ。だが⋯⋯」

 

 いや、待て。離れたくない。慌てて手を伸ばすが、すいと躱され

「私は秘匿された存在ですのでご一緒する事はかないません。詳しくは神殿長からお聞きください」

 そう言ってフードを目深に被り直し去って行った。

 

 あ、私室にか。

「ハハッ。閨で待つということか!」

 なんだ。そうか。ならば私も行く他無いだろう。

 

 あれ・・は私のものなのだから。

 私の中の混乱は霧散した。

 もう何の憂いもない。誘われているなら楽しむだけだ。

 

 私室に向かおうと踵を返すと私室のドアの前に侍従と神殿長の姿があった。

 侍従が私に気付き、それを見た神殿長はこちらに向かい恭しく膝を折った。

 

「神殿長、丁度良い。【聖女の人形】について話がある」

 

「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。神殿長ハルト・カツラギがご挨拶申し上げます」

 

「うむ。侍従、白いローブの女は中におるか?」

 

「ご案内いたしました」

 

「そうか、では入れ」

 

 浮足立って部屋に滑り込むと神殿長を招き入れた。

 ソファに人形を認めると侍従に下がるよう命じた。

 

 

「人形、お前、フードを取って顔を見せよ」

 

 私はずっと見ていたい。ああ、不便だな。名前を付けよう。何がいいかな。

 ああ、もう、早く顔を──。

 人形を見ると気分が高揚して何も考えられない。

 

「──国王陛下。王妃陛下を無下にされたと聞きましたが」

 

「⋯⋯パティエンスが言ったのか? し、仕方なかろう。あれよりこちらの方が人間らしいのだから」

 

「何をおっしゃいます。こちらが人形なのですよ?」

 

 呆れたように私を見る神殿長に苛立つ。

 元々幼い頃からこの男が苦手だ。

 私に対してへりくだっているようでその実まったくそうでない。

 時折斬りつけるような目で私を見る。

 

「ともかくパティエンスではなくこちらと子をなす事に決めたのだ」

 

「その事についてですが⋯⋯、人形それは子をなせません。統治上の道具であって未来へ繋ぐ橋渡しの存在ではないのです。そもそも生殖能力がありません」

 

「嘘を付くな。どう見てもあちらが人形だろう!」

 

 神殿長は不快そうに眉根にしわを寄せているが、私の直感が告げている。

 

 

『この女を手に入れろ』

 そうだ。何でも手に入るんだよ。私は国王なんだから。

 

『いいぞ。その調子だ。俺の言う事を聞け』

 あ、ああ。聞いてやろう。

 

『そうすればソフィアもお前のものだ。ハルトなんて蹴散らせ』

 ソフィア? 聖女を? 

 

『ただし、今じゃない。ゆっくり、焦らずだ』

 そ、そうか。わかった。確実にだな。

 

 

「ともかく、その【聖女の人形】を置いていけ。私のものだろう」

 

「ふっ」

 

 横目でこちらを見て鼻で笑った後、神殿長は去って行った。 

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