鬼世終わりし人世来たり

ゆず

第1話 人の世来たり

昔々、世界には鬼が沢山いました。

鬼は人間を食べて生きていました。

人間は鬼に立ち向かおうと戦いましたが、全くかないませんでした。

ついに人間は諦めてしまい、鬼に食べられる仲間を見ることしかできませんでした。

人間はとても悔しがりました。

なにか策はないかと、何度も何度も考えました。

そんな困ってる人間達のところに、"術者"と名乗る人達がやってきました。

術者さん達は、鬼を倒したり、封印したりしてくれました。

人間達は深く感謝しました。

術者さん達はその後、どこかに消えてしまいました。

今ではもう、どこにいるのかわかりません。

けど鬼も姿を見せなくなりました。

人間達は安心しましたが、油断は禁物です。

色んなところに鬼が封印されている建物があるからです。

術者がいない今、鬼が封印から出てきたら立ち向かう術がありません。

なので、人間達は鬼が封印されている場所には近づかないようにしました。

こうして、世界は平和になりました。

めでたしめでたし。






















「鬼さん、こんにちは!」


佐上村(さがみむら)。

ここには、鬼が封印された蔵がある。

佐上村に生まれた者は皆、冒頭のような話を何度も何度も聞かされる。

けれど、そんな鬼が封印されている蔵に毎日毎日通う者がいた。

まだ5,6つ程の、幼い少女である。

毎日蔵に来る人間に、蔵の中の鬼はため息をついた。


「また来たのか…」

「勿論!鬼さんと話すの楽しいもん!」


少女は明るくそう答えた。

そんな少女の様子に頭を抱えるのは鬼のほうだった。

なんとも不思議な光景である。

蔵の扉の下の方は鉄格子になっていた。

そこでお互いを認識しながらいつも話していた。

といっても、少女の方からしてみれば、真っ暗な蔵からはその表情は伺えない。


「今日もお父さんと稽古をしたの!今日は刀、飛ばさなかったよ!」

「普通は飛ばさないんだよ…」


明るく今日の出来事を話す少女に、鬼はため息交じりにそう答える。

笑っているのか、呆れているだけなのか

幼い少女にはわからなかった。

元々気にしていなかっただけかもしれないが。

そのまましばらく、二人は他愛もない話を続けた。

オレンジ色に輝いていた空は、段々藍色に染まっていった。

鉄格子からそれが見えた鬼は、少女に声をかけた。


「ルシア、もう時期暗くなる。そろそろ村へ帰れ」

「え〜もう〜?」


ルシア

そう呼ばれた少女は、そう駄々をこねた。

そんな少女――ルシアを、鬼はなだめる。

そもそも、ルシアは村の掟を破ってここに通っているのだ。

遅くまで帰らないと怪しまれるだろうし、こんな幼い子が夜遅くまで外を出歩いているのが危ない。

その諸々を説明すると、ルシアはやっと帰る気になってくれた。

村の方へ歩みを進める。

一歩、二歩、三歩…そして歩みを止める。

振り返り、口を開く。


「ルリ」

「なんだ?」


ルリ

そう呼ばれた鬼は扉越しにルシアの方を向く。鬼――ルリは短く返事をした。

するとルシアは、その年には合わぬ真剣な顔でルリに問うた。


「ルリは…私を助けてくれた鬼じゃないんだよね…?」

「前々から違うと言っているだろう?そもそも、そなたの言うその鬼の特徴は、我とは全く異なる」


ルシアがこの蔵に通ったのはある出来事があったからだ。

今も十分幼いが、それより更に幼い二年ほど前のこと…

両親と山菜採りに出かけていたはずのルシアは一人はぐれてしまった。

陽は落ちかけていて、木々が生い茂る山は不気味さを増していった。

その時、ルシアは山の中で鬼から襲撃を受けたのだ。

人生で鬼を見たのはその時が初めてであったが、それが鬼だとわかったのは頭についている立派な角のせいだろう。

当然、幼いルシアはその場から動くことができなかった。

そんなルシアの前に立ちはだかったのもまた、鬼であった。

白く美しい長い髪に、高い身長。そして赤く染まった一本角。その顔を見ることはできなかったが、ルシアはあの鬼をよく覚えている。

余談だが、ルシアが確認できているルリの特徴は、黒く短い髪に、真っ黒な一本角だ。"全く異なる"というその言葉は正しい。


ルシアはあの日、鬼に助けられてから、あの助けてくれた鬼を探し続けているのだ。

―そう、今でも

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鬼世終わりし人世来たり ゆず @yuzu_sousaku

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