99+α ーートラブリングがトラベリングーー

@Paladin2094

第1話野良ダンジョン編

◆転生には早すぎるよ!

実に締まらない転生だった。

転生は初めてだが、チートな能力や伝説のアイテムなどない。

あるのは自分──橘九十九、十一歳小五──を、得たばかりの力に浮かれてものはためしとトラックで轢死させたのが、神様に昇格したての小神リックナーハだったという事実だけだ。

ぼくは塾の帰りに、コンビニを出て肉まんに食いつこうとしたところだったのに。

友達の声も遅く、トラックの蹂躙に激痛を感じるより早く、ぼくはこの審判(?)の場に召された。

審判というか、神様らしい。筋骨逞しいだけでなく、その効果的なアピール法を知った漢だ。

ギリシャ神話の挿し絵を思わせるトーガを着込んで、僕のことを少し戸惑ったような目で見ている。

とはいえ、肉まんを味わえなかった怒りを力に変えて、このポンコツの顔面に鉄拳を浴びせたかったが、小学生と職業的暴力家では、50センチ差の身長もそうだが、ウェイトだけでも五十キロくらい差がありそうだった。

その筋骨たるやぼくのウエストが、ポンコツの太腿くらいしかない。

いや、タイミングよく股間を蹴り上げればワンチャンあるか?

男としては情けない限りだ。

ちなみにこの審判の場所は小ぶりでシンプルな机を挟んで、一対のパイプ椅子が向き合う薄暗い空間だ。

ポンコツの体格のせいで軋み声をあげるパイプ椅子が、やけに小さく見える。

これが噂に聞く相対性理論の実践か?

しかし、この橘九十九を齢十一で母なる地球から引き離して「まあ悪かった」ですませようとした。

自分ほどの大物が小学生に頭を下げたんだ察しろよ、水に流せ的なオーラを撒き散らす小神リックナーハは更なる自己満足のためか、せめてものお詫びと言って、どこからともなく、指輪、棒杖、杖、眼鏡、靴、腕輪、印籠といった小物を渡す。

まるでテレビで見たのみの市だ。

「自分が地上で冒険者だったころに使っていたリックの七つ道具だ、このガジェットクラスの道具なら、鍛錬や素質なしに使えるよ。キミ、そういうの縁遠そうだし」

悪かったな。魔法の才能があっても受験には役立たないからな。

ポンコツが冒険道具を渡しても、ぼくが冒険に出る気はない、地球に帰れるならともかく、小学生男子の生存力なめるなよ。

​所在無くぼくは七つ道具をいじる。まずは、銅製の指輪だ。

ポンコツは、見聞きした言語を理解できる。喋った言葉は自動翻訳できると教えてくれた。

魔法すげー!

次は二十センチ位の銀で出来た棒杖だ。

「何に使うの?火が出るとか」

ポンコツは嬉しそうに。

「一分間触ったものに魔法がかかっていれば、その魔法の内容がわかる。地味だが便利な力だ」おーいフランス革命!

次にぼくは杖を手に取った。

真っ直ぐな木の杖だな。見た目より軽い。

「ネズミを呼んだり、操ったりできる、が。ネズミが百メートルくらい近くにいないとどっちも無理だ」

ポンコツは興がのってきたのか、聞く前に教えてくれる。

この世界はメートル制か。

「じゃあ、このメガネは?」

シンプルなそれは、魔法の作用か、ぼくの顔幅くらいに縮まった。

──どんな暗いところでも見通せる、との事。便利だな、どうせ伊達メガネだし、今かけているのは外そう。

おお、くっきり!

一見、ただのハイカットに見えるが、布靴はすごかった、サイズは自動調整で、今履いているローファーより動き易い。まるで踵に翼が生えたみたいだ。

「それ、百メートル十二秒で走れるよ」

異世界の度量衡や、どうやって計測したの?という疑問が湧くべきだが、百メートル十二秒という言霊は、小学生男子には魅惑的なものだった。

次はルビーが四個ついた黄金の腕輪だ。

「で、任務も探索もなさそうだけど?これからどうするの」

ルビーを外すと、五秒後に大爆発を起こすという。

手榴弾みたいなものか?

最後は印籠だ。この中に水で練って使う丸薬が入っているという。

生命体ならば大抵の傷は治るそうだ。もっとも身体から離れた部位、例えば指がちぎれたとかは治らないという。ポンコツの体験談だそうだ。

もげろ。

道具の説明を一通り聞いた。これでコンピュータRPGならチュートリアルミッションが始まるのだろうけど、初手が問答無用の轢殺の、このポンコツでは期待するだけムダだろう。

ポンコツは虚空から、巨大なハードカバーの書物をとりだした。

書物は開くと差し渡し一メートルはありそうだ。

「これは世界魔境地図という。この宇宙で、人々が踏破した区域の全てが記されている書物」

もう、嫌な予感しかしない。しかも猛烈にだ。

ポンコツは装飾が施された、白い羽ペンを弄び。

「この書を開き、このペンで示した地点に転送しよう」

ぼくは冒険者じゃないよ。

「もともと冒険者の間で普通の地図で、座興として行われたものだ」

「そうしようよ。月とかを目指すのはカンベンしたい」

「いや、私はこの人の身で、月に到達した功で神格を得たのだが」

自慢話はいい。

「ボクは冒険初心者だから、街かどこかに近いところで……」

いかん妥協してどうする!

ポンコツは感慨深げにうなずいた。

「最初はゴブリンとはよく言ったもの。いい裏山に行かんことを!」

ポンコツがペンを振り上げると、光と風が部屋中に荒れ狂う、そして!

「ここだ!」

ポンコツ、いやリックナーハは一枚の地図を羽ペンで示す。

そこにはダンジョニア帝国と記されていた。

そう読めたわけではない。

分かったのだ。

ぼくは意識を失い、地図の中に吸い込まれていった……のだろう。

​◆初めての爆発、初めての遭遇

……──しばしの時が流れた、いや一瞬かもしれない。そんな不可知の時間の後、九十九少年は満月の空の下に投げ出された。

「ヒーホー?新たな追手だよ叔父さん」

十歳児に見える人影が、レイピアを振るう手を休めずに、後方の叔父──杖を持っている──やはり十歳児くらいにしか見えない──に注意を促す。

レイピアを振るう若者はフリック・ブルーベリー。叔父と呼ばれた男はオージェ・ベリーナイスと名乗った。

彼等はトラベリングと呼ばれる種族だ。トラベリングの説明はあとにするとして、ここは九十九少年の受難を描写することに注力したい。

彼等は明々と点る焚き火を背に三匹の狼を相手に渡り合っていた。

ブルーベリーは提灯袖の胴着にマント、駝鳥の羽をあしらった鍔広帽をかぶった伊達男っぽい姿だ。

体格相応の悪戯小僧めいた顔には笑顔が天然で浮かび、それを栗色の髪が縁取っている。

叔父のベリーナイスは曲がりくねった杖に身体を預けた少年に見える。

ゆったりした灰色のローブに身を包み、ガリ勉小僧っぽい顔は、眼鏡とその奥の青い瞳が、アクセントになっていた。

「一体、何が起きているんだよ!」

九十九少年が状況に適応できず、頭を抱える。

その指には銅製の指輪が焚き火の照り返しを浴びて鈍い輝きを放っている。

言語理解の指輪だ。

「こちらの台詞だよ!こいつら切っても突いても傷つかないんだ!」

ブルーベリーは言ってる内容とは裏腹に、わくわく120%と言った面持ちだ。

「ふむ、ケモノは火を恐れるはずだが」

ベリーナイスは今更ながらに焚き火に目をやる。

「炎よ!」

杖を振り上げて叫ぶと焚き火が2メートルほどの高さに膨れ上がる。

狼は怯まない。ニヤリと笑った(ように九十九少年には見えた)。

「ふむ、屈しない。見かけ通りの狼ではないと」

ベリーナイスは見ればわかり切ったことを偉そうに述べる。

「見かけ通りじゃない狼ってナニ⁉︎」

ベリーナイスの突飛すぎる結論にツッコミを入れてしまう九十九少年。

「魔法の産物かも?」

小気味よいステップで迫る狼の牙をかわして、間合いを取るブルーベリー。

「魔法の産物とは、ならば手はある。──全ての力は静まるべし」

ベリーナイスが杖で空中に何かを描くと、緑色の炎が吹き出た。

「うむ、魔法消しのまじないが効かない。つまり魔法で作った幻影ではない。多分、普通の武器が効かないのだろう。魔法か魔法の武器が必要だろう、そこの童、その立派な杖は飾りか?」

「杖じゃないけど、手ならあるよ」

左手にした腕輪を九十九少年は探る。爆発に巻き込まないように周囲を慎重に探る。

「巻き込んだらごめんね」

「ひゃあ!」

ルビーの粒を下手投げすると、月光に一瞬だけ赤い光がはじけた、爆風が荒れる。

「スゴい」

九十九少年が自分のしたことに腰を抜かす。

狼たちは腰から下を吹き飛ばされ、一頭を除いて、戦闘不能になっていた。

最後の一頭は、月光に毛並みを照らし出され、二本の脚で立ち上がっていた。

「チビどもが……男爵さまの従僕であるガルルガに本気を出させるとはな」「人狼か──」

ガルルガの怒りのリアクションに、ベリーナイスが目を細める。

「満月の光の下、獣人最大の再生力を持つ種族だが、狼を操るなど自分の戦闘力には完璧な自信はないようだな」

「試したいか?その身で」

ガルルガは低く唸った。

ベリーナイスは九十九少年に視線をやる、アイコンタクトというやつだろう。

腕輪に手をやる九十九少年に、ガルルガは舌打ちする。

「明日はまだ十分に月が満ちている、そちらのチビももう不意打ちはさせんからな」

九十九少年は少し傷ついた表情をした。ふたりのトラベリングより、身長は高いつもりだ。

言って、一瞬のうちに姿を消す。見事な脚力だ。

九十九少年はそもそも、自分がこのチビたちに加勢をしたのは成り行き以外のなにものでもない。

この不良少年たちにお灸を据えたい気持ちで一杯となった。

「現状を教えて貰おうか?なんで君たちみたいな子どもが剣や魔法を振り回すのさ。なんで人狼?みたいな、怪物に追われているのさ、わかんないことだらけだよ」

「じゃあ、ボクは公認冒険者のフリック・ブルーベリー。見ての通りのトラベリングだよ」

言ってブルーベリーは名刺状のカードを取り出す。

まるで運転免許証を思わせるそれは、バストアップの写真の代わりにウエストアップのブルーベリーのホログラフが浮かび上がっていた。

フリック・ブルーベリーを、第七十二帝立教会で特種冒険者に叙すると、あった。

この子がフリック某というところしか把握できない。公認冒険者?トラベリング?帝立教会?九十九少年には理解できなかった。

「じゃあ、どこから説明しようか?

まずは、ダンジョニア帝国の成り立ちから話した方がよさそうだ」

ベリーナイスはあごをさすりながら、居住まいを正した。

​◆今日は昔の神話をしよう

ダンジョニア帝国!

この大陸を制覇した統一帝朝。

成り立ちは四分五裂した諸王国の弱小貴族ダンジョニア伯国が領地の地下で近衛部隊の選抜を行い始めたことにある。

特筆すべきは地下に潜るたびに賞金を得られ、怪物罠を突破することでも賞金が。さらには踏破済みの階層に新しく怪物や罠を設置することでも、賞金が得られるという永久機関じみた事業モデルであった。

最高潮に達したのは、罠や怪物を自動再設置する魔法の開発だ。伯国十代目当主ダンジョン十世によって作られた、神の領域を踏み越えたと称されるそれは、探し続ける冒険者を屈強の精鋭とした。

この無限設置の魔法は開発者の名を冠されダンジョン魔法と呼ばれた。また、伯国の地下にあった以外の同様の施設はダンジョン魔法により制御され、施設の総称がダンジョンとなるのに、それほどの時を要さなかった。伯国は王国、帝国と拡大してゆき。

神の領域、天界に、ダンジョン十一世とその近衛たちが──比喩ではなく物理的に──踏み込み、──これまた比喩ではなく──物理的に蹂躙した。純粋な戦闘力では神を凌駕した冒険者が、世界の管理に取り組み、現在まで大過なく世界は運航されている。

​◆トラベリング発生

ダンジョニア帝朝の基盤は天界に移ったが、神々は俗化し、人々に成人──慣例では十歳の誕生日だ──の際に信仰する神格に願いを述べる神請いの議という儀礼が行なわれる。

子供が大きな願いを望めば、大きな束縛と引き換えに、神から道具や技能、あるいは加護を得られるという。

だが、身の丈に合わない、あるいは神格の能力を超えた願いを望んだものには罰が下る。永遠の子供、トラベリングになり、トラブルメーカーとして定住を望めずに、永遠に世界を放浪するのだ。

寿命で死んだトラベリングは知られていない。

願いは、ブルーベリーは覚えていないそうだ。

逆にベリーナイスはダンジョン魔法を勉強したかったそうだ。

「その時はそれがふさわしくおもえたんだけどなあ」

​◆狼たちの資格

公式冒険者──それはダンジョニア帝国内において、代々の皇帝が作ったダンジョンに足を踏み込んだ者。

即ち次代の皇帝と一緒に天界に登ろうとできる精鋭の総称である。

免許には四種から特種迄等級があり。四種はゴブリンの巣穴程度、三種で地上もしくは地下五階まで。二種は、同十階あるいは過去にドラゴンが生存していたダンジョンまでとされており、別名ドラゴン免許。一種はドラゴンが生存しているダンジョンへの探索である。

特種はあらゆるダンジョンへの侵入御免状らしい。これはトラベリングだけに発行される、というより、トラベリングは自動的に特種らしい。

​◆カラス村へ行こう!

「一応わかったよ」

渋々と言ったていで九十九少年は朝の光と共に終わったトラベリングたちの話を受け入れた。

「本当は世界創造や魔法の成り立ちも話すべきだったかもしれないと思ってたけど」

「そこらへんは教養ということだな」ブルーベリーの言葉をベリーナイスが混ぜっ返す。

「ぼくは悪人じゃないけど、善人でもないから、君たちについて行って、どういうメリットがあるかはっきりしてね」

「メリットか……君がこの世界に不慣れでも、ある程度案内できるのはメリットのうちに入らないかな?旅をするにも、食事も、金ももっていないじゃないか。なら強盗でもするかい?それとも、魔法の道具を売っ払うかね?」

ベリーナイスは九十九少年の肩に馴れ馴れしく手をかける。

「川も街道も知らずに放浪できるほど、辺境は甘くないよ」

──現実の前に九十九少年は敗北せざるを得なかった。

​◆ポリッジ

トラベリングたちが言うところでは、このふたり組はとある貴人の護衛だという。

貴人──アルファ嬢という、令嬢らしい、彼女は貴族の座興でカステラの国という、辺境の地を目指すのだという。

​「なんでも、無作為に引いた地図で目を瞑って指差した地点からの帰還をめざすんだって」

ブルーベリーの言葉に九十九少年はどこにでも似たような事はあるのだな、と諦観。

「昨日の夜にカラス村に転移されて来たんだっよ。ついでに近いからカステラの国を目指すんだって。カステラが好物なんだね」

ブルーベリーの言葉を反芻するように、腕組みして深々と頷くベリーナイス。

──転移?初めて聞くけど、SFとかのワープみたいなものか。

SFファンが聞いたらいくつもの論争を起こしそうな感想を九十九少年は抱いた。

その間にも、ふたりは焚火を小さくして、朝食の準備をする。

「今日の朝餉はポリッジだ。子供の大好物だからな」

神妙な表情で小鍋に水を張るベリーナイス。

「水よあれ」

杖で小鍋を叩くと見る見る内に水が満たされる。

「爆発のような、戦いにしか使えない魔法はできないが、幻や魔法破り、嫌がらせのようなちょっとしたまじないなら出来る」

水の中に穀物(九十九少年には区別がつかなかった)を放り込み、しばらく火を通す。

「お粥かあ」

「ポリッジだよ、叔父さんはそう言うよ」

ブルーベリーの言葉に九十九少年は空を仰ぐ。

「味変ないの?」

塩がある。

そう、ベリーナイスはポリッジを取り分ける。

「作り立てのものは大抵うまいから」

自分に言い聞かせるかの様な口調だった。

ポリッジは少し焦げていた。

洗い物にもベリーナイスのまじないは役に立った。

​「で、アルファ嬢ってどんな人?」

「さあ?」

ベリーナイスは首を傾げた。

「人柄はわからない。何しろ昨日会ったばかりだよ」

「あ、九十九も入れた全員より背が高い一六〇センチくらいかな。赤ワインみたいな赤毛。あと偉そう」

「最後のそれが聞きたかったよ」

ブルーベリーの評価はノイズだらけだった。

「あの、君たちは姫と離れて、こんな村から離れた場所にいる理由は何かな男爵とかと関係あるの?」

九十九少年はストレートに聞いた。「まあ、カラス村の酒場兼宿屋にふたりで泊まろうとしたんだ。ラッパ亭だっけか……」

ブルーベリーが出会いを語り出した。

​◆ラッパ亭の邂逅

寒村に鋭い光が渦巻いた。

ふたりの目前に光、赤い稲妻が閃き、赤い赫きに包まれてひとりの女性が現れた。

轟音はない無音で現れた。

女性と評するには些か未成熟、十五、六の少女だ。

炎から削り出した様な赤毛をうなじで切り揃えており。

意志の強そうな緑色の瞳はまつ毛がアクセントとなっている。

乗馬ズボンにチュニック姿の彼女は、自らアルファとなのり、出鱈目旅行の一環で、従者は三人までという縛りで旅行をしていると告げ、ふたりに従者として護衛の任に着くように要請した。

「まったく、最初に出会った相手を、従者にするなんて、面倒な縛りだけど、出会ったのがトラブリング女子供じゃなくて良かったわ。ここはどこかしら?カラス村。地図は正確だったようね。

じゃあ、カステラの国を経由して帰るから差配頼むわ。

費用と給料がいるなら、この首輪を売って用立てて」

首輪はプラチナ製で小指の爪ほどの大きさがあるルビーがそこかしこに飾られていた。

庶民なら二、三年は家族で遊んで暮らせる価値があるだろう。

ただし、売れれば、だ。

トラブリングふたりが偶然立ち寄った寒村では、どれだけの資産があるだろうか。

能天気なブルーベリーでもつい未来図を予想してしまう逸品だった。

「えーと、オヒメサマデスカ……──?」

「無礼者!姫ではない、アルファと呼べ。でそれなりの付き合いになりそうだし」

「ねえ、ぼくたちが断ったらどうするつもり?」

ブルーベリーが好奇心で聞く。

「そう言うことは起きないわ。わたし、行いがいいもの。行いがいいひとはそういうことが起きないと決まっているの」

「はあ」

ベリーナイスはつい呆けてしまう。ものすごい人生哲学だ。

​◆哲学者の卵で目玉焼き

「ずいぶんとすごい人とは分かったけど、そのアルファ姫がいなくなって、狼男?人狼?に追われていた理由は」

​九十九少年がブルーベリーにそう問うと、渋い顔をしたブルーベリーは目を閉ざす。

彼は腹の中で、興味を惹かれているね、自称非善人君などと舌を出す。

​九十九少年は気づかず、ブルーベリーを促す。

「じゃあ、夕食は食べてないよ。語るに足る詩的な出来事もなかったしね」

それから互いの紹介をすませると、宿屋の玄関が乱暴に押し広げられた。「今の魔法はなんだ!許可なき転移は、この村ではご法度である」

と、棍棒と詰め物入りの上衣を着込んだ衛兵が三人ほど入ってきたんだ。今なら人狼だと知ってるけど。

「トラブルだねどきどきする」

その時ブルーベリーはそういった。でも、転移ってトラブルのタネなのにアルファって娘は座興でやっちゃうんだ──少し九十九少年の信頼度が下がった。

でも、きっと少しだ。

知らないのだ、転移みたいな大規模な魔法は近辺の魔力に負担をかける事で、周囲の魔法環境を悪化させることを。中枢に魔力を集中させ、辺境は魔力を少なく抑えるのが帝国の国是だし。でもコクゼって何だろう?

それに自分も転移したと思えば、この九十九少年も大きなことは言えないだろう。説明しながらトラベリングたちはそう思い込んでいた。

「そこのお嬢さん、男爵閣下がお目覚めの時、歌など歌って、百年目の目覚めを安らげられよ。チビは明日の朝に話を聞く」

「チビで悪かったな」

衛兵隊長がアルファの手を取ると、ブルーベリーがテーブルをひっくり返し、夕食の残りをぶちまける。

そこから先は大乱闘、ブルーベリーとベリーナイスが荷解きしていないこと、逃走時に離散しなかったこと、そして最後に、焚き火が準備されていた(マナーの悪い)先客がいたことが幸いした。

「ねえ、この世界も若い女性を生贄にして邪悪な何かを蘇らせたりするの?」

​◆月はいつでも何処にある?

「ありがちだよ。昨晩は満月だし、闇でも光でも、儀式には──もってこい」

ベリーナイスは言葉が途切れた。

「逆に考えるんだ。転移したのが昨日でよかったと」

大きく肩を上下させる。

「叔父さん意味不明でーす」

ブルーベリー挙手。

「男爵か、その関係者が満月の力を用いて、何かの儀式を行なおうとした。しかし、予告なき転移で一帯の魔力が低下して、儀式が台無しになった」

ベリーナイスぶちまける!

「で、アルファ姫は楽観的には次の儀式日和まで温存される。悲観的には儀式失敗の怒りをぶつけられる。

「邪悪な儀式が成功している可能性は?」

九十九少年も泣けなしの義侠心が触発されたらしい。

この期に及んで、逃げるという選択肢は無かった。オトコの子だね。

「あるかも──でも、逃げるか?」

三人は昨晩追ってきた狼の足あとを逆にたどり、カラス村にたどり着いた。

昼の光だと見窄らしい古城が一際目立つ。

「吸血鬼とかいそうだな。あの手の魔人って正しい方法で滅ぼさないと、儀式で生き返るから」

ベリーナイスの言葉にブルーベリーが大きく頷いた。

​◆優しい魔人の滅し方

「吸血鬼ってどうすれば滅ぼせるの?」

九十九少年が問う。

「古典戯曲『魔人復活』によれば、ロード級の魔人に対するには、ニンニクを口の中に突っ込み、心臓に白木の杭を打ち込んで、頭を心臓と切り離して、太陽の光にさらして灰にして、三つ以上の川にその灰をばら撒くこと。手順に怠りなければ魔人を滅ぼせる、とあったな」

とは、ベリーナイスの弁。

「そんな伝説のロード級の魔人だと、おれたちではどうやっても手に負えないからな」

「気がラクだよね」

九十九少年はスイッチが入った様だった。

「じゃあ、アルファさんが死んでいたら、弔い合戦を期して退却。生きていたら、奪還に専念かな?」

「男爵がどうの言ってたけど、やはりノーブル、貴族級だろうなぁ。だとすると、普通の武器じゃ傷つかないから、どこかで銀の食器か何かを拝借……もとい調達するか、道具屋か何かあるだろうけど。あの、首輪を売り払って得られるのが銀のナイフじゃあ、割が合わないよ」

ブルーベリーもスイッチが入った、というよりハイになったようだ。

三人は村の質屋兼道具屋で銀のナイフと、白木の杭やらニンニクを手に入れた。

「さすがに太陽の光はどうしようもなかったか」

ベリーナイスは頭を掻いて反省する。

「代わりに聖水があったし、帝国教会公認の封がされているよ、たぶん普通に邪悪なものを傷つけられるよ」

ブルーベリーは『お釣り』で買い込んだ香水の瓶を玩ぶ。

「そこ!」

鋭い視線を曲り角にやったブルーベリーが香水の瓶をその向こうにいた、何かに叩きつける。

甘ったるい様な、腐臭のような芳香が周囲に立ち込めた。

「ぐわああ鼻が」

ガルルガの声が響く。鼻が効きすぎて、この人狼にはたえきれなかったのだろう。鼻を押さえて七転八倒している。

「聖水のつもりだったけど、結果オーライ!」

ブルーベリーは親指を立てた。

​◆狼の季節

ガルルガの身柄を手に入れた三人は、男爵の情報を丁寧な方法で手に入れた。

銀のナイフと香水は存外に、話し合いでは役に立つものだ。

今は衛兵だがこの男は昔は山賊をしていたという。非生産的な行いに勤しんでいたが、通りすがりの魔法使いにスカウトされたそうだ。

何でも、この地を治めていた、スライ男爵というノーブル級の吸血鬼を復活させるという。

魔法使いはその男爵家の傍流だ。

詳しいことは興味がないが、毎日の食事が怪しい暮らしから、毎日肉が食べられる暮らしへと昇格できる機会をガルルガは見逃さなかった。

「狼のつもりの痩せ犬という訳か」

ベリーナイスは容赦がなかった。

「魔法ってどんなもの?」

ブルーベリーは香水の瓶をちらつかせながら追求の手を止めない。

視線が合うと、指一本動かせなくなる金縛りだ。

俗に言う「邪眼」だ。

ガルルガは受けていないが、視線が合っている間は、思ったことを読むこともできるという。

「じゃあ、お前が捕まえた女の子はどうしている」

無事だそうだ。魔法使いと対峙コースか?吸血鬼相手は無理でも、その下僕ならどうにかなる、か?

「大事なことだ。城にはスライ以外誰が居る?」

ベリーナイスが鋭い口調で質問した。下働きの老婆がいる。

澱みなくガルルガは返答した。

「じゃあ、ぼくが城内調べるね。

九十九少年が提案する。

「考えあるの?」

ちょっとだけブルーベリーが心配そうに聞く。

「七つ道具を使うのさ?」

九十九少年は不敵と表現するには、些か幼い笑みを浮かべた。

​◆灰色の侵入者

ガルルガは縛り上げ、城の近くに三人で目立たない様にしながら忍び寄った。

九十九少年は時折、木の杖に集中してネズミを操ろうと集中する。

試行錯誤の果てに、この杖は一匹だけなら五感を共有できる事実を見出す。

黴臭く冷たい石畳の城中を走り回る、すると、一箇所ネズミが恐れて、近づけない場所があった。

共有した視界では多分、地下墓地だ。

「それっぽいね叔父さん」

「うむ。いかにも吸血鬼だ」

トラベリングたちは中継が今ひとつ盛り上がらないものの、情報自体はありがたく受け取っている。

階段の踊り場に古式ゆかしい肖像画が飾られている。

古びている印象なのに、妙な生命力を感じる青年のバストアップであった。

「まだ終わらないのか?そろそろ日が暮れる」

ベリーナイスが九十九少年を急かせるが、情報の集まりが不完全だ。

なにより、アルファらしい女性がみつからない。

「こういうときは突撃だあ!」

ブルーベリーは銀のナイフ二刀流で城門に回る。

​◆突撃の時間

「こらこら。光あれ」

ベリーナイスが杖をひと振りするとブルーベリーが持つ銀のナイフに光が灯った。

夕陽と幻の光で周囲が鮮やかに照らし出される。

「チューチューうーんぼくはネズミだ」五感を共有しすぎたつけか、九十九少年は思考がネズミに侵食されたようだ。

九十九少年も杖を構えて早足でブルーベリーに続く。いや、続こうとした。

すると、ものすごい勢いで前方に転がり込む。

やはり、運動神経が伴っていないのに、百メートルを十二秒台で走る脚力は御せないようだ。

「あれれ、ぼく何してるんだっけ?」ショックで意識が覚醒したのか、九十九少年は一瞬のパニックの後、立ち直った。

「もう、しょうがない皆で突撃だ!」

一声吠えるとベリーナイスも走り出す。

「だとすると、今のうちだな」

ベリーナイスは杖で自らの額を軽く小突く。

「準備万端ッ!アルファ姫ッ‼︎今、行きますぞッ!」

​◆出オチあるいは……

鷲のような視線であった、まさしく、獲物を見たら逃さない獰猛さであった。

鷲鼻が悪目立ちする、黒衣の魔法使いスライの「邪眼」と視線を合わせたブルーベリーは、そんな詩的な感想を抱いた。思考を読もうとした瞬間に。

「スライ!」

と、声がかかる。

(無礼な!)

スライは声の方向に反射的に視線をやる。

その無礼な相手を金縛りの「邪眼」で戒めようと視線を向けるのだ。

しかし、目の前でベリーナイスの魅了の「邪眼」がぬめる様な輝きを帯びていた。

「やあ、ぼくのお友達。連絡がいってないみたいでごめんね」

「しかたない‥‥」

「ベリーナイス」

「そうそうベリーだよ。ど忘れしてたよ」

ベリーナイスは必死である。

それもそのはず、彼の邪眼の魔法は、まばたきひとつで効果が終わってしまうのだ。

ブルーベリーは背後から盆のくぼを逆手に持った、ナイフの柄頭で強打する。

スライは白目を剥いて気絶した。

「殺すの」

追いついた九十九少年は、自分でも信じられないくらい冷ややかに、ベリーナイスに問うた。

「殺す」

ベリーナイスは自然に返した。

運が悪ければ、こちらの方が殺されていたんだ。裁判ごっこで時間を取る気はないよ。

​魔法使いのスライはトドメを刺された。

残るのは男爵のスライのみ。

​◆魔人再生

三名は地下墓地に向かう。

ネズミが感じたオーラは九十九少年が思うところでは魔法的なそれだ。

ベリーナイスも太鼓判を押す。

「アルファ嬢待っていてね」

吐き気を催す、空気の中三人はその濃度の中心を目指す。

一歩、さらに一歩!

「中央まで行ったら魔法破りでどうにかする」

「多分納骨堂あるよね」

ベリーナイスが今後の方針を詳らかにすると、ブルーベリーが混ぜっかえす。

「この辺かな?」

九十九少年が微妙に色の違う石畳を指差す

「一応使えそうな道具あるけど、ちょっと時間かかるかも」

「どれくらい」

「一分!」

「頼む」

九十九少年はベリーナイスとの短いやり取りの後、棒杖を懐から出し、石畳を触れる、一分後。

「人払いと反射の魔法がかかっているって」

「多分、ガルルガがあの腕輪の魔法を教えたな」

力任せに破ろうとすると、魔法が自分の方にかかるという寸法だろう。

ベリーナイスが初見を述べると、下から──。

「その通り」

──甲高い声がした。

「太陽は没した。故に汝らの生も終わりを迎える」

石畳が崩れて異形が姿を現す。

「スライ男爵」

赤毛の女性が、頭と肋骨だけの男性を胸に抱く。若々しく白い肌で、目は血の如く赤かった。口元には発達した犬歯が目を惹き、左胸にはアクセサリーのように杭が突き立っていた。杭の先端には、ひしゃげた肉塊、心臓が苦しそうに脈動している。

多分顔立ちは踊り場の肖像画に狂気と魔性を足した雰囲気である。

一方でアルファ嬢は正気と理性を捨てていない。

「さあ、今から我が再生が始まる。だが、血が足りぬ、貴様らの血も一滴残らずいただこう」

「え〜!」

ともあれスライ男爵の肋の中で肺臓が再生し、胸部を筋肉が覆っていく

「火の玉使ったら、アルファ嬢も死ぬよねえ?」

「どうしよう。心臓に杭を打てれば勝てると思っていたよ」

と、ブルーベリー。

「いや、逆に考えろんだ。杭を打たれてるから、儀式でも復活が不完全なんだ」

儀式、再生?九十九少年の中で何かが一周した。

「思いついた。五分間生きていて」

「判ったよ」

「信じるぞ」

ダッシュ!

九十九少年は走る事に集中し、大広間を目指す。正確には二階に通じる踊り場だ。

駆け上がると、そこに飾られた肖像画を引き摺り下ろす。

周囲を照らす富の証である松明で画布を炙ろうとする。絵自体が生あるかのように蠢き火から離れていこうとする。

がしっと、絵を踏みつけ、九十九少年は絵を逃さない。

肖像画はスライ男爵の生命力を封じていた。

九十九少年は確信は無いが、直感はあった。

松明から火がつくと絵から黒い煙が滲み出し、虚空へと消えた。

そして、絶叫が響いた。

​◆ヒロインは一番最後に出る

「ありがとーね!九十九くん」

腕が折れたブルーベリー(男爵の豪腕を受け止めた名誉の負傷だ)に布を巻くアルファ嬢だが、ブルーベリーは男らしく耐える気はなく、九十九少年の印籠に頼った。

自分の唾液で丸薬を溶かし、左手で傷口に伸ばす。すると見る見るうちに紫色に腫れた右腕が肌色に戻っていく。

「スゴい、まるで魔法だ」

思わず九十九少年は声をあげてしまう。

「火の玉より癒しの方を尊ぶか。でも、そういうのも悪くないぞ」

アルファ嬢は九十九少年の額を人差し指で突つく。

「でも、ひとりで走り出すときは大丈夫かな、と思ったけど、スゴいやるよね」

「ほめてくれたと思っておくよ」

「ほめたのよ」

そこに渋い顔をしたベリーナイスが戻ってくる。

城内を調べていたのだ。

「なし」

「何が」

問う九十九少年。

「戦利品なし」

葬式の帰りのようなベリーナイスの声。

「ええ!」

情けない声を出すブルーベリー。

「骨折り損のくたびれ儲け」

「とほほ」

「でも、決まったわ」

「なにが?」

ブルーベリーがアルファ嬢に問い返す。

「三人目の従者よ。この四人で辺境からカステラの国を経由して、帝都に帰るのよ」

「「「えー!」」」

こうして、三人の従者と、女主人は、辺境から帝都への長い旅を始めたのだった。

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