『呼吸をした:経験値+100』『瞬きをした:スキル獲得』――日常動作すべてが「偉業」判定され、立っているだけで神に至る【短編版】

いぬがみとうま

第1話 努力アレルギーの俺、呼吸しただけで伝説になる

「適性職業……『なし』。測定不能、魔力……『なし』。以上だ、お前は帰って……『よし』」


「『なし』みたいに『よし』って言うなーーッッ」


 神殿の冷ややかな石畳の上で、俺の悲痛な叫びが響いた。

 周囲を取り囲む同級生や、期待に胸を膨らませていた大人たちから、一斉に失笑と侮蔑のため息が漏れる。


「うわ、マジかよアイツ……『なし』って」

「測定不能って、魔力がゼロすぎて水晶が反応しなかったってことだろ?」

「プッ、生きてる価値ねーじゃん。穀潰し確定だな」


 憐れみ、嘲笑、優越感。

 無数の視線が、中央に立つ黒髪の少年――アレンに突き刺さる。

 普通なら、絶望で膝をつく場面だ。あるいは、悔し涙を流して「今に見てろ」と歯を食いしばる場面かもしれない。


 だが、アレンの内面は、周囲の予想とは真逆に歓喜で震えていた。


(よっしゃああああああ!!)


 アレンは、こみ上げるガッツポーズを必死に堪えていた。

 適性なし。最高だ。魔力ゼロ。極上だ。


 つまりそれは、「勇者として戦場に駆り出されることもなければ、宮廷魔導師としてブラック労働させられることもない」ということを意味する。


 アレンには夢があった。

 一日中布団にくるまり、太陽が中天に昇るまで惰眠を貪り、腹が減ったら適当な木の実をかじる。そんな「究極の自堕落ライフ」を送ることだ。

 努力? 勝利? 友情? パンチラ?

 面倒くさい、面倒くさい。カロリーの無駄だ。息をするのも億劫なのに、なんで汗水垂らして働かなきゃならないんだ。


「……あー、はい。すんません、ゴミで。じゃ、帰ります」


 アレンはわざとらしく肩を落とし、演技たっぷりに背中を丸めて神殿の出口へと向かう。

 背後からは「負け犬が」という罵声が飛んでくるが、アレンにとっては勝利のファンファーレにしか聞こえない。


(これで晴れてニート確定! 親には勘当されるだろうけど、森の廃屋でも見つけて寝て暮らそう。あー、最高。人生あがりだ)



 アレンは輝かしいニート生活への第一歩を、力強く踏み出した。


 その、瞬間だった。


『ピロン♪』


 脳髄を直接撫でられるような、軽快で電子的な音が響いた。

 と同時に、アレンの視界のド真ん中に、半透明の青いウィンドウがポップアップした。


「……は?」


 アレンが間の抜けた声を上げる。

 そこには、明朝体の太文字で、デカデカとこう書かれていた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 ㊗ 実績解除:【 はじめての歩行 】

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 

 ▷ 偉業を達成しました!

 ▷ 報酬:【 敏捷性(AGI)ランクS 】 を獲得

 ▷ ボーナス経験値:500,000 EXP


「……んん?」


 幻覚か?

 アレンは目をこすった。

 一歩歩いただけだ。それが偉業? 敏捷性S?

 だが、困惑するアレンを置き去りにして、その「現象」は雪崩のように押し寄せた。


『ピロン♪』

『ピロリロリン♪』

『ジャラララララララッ!!』


 まるでパチンコで大当たりを引いた時のような、脳が溶けるような効果音が連続して鳴り響く。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 ㊗ 実績解除:【 瞬き 】

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 ▷ 眼球を潤しました。素晴らしい生存本能です!

 ▷ 報酬スキル:《 神の眼(ゴッド・アイ) 》 を獲得

 ▷ ボーナス経験値:1,000,000 EXP


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 ㊗ 実績解除:【 呼吸 】

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 ▷ 酸素を取り込みました。歴史的偉業です!

 ▷ 報酬スキル:《 大気支配 》 を獲得

 ▷ ボーナス経験値:10,000,000 EXP


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 ㊗ 実績解除:【 困惑 】

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 ▷ 感情を抱きました。魂の高潔さが認められました!

 ▷ 報酬:全ステータス+10000


「うっわ、ちょ、ま……見えねえ! 邪魔!」


 視界がウィンドウで埋め尽くされる。

 通知は止まらない。心臓が動いただけでファンファーレ。汗をかいただけでレベルアップの音が鳴り響く。

 

 LEVEL UP!! LEVEL UP!! LEVEL UP!!

 LEVEL:1 → 45 → 99 → 350 → 1200……


 数字の桁がおかしい。

 壊れたカウンターのようにレベルが跳ね上がっていく。体の中に、熱い奔流が満ちていくのがわかる。だるかった体が、重力すら感じない。


「うるさい、うるさいって! 通知オフ! 設定どこだよこれーーッッ!」


 アレンは虚空を両手で払った。



「グルルルルッ……!」


 その時、草むらから低い唸り声が聞こえた。

 飛び出してきたのは、体長二メートルはある「レッドウルフ」。

 初心者冒険者ならパーティ全員で挑んで、運が良ければ生き残れるレベルの魔獣だ。


 牙を剥き出しにした狼が、地面を蹴ってアレンに飛びかかる。

 鋭い爪が、アレンの喉元へと迫る――。


 アレンは狼を見もしなかった。

 視界を埋める『レベルアップしました!』のポップアップを消すのに忙しく、目の前の害獣に対し、虫を追い払うように適当に手を振っただけだった。


 ――ため息交じりの、裏拳。


 ドォォォォォォォォォォンッ!!!!


 轟音。


 狼がいた場所から、遥か後方の山肌まで、一直線に木々が消滅し、地形が変わる。


「……は?」


 アレンは自分の手と、更地になった森を見比べる


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 ㊗ 実績解除:【 手を振る 】

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 ▷ 圧倒的な暴力! まさに神の御業!

 ▷ 報酬スキル:《 破壊神の腕力 》 を獲得

 ▷ 獲得称号:『 一撃の神 』




「……なんでだよ」




 働きたくない。

 目立ちたくない。

 ただ寝ていたいだけなのに。




――

短編全4話です。(1日2話投稿)

是非、フォローをお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る