第18話 いざ王都へ
人脈を宝とする立場の人間には、社交というものが必要不可欠だ。
社交はただ楽しくおしゃべりをしたり、食事をするだけではない。
そこで人との繋がりを作ったり、言葉の端々や相手の服装、状態から情報を得たりと、華やかな場や言葉とは裏腹に地道な作業が必要とされる場だ。
マルタも貴族の家に生まれたからには、そういうものをしないという選択肢はなかった。
まぁ、マルタから得られる情報なんてたかが知れているので、そんなに重要視される事もなかったのが幸いしてから、ほどほどに済ませて来たのは運が良かった――のかどうか分からないが、大きな問題は起きていないので良かったのだろう。
ただ、ダグと結婚してからは、そういうわけにはいかない。
何せリブロ辺境伯のダグが、マルタの旦那様なのだ。
さすがにほどほどに、そこそこにでは。
今までと同じようにしていてはまずい事は、マルタもよくよく理解していた。
◇ ◇ ◇
一週間後、マルタはダグと、それからラズの三人で王都へと向かう事になった。
夜会に参加するためだ。
と言ってもラズには夜会の招待状が来ていないため、二人の護衛という形で同行している。
何故ラズが一緒にやって来たかと言うと、彼の
彼の
諸々が解決するまで、ダグはガイコツの姿でいる事になった。だから今、
「元の姿に戻れたら良いなとは思っていたけど、いざ戻れるってなったらそれはそれで困るってのも何だかなぁ」
なんてダグは笑っていた。
そういう事情でラズも同行したというわけである。
さて、リブロ辺境伯領から王都までの道中は魔導列車での移動だった。
馬車ならば数日かかるところを一日で到着出来るのだ。技術の進歩は目覚ましい。
ダグとラズは久しぶりに乗ったのか、魔導列車の個室で、窓の外を楽し気に眺めていた。
マルタはと言うとわりと良く乗っている。学生時代、友人達と聖地巡礼――『にくきゅうエンジェル・クロエちゃん』の舞台となった街を訪ねるために利用したりしていた。
あれは楽しい時間だったと、魔導列車に乗るたびに幸せな気持ちになる。
そう言えばリブロ辺境伯へ嫁いで来た時も、魔導列車に乗って来たんだよなぁなんて思い出したら、
(いや、先にそちらを思い出すべきでは?)
と、さすがのマルタも自分で自分にツッコミを入れた。
そんな調子で道中楽しく――ダグに至っては久しぶりの昼間の外出という事もあり、ウキウキしている様子だった。
もっとも太陽に弱いという設定はそのままなので、日差しが当たらないように、まるで真冬といった服装だったが。
フード付きのコートに仮面、手袋。日差しを絶対に通さないぞという意気込みが感じられる、全身黒色のコーディネートだ。
格好良いは格好良いが、これがまた目立つ。魔導列車に乗り込んだ時は周囲からぎょっとされた。
しかも気候的に、だいぶ暑い。ダグがひいひい言っている横で、マルタが冷たい水を飲ませたり、ウチワであおったりと世話を焼いていると、ラズが小さい声で「介護……」なんて呟く声が聞こえた。いや、これ誰のせいだと思っているんですかね、とマルタは思った。
そうして魔導列車に乗っていると、日もすっかり暮れた二十時過ぎに王都へと到着した。
時間的にこれが王都へ到着する魔導列車の最終便である。
列車から降りて、大きく伸びをすると、綺麗な星空が見えた。
隣に並んだダグも同じように大きく伸びる。
「ひっさびさに乗ったから、身体がボキボキ鳴るよ」
「健康な骨の音で何よりです」
「骨格良いからね」
あっはっは、と笑うダグとマルタ。すると二人のやや後ろに立ったラズが小さく噴き出し、くつくつ笑っていた。
リブロ辺境伯邸にいる間、ラズはずっと暗い顔をしていたが、今は少し明るい表情をしている。内にため込んでいた物を吐き出せたのと、屋敷から離れたのが良かったのだろう。悪人ではない事が分かったので、マルタも良かったと素直に思いながら、ひょいと振り返り二人の方を向く。
「さて、ここからはちょっと徒歩になります」
そしてそう言った。
これからどこへ行くかと言うと、マルタの実家だ。
王都の夜会は明日である。それまでの滞在場所として、マルタは自分の家を提案したのだ。
ホテルに宿泊する事も考えたが、ダグの身体の事情を考えると、安心できる場所の方が良いだろうとマルタは思ったのだ。
そしてマルタが安心できると太鼓判を押せるのは、やはり自分の実家であるエスタンテ家だ。
「でも本当に良いの? 迷惑じゃない?」
「何を仰る。ダグは私の旦那様ですよ、迷惑なんてとんでもない」
「俺はだいぶ複雑な状況だけど良いの?」
「ラズさんは護衛としてついて来て下さっているんですから、問題ないですよ」
心配そうな二人に向かって、マルタは笑ってそう返す。
ダグはともかく、ラズは確かに複雑な状態だけれど、悪さをするようなタイプではないだろう。
だから大丈夫だとマルタが言うと、ダグとラズは顔を見合わせた後「そっかぁ」なんて同じタイミングで頷いた。
そうしていると、
「あ、いたいた。おーい、マルタ~」
なんて名前を呼ぶ声が聞こえる。
振り返ると、そこには赤い髪に青い瞳をした青年が、手をゆるゆると振っているのが見えた。
マルタの兄で、エスタンテ家長男のジャンだ。
母に似てちょっとおっとり気味の兄は、気さくな笑顔を浮かべながら、マルタ達の元へやって来る。
「ジャン兄さん、久しぶり!」
「うん、久しぶり~。マルタが元気そうで、お兄ちゃんは嬉しいぞ」
そう言うとジャンはマルタの頭を、まるで犬にするようにわしゃわしゃと撫でた。
それからダグとラズの方へ顔を向けて
「こんばんは、ダグさん。それから、ラズさんだね。マルタの兄のジャンです、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、お義兄さん。ダグ・リブロです」
「ラズ・リブロです。よろしくお願いします」
にっこり笑うジャンにつられて、ダグとラズも笑って挨拶する。
「うーん、お義兄さんって良い響きだねぇ」
「そう? 私も姉さんも、いつも呼んでいるじゃないですか」
「マルタもいつか、兄弟以外からお義姉さんって呼ばれるようになったら分かるよ」
「あるかなぁ……」
呑気にそう言う兄に、マルタはうーんと腕を組んだ。
マルタはエスタンテ家の末っ子だ。下に弟妹がいないので、そういう状況になる事はたぶんない。
まぁ両親次第でもあるが、年齢的にそろそろ厳しいんじゃないだろうか。
そうマルタが思っていると、
「あ、エトナならあるんじゃないか?」
とダグが言った。マルタは軽く首を傾げる。
「エトナさんですか?」
「うん。マルタと結婚するって話をした時さ、お姉さんが出来たらいいなってエトナが言っていたんだよ」
「えっ何それ初耳、ちょっと詳しく。下手をするとマルタさんが俺のライバルになる」
「このシスコン……」
急に食いつきが良くなったラズに、ダグは半眼になる。
ライバルになるのか……とマルタは思ったが、エトナが自分を「お姉さん」と呼んでくれるのを想像して、ライバルでも良いなと思った。
だってマルタは末っ子だ。自分が姉の立場になるのは、ちょっと憧れがある。
なので。
「ラズさん。私、負けませんよ」
「宣戦布告か……ダグは本当に良い嫁さんを貰ったなぁ……」
「何でちょっと不穏な感じになるの。はいはい、やめやめ」
ダグはハァ、とため息を吐いて、二人の間に入る。
「でもダグ、私もお姉さんになりたいです」
「マルタは立派にレディだよ」
「そのためにファイトもやぶさかではありません」
「そっちのレディじゃないんだよ」
そのやり取りを見ていたジャンは「あっはっは!」と大きな声で笑い出した。
「うん、仲良くやっているようで、お兄ちゃんは安心したよ。……さて、あんまり遅くならないように、そろそろ出発しようか」
そう言って、ジャンはくるりと向きを変える。そして「こっちだよ」と歩き出した。
マルタ達もお互いの顔を見合わせてそれに続く。
「勝負はお預けですね」
「ああ、だけど負けないよ」
「何か思っていたのと違う状態になったなぁ」
そんな話をしながら、マルタ達はエスタンテ家を目指して夜の王都を進みだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます