2-3:「Across the Glass」

あ、やっちゃった──、と崩れた目玉焼きをみて思った。

黄身がとろりと溶け出して、皿にゆるやかに円形をつくる。

一緒に盛り付けたサラダや空白の部分にも侵食して、

パンの柔らかい部分が卵色に染まっていく。

それをジッと見ていた。


星はどちらかと言うと黄身は黄身で食べたい派だ。

白身や他の具材と味が混ざって、

ぐちゃぐちゃになるのはあまり好きではなかった。

見た目も少し汚い。

いつもは硬めに焼いた黄身と白身の間にナイフを差し込んで、フォークを使って上手く切り離して食べるのだが、

他人の焼いたものだと如何も上手くいかないらしい。

何だかツイていないような、情けないような気持ちになって

仕方がない、と上から隠すようにハムを乗せて食べる。

やっぱり別に食べたかったなあ、などと思っていた。


「星さん、白河星さん!ちょっと、あなた聞いてますの?」

高い声で名前を呼ばれて我にかえる。

向かいに座った少女、茜家モモコ(せんげ)はアイスティーにはいったミルクをストローで混ぜながら、形の良い眉を吊り上げていた。


「あ、えぇと…はは…」

曖昧な返事に苛立ちを感じたのか、

眉尻がさらにきゅ、と上がる。

逆に口角は下に下がり、ムッとした顔になる。

何だか自分と一緒にいる時の彼女は、

この表情のことが多い気がする。


「全く、仕方がないからもう一度説明いたしますけれど、しっかりしてくださらないと困ります。私達は暇ではないんですから。遊びでやってるんじゃありませんのよ。」

初対面の時に言い争いになったからか、

相性が悪いのか、

彼女の少々高飛車な物言いも、

正義漢ぶった、

きっぱりと言い切るようなところも正直苦手だった。


水滴がついたグラス越しに、氷がカラコロと鳴るのを

何処か他人事のように聞いていた。

要するに、IDカードが出来上がったのでこれから人事部に取りに行く必要があるとか、改めて維局の案内をしつつ今日から本格的な業務に参加することになるとか、そのためのブリーフィングが午後にあるとか、そういう話だった。


「えっ、今日からその任務?とかやるんですか?私が?」

聞き流してしまったが、今日から?早くないか?と思い直して、焦った声が出る。

だってあんなバカみたいに力の強い、化け物みたいなものを相手にするのに、特に何も習ったりしていない。

そういう何か特殊な訓練とか、テコンドーみたいな体術とか、

必要なんじゃないだろうか。

というか、以前に「あなたにはアレを倒す力がある」とか言われたけど、そんなスーパーパワーじゃなあるまいし、

あの化け物の倒し方を知らない。


「ええ、あなた以外に誰が?あなたの本来やるべきことを果たして貰いますわ。そのために維局に入っていただいたのですから。それに現場に早くなれるには現場を体験するのが早いので。」 

「ええ……」 


淡々と、当たり前のように言われてこっちが可笑しいのか、と自分の感覚を一瞬疑ってしまった。

「本来やるべきこと」もそちら側が勝手に期待したことであって、自分が決めたわけでも、望んでもない。

ただ(権藤さん?とかいう人曰く)準国家機関に該当する(らしい)維局の情報網を使えば、叔父の行方を探せるかもしれないという話だったから、仕方なく乗っただけだ。

そう、仕方なく。

勝手に決めないでほしいし、

そういう。自分がさも正しいです、みたいな顔をして話せるところも苦手だなぁ…と思う。


「何か?」

「…いや、…はあ……まあ、…」

色々な感想が脳裏をよぎって、怪訝そうにしたグレーがかった瞳と目が合ったから、つい反射的に逸らしてしまった。

曖昧な態度ばかりとるから苛立たせてしまったのだろうか。

怒った顔、というかいつもムッとしているからよくわからない。


「それにしても白河さん、あなた、よく食べますのね。」

周りに重ねられた皿を見て、

説明している時と変わらない淡々とした声色で言うから、

嫌味なのか、感想なのかわからず、やっぱりよくわかんないな…と思った。


「へへ…そ、そうですかね…?」とまた、へらり、と笑うと

モモコは興味を失ったのか、無言でまたグラスの中身を、くるりと混ぜた。

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