記憶の中の恋人

さめ

第1話 偽り

都内。早朝の満員電車で少し眉を顰めながらスマートフォンを眺める。

人間として現代を生きるのは本当に億劫だ。どうしてこうも息苦しく毎日を過ごしているのだろうか。

この電車に乗っている人間たちもとても幸せそうには見えない。

昔は良かった…など使い古した言葉だが、本当に昔は良かった。

不便な点も勿論あるが、自然と共に生き、もっと緩やかに時は流れていた。


人間としていきていく為に人間と接する機会が多かったのはいささか面倒ではあったが。

今も会社で下げたくもない頭を下げ、話したくもない同僚に笑顔を作り、不機嫌な上司による理不尽な指示をもくもくとこなして朝から晩まで働く。


この現代を生きるよりは余程自分の性分に合っていたのでは無いだろうか。

この時代を生きる為には、本当の自分を見せることなど出来ることはないだろう。


偽り。

そう、全てが偽りなのだ。

誰かの機嫌を取る、作り笑顔でその場を取り繕う、嫌な事でも我慢をする…

他に数え切れぬほどに自分を偽って、現代を生きる。


偽りに塗れているのが日常なのだ。

SNSでも本当の姿を偽り、仮初の自分を表現する不健康な存在が多数存在する。


ただ…

妖怪が人間として化け、生きる自分と比べてしまえばそんな偽りなど小さな問題なのかもしれない。

もう何百年と人として生き、人を騙し、己を偽って。

何十人もの人生を乗っ取って、生きてきたのだから。


そう自分は人間では無い。

見た目は完全に人間ではあるのだが、人間のいうところ妖怪、化け物、あやかしの類。

命を落とした人間の魂を【食べる】

そうするとその人間の容姿は勿論だが、声、話し方、性格、仕草、過去の記憶…

全てが自分のモノになる。

いわば、その人間の存在や人生を【食べている】のだ。

そして、食べた人間の寿命が尽きるまで仮の姿として生を全うした後に、元の醜い妖怪の姿へと戻る。

そうして自分は何百年と生き続けてきた。

何十人もの人間が過ごすであろう生を喰らい、騙して、生きてきたのだ。


そして、今は『稲葉 昂輝』という28歳の男性として偽りの時を過ごしている。


──「新宿、新宿…」社内にアナウンスが響くと他の乗客に合わせて電車から押し出されるようにして降りる。今日も偽りを重ねた仕事、というものの始まりだ。

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