玲央のカラフル・デイズ
ぺへほぽ
第1話 はじまりの一日
突然の告知
小学6年生の春休み。僕、水沢玲央の人生は、病院の先生の一言で百八十度ひっくり返った。
https://kakuyomu.jp/my/news/822139840582396218
「君の染色体は、XX型。生物学的には、女の子なんだよ」
ワクワクと寂しさの間
女の子として生きる。
というか、それしかない。だって、もともと女の子だったって言うんだから。
頭では分かっているのに、気持ちはふわふわして、なんだかずっと足が地面についていないみたいだった。
小さい頃から、女の子と遊ぶのは好きだった。幼馴染の女の子とは、おままごとで結婚式の真似事をしたり。僕はもちろん男役だったけど、純白のドレスやキラキラしたティアラが、正直うらやましかった。だから、これから女の子として暮らすっていうのは、なんだかワクワクする。
でも、男の子の友達と遊ぶのも、同じくらい楽しかった。キャッチボール、秘密基地の探検、自転車でのレース。ドッジボールだって、最後までコートに残る自信があった。こういう遊びは、もうできなくなるんだろうか。そう考えると、胸の奥がきゅっとなって、すっごく寂しくなった。
「女の子」になるための準備
だけど、そんな感傷に浸っている暇もないくらい、僕の日常は「女の子」になるための準備で、目まぐるしく回り始めた。
https://kakuyomu.jp/users/nqhe-ahc/news/822139840582771729
当たり前だけど、女の子として生きるって、お姫様になるわけじゃない。一生懸命に学んでいかないと、きっとうまくいかない。お母さんから聞かされる「女の子の常識」は、想像以上に大変なことばかりだった。デリケートなことが多いからマナーに気をつけなさいとか、服装によっては痴漢に狙われやすいとか……。
そして、差し迫った一番の問題は、中学校の制服だった。
はじめての「女の子」体験
「玲央、セーラー服、急いで買いに行かなくちゃね」
リビングで、お母さんが真剣な顔で言った。
「お店には事情を話してあるから、今から行きましょう。入学式にはちゃんと間に合うって。よかったわね。で、この際、女の子の普段着も一気に揃えちゃおうか。その方が玲央にとっても、気持ちがすっきりするでしょう?」
その時の僕は、まだパーカーにジーンズっていう、ユニセックスな格好。下着だってボクサーパンツだし、Tシャツ一枚きりだ。お母さんが僕の胸のあたりをちらちら見ながら、何か考えているのが分かった。
「玲央、もう少し胸が目立ってきてるから……お姉ちゃんのキャミソール、着けていく?胸のところがちくちくしたりしないし、快適だと思うよ」
「きゃみそーる……?」
初めて聞く単語に、首を傾げる。それがブラジャーではないと聞いて、僕は少しだけ安心して「うんっ。着けていく」と頷いた。
すぐに、お母さんに呼ばれたお姉ちゃんが、ニヤニヤしながら手に持ってきたものを見て、僕は息をのんだ。細い肩紐に、胸元には小さなリボンと繊細なレース。これがキャミソール……。ザ・女の子って感じの、すごく可愛い下着だった。
https://kakuyomu.jp/my/news/822139840582524471
「こ、こんなの着けるの……?」
なぜか急に全身が熱くなって、僕は思わずお姉ちゃんを部屋から押し出した。お母さんと二人きりになると、ようやく少し落ち着く。お母さんが優しく手伝ってくれて、Tシャツの下にキャミソールを着けてくれた。
鏡の前に立つと、そこにいるのは知らない自分だった。服の上からでも、レースの飾りがうっすらと透けて見える。なんだか自分がすごく……可愛く見えて、自然と口元が緩んだ。
「似合うわね。玲央、表情まで女の子みたいで、すっごく可愛い!」
お母さんの言葉に、僕はカッと顔が熱くなるのを感じて、お母さんの胸に顔をうずめた。
「今日は男の子の時のボクサーパンツのままでいいわよ。だけど、ショーツも買いましょう。サニタリーショーツも、きっとすぐ必要になるから。まとめて、いろいろ、ね」
お母さんは、僕ができるだけ恥ずかしくないように、たくさん配慮してくれていた。それが分かって、すごく安心した。
パーカーとショートパンツ姿のまま、僕はお母さんと二人で買い物に出かけた。格好はまだ男の子みたいだけど、服の下に着けたキャミソールが、僕の気持ちをそっと女の子にしてくれていた。
新しい自分への変身
最初に向かったのは、デパートのワコールだった。女性しかいない下着売り場は、未知の世界だ。店員さんは僕たちの事情をすぐに察してくれて、個室のフィッティングルームに案内してくれた。
「では、サイズをお測りしますね」
優しい声に促されるまま、僕は初めてメジャーを体に当てられた。採寸の結果、勧められたのは「ファーストブラ」と呼ばれる、柔らかい素材のブラジャーだった。
着けてみると、胸のシルエットが驚くほど綺麗に整った。
「まあ、玲央ちゃん、すごくスタイルがいいのね!とってもお似合いですよ」
店員さんとお母さんが口を揃えて褒めてくれて、嬉しくて、恥ずかしくて、胸がいっぱいになった。
次に選んだのは、ショーツだった。フリルやリボンがついた、今まで履いていたボクサーパンツとは全く違う布切れみたいなそれに、僕は人生で一番の恥ずかしさを感じたかもしれない。でも、お母さんが選んでくれた淡い色の可愛いショーツをいくつか買う頃には、それも新しい自分の一部なんだって思えるようになっていた。
次はCAPで、女の子らしい普段着を揃えた。お母さんの勧めで、トップスは綺麗なヴァイオレットのニット、ボトムスは動きやすそうなキュロットスカートを選んだ。お店の試着室でそれに着替えると、鏡の中の僕は、もう完全に「女の子」だった。
その格好のまま、洋品店でセーラー服の採寸も済ませた。
帰り道、僕はスマホのスクリーンショットをお母さんに見せた。中学生女子の「身だしなみ」についてネットで調べたもので、そこにはリップクリームやハンドクリーム、可愛いポーチといった「女子力向上アイテム」がずらりと並んでいた。
それを見たお母さんは、本当に嬉しそうに微笑んで、「全部揃えましょうね」と言って、僕のためにリストのものを一つ一つ買ってくれた。
お母さんの夢
「ちょっとお茶しない?」
荷物で両手がいっぱいになった頃、お母さんが言った。すっかり女の子のファッションになった僕を連れて、喫茶店に入る。
席について、お母さんはしみじみと言った。
「こういうの、夢だったんだ」
「夢って、どういうこと?」
「玲央ってね、お母さんの中では、ずっと昔から女の子のイメージだったの。だから、玲央が女の子として生きてくれることになったのは、お母さんにとってはとても自然で、本当に嬉しいのよ」
カミングアウトに僕はびっくりしたけど、すぐに胸にストンと落ちるものがあった。
「……僕も、ちょっと、そうだったかもしれない」
「でしょう?だから、これから女の子として、たくさん楽しんでいきましょうね」
お母さんの言葉が、魔法みたいに僕の心を軽くしてくれた。
親友の反応と無自覚な小悪魔
家に帰ると、お姉ちゃんが目を丸くして僕を見ていた。
「え、うそ、玲央!?すっごく可愛い!そのトップスも似合うし、シルエット最高じゃん!」
手放しで褒めちぎられて、僕は照れながらも嬉しくてたまらなかった。
「ちょっと、悠斗に見せてくる!」
そう言って玄関に向かうと、お姉ちゃんがニヤリと笑った。
「え、何のつもり?悠斗に見せて、惚れさせる気?」
「そんなんじゃないよ!」
強く否定する僕に、お姉ちゃんは「だって、今の玲央、すっごい可愛いよ?そういう意味にしかならないってー!」とからかってくる。
「ちがうってばー!」
僕はそう叫んで家を飛び出した。後ろから「暗くならないうちに帰るのよ。女の子なんだからね」というお母さんの声が聞こえた。
「すぐ近くだし、すぐ帰ってくるよ!」
悠斗の家のチャイムを鳴らすと、出てきた悠斗は僕の姿を見て、みるみる顔を赤らめた。
「見てみて!今日買ってもらったんだ!どう?どう?」
僕はくるりと一回転して見せる。悠斗は「どうって……」と、さらに顔を赤くして声にならない声を出す。
「かわいい?」
畳み掛けるように聞く僕。絶対に「かわいい」って言わせてやる。そんなモードになっていた。
悠斗はしばらく口をパクパクさせていたけど、最後まで「かわいい」とは言わなかった。その代わり、勇気を振り絞るようにして言った。
「……まぁ。いいんじゃないか」
その一言に、僕は少し頬を膨らませたけど、まあいいかと思い直して矛を収めた。
「じゃあ、また明日ねー!」 僕は悠斗の家を後にして、スキップしながら自分の家に帰った。
リビングに戻ると、お母さんとお姉ちゃんが何か言いたげな顔で待っていた。
「玲央、ここに座ってすこしお話しようね」
なんだろう、と思いながら座ると、お母さんが口を開いた。
「悠斗くんのところで、どうだったの?」
「これ、どう?って聞いたよ。『かわいいでしょ』って聞いたけど、『まぁ、いいんじゃないか』だって。言わせたかったのになー」
僕がそう言うと、お姉ちゃんが呆れたように言った。
「玲央、あんた、めっちゃ小悪魔じゃん……」
「玲央は何も思ってないんだろうけど、今のやりとりは、悠斗くんにとってはすごく大変だったと思うわよ」
お母さんも、優しく諭すように言う。
「え?」
僕には、二人の言っている意味がさっぱりつかめなかった。
よくよく話を聞いて、僕は初めて理解した。僕は、自分が思っている以上に「可愛い」ということ。そして、そんな僕が「かわいい?」なんて無邪気に迫ると、ほとんどの男の子は僕を特別な存在として意識してしまう……つまり、好きになってしまうかもしれない、ということ。そういう風に、たくさんの人に勘違いさせるようなことを、自分からするのは良くないのかもしれない、と。さっき悠斗にしたみたいに「かわいい」って言わせようとするのは、やめたほうがいい、ということだった。
正直、いまいちよく分からなかったけど、とりあえず「気をつける」とだけ言っておいた。
新しい自分との出会い
それにしても。
鏡に映る、ヴァイオレットのニットを着た自分を見つめる。
「カワイイ服」って、いいな。
たくさんの宿題が出されたような気もするけど、今はただ、新しい自分に出会えた喜びで胸がいっぱいの一日だった。
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