ハワイ出身の巨漢大関で三〇〇キロだったから……その三倍はある、か

「Piyo,Piyooooo!」


 いざ、現場へたどり着いてみると。

 なるほど、そこにいたのは黄色くてふわふわの羽毛に包まれた、幼い鳥だった。

 ピヨピヨと鳴き、額や嘴の付け根辺りに、ほんのりと赤っぽいふくらみができ始めていて――

「えぇと、これはカナリアではなくヒヨコでは……?」

「あの特徴的な肉髭は、間違いない! 最も好戦的で凶悪なドラゴン……【レッドドラゴン】のヒナだ!」

 荒れ狂う巨大ヒヨコに人々が恐れ逃げ惑うのは、ともすれば喜劇的な絵面ですらある。

 けれども「デカいだけで十分脅威」という、先刻のブラオ王子の言葉の通り。

 いかなヒヨコであろうとも、子ゾウほどのサイズなのだから油断はできない。

 インドゾウの体重は二トンから五トンだというけれど――それから逆算すれば現状でも一トンほどはありそうか。

「ハワイ出身の巨漢大関で三〇〇キロだったから……その三倍はある、か」

 私が思わずつぶやいた通り、それはもはや相撲の技でどうこうできる次元ではない。

 そもそも、あれがただ巨大なだけのヒヨコではない証明として。

「えぇと、火を吹いていますよね、あれ」

「そりゃ、幼竜といえども【ドラゴン】で……それも火の属性を持つ【レッドドラゴン】だからな。固有魔法で炎ぐらい吐くだろ?」

「……いわゆる【パピーブレス】ですね。……【ドラゴン】は胃腸が弱く、獲物にを程よく火を通さないとお腹を下すとかで、幼竜でも炎を吐けるとのことです。……ちなみに高級魔導コンロは、幼竜の魔法核が素材に使われることが多いといいます」

 幼いゆえか火力はさほどでもないらしく、吐き出される炎もどこか散発的。

 とはいえ、炎であぶられた地面は真っ黒な煤が付いており、周囲にはその熱で破砕されたと思しき岩の破片が転がっている。

 ほんのり硫黄臭いので、その吐息には毒気も混じっているのかもしれない。

 さらに、荒れ狂うヒヨコもとい【パピードラゴン(レッドドラゴン)】のすぐ傍には――

「ちぃっ、件の護衛だったとかいうハンターたちか!」

「……あれは、盾役(タンク)に防御魔法を張って耐えしのいでいるといったところでしょうか。……負傷者が複数いて、逃げきることができないのでしょうね」

 不幸中の幸いは、ハンターらがまだ耐えしのいでいるということ。

 ちなみに今現在のここは、隊商の人々から聞いた襲撃地点よりずっと手前。

 つまり彼らは「ここまで逃げてきたものの、追いつかれて防戦している」といったところなのだろう。

 さすがに、ずっと戦い詰めだとかではないはずだ。

「オレとグレナがつっこんで、引き付ける! その間に、アビゲイルがハンターたちへ治療を!」

「……それが妥当かと」

「えぇと……無茶は、しないでくださいね!」

 あれを倒すにしても、逃げるにしても。

 まずは、負傷者をどうにかしないことには始まらない。

 そのことを即座に悟ってか、ブラオ第二王子の指示は素早く的確だった。

「……【首刈り(ヘッドハンティング)】!」

「……【突進(ラッシュ)】っ!」

 相変わらず物騒な名前のスキルで先鋒を務める茶髪侍女と、それに負けじと戦士系ロール共通の移動系スキルで追走する青髪第二王子。

 もっとも、それらは頑強なウロコ――もとい柔軟な羽毛を持つ【パピードラゴン】にさしたる痛痒も与えない。

 ただ、目論み通り気を引く(ヘイトをとる)ことはできたらしい。

 黄色い羽毛に身を包んだ幼竜は「Piyo-Piyo!」と、荒ぶるヒヨコのポースをとってハンターらからブラオ王子らの方へと向き直る。

「さて、そうすると、こちらは……」

 諸共にヘイトをとられないよう、ブラオ王子らとは異なる道筋をたどって、私は襲われていたハンターらの方へと駆け付ける。

 隊商の護衛をしていたという件のハンターらは五人組で、二十代前後と思しき女性二人に男性三人。

 そのうち男二人がドラゴンの炎に焼かれたり、爪や牙――もとい蹴爪やクチバシで引き裂かれたのだろう裂傷を負って倒れ伏している。

「おおっ、救援か!」

「えぇと、はい。途中で出会った隊商の方々から、話を聞きまして」

「オマエ、修道服……ってことハ【神聖魔法】使えるんだロ! 頼ム、こいつらヲ!」

 私が駆けつけてきたのを見て最初に声を上げたのは、大盾を構えた前衛と思しき橙髪男性だ。

 続けて、倒れている男二人を抱えて私の前に突き出してきたのは、黄色髪でビキニアーマーの大柄な女性。

 ちなみにその倒れていた男二人というのは、それぞれ細身の桃髪と黒髪――なのだと思う。

 曖昧な言い方になってしまうのは、彼ら二人は負傷が激しく、焼けたり煤が付いていたりで人相の判別が少し怪しいからだ。

「はぁ、はぁ……やめなさい、ジャッロ。……あなた、修道服ということは助祭(デコン)というよりも、まだ侍者(アコライト)といったところなのでしょう? 使えたとしても【短治癒(ファストヒール)】がせいぜいよね?」

 けれど、必死な黄色髪ビキニアーマーを諫めるように言うのは、防御魔法を張っていた青髪女性。

 法衣を纏っていることや私の立場を言い当てていることから、同じ聖職者なのだろう。

 ちなみに元々線が細い顔立ちなせいもあるのだろうけれど、長時間の魔法の行使のためか酷く顔色が悪く見えた。

「えぇと、たしかに、私が習得している治癒魔法は【短治癒(ファストヒール)】ぐらいですけれど……」

「彼らには……【長治癒(サードヒール)】ぐらいないと、難しいと思うわ。少なくとも、私の【中治癒(セカンドヒール)】では、もう……」

 くしゃりと顔を歪めながらいうのは、己の無力さを嘆いているからか。

 ばっちりと化粧をして身なりもよい美人であるものの、それが崩れるのを厭わないぐらいに張りつめている。

 もしかすれば、この二人の男のどちらかが、彼女にとって良い関係だったのかもしれない――などと下世話な感想も一瞬抱きはしたものの。

 純粋に聖職者としての無力さを、そして仲間の窮地を救い切ることができないことを嘆いているのかもしれないか。

「私は、まだ【短治癒】しか使えませんけれど。でも、クルール女神への祈りが上手く届けば、もしかすればなんとかなるかもしれません。ですから……あなたも、諦めないでください」

 前世が元力士の定食屋男だった私が言っても、さしたる説得力はないし、正直なところ柄でもなかったものの。

 それでも今の私は聖職者のアビゲイルで、間違いなく【神聖魔法】の力も持っている。

 だから、今この時の自分らしくあろうと、私は青髪女性の手を取ってそう言っていた。

「えぇと、黄色髪の……あなた! そのふたりを、ここに!」

「あ、あァ、仲間を頼ム!」

 私の指示に、黄色髪ビキニアーマーの女性が、慌てて――けれども乱暴にならない手つきで、そっと男たちを横たえる。

 改めて見ても、酷いケガだ。なんとか息はあるものの、それも浅く弱く。あとどれほど保つかは分からない。

 人相も分からないほどにグチャグチャに顔面が引き裂かれているのは、ちょうど蹴爪を振り上げたりクチバシを繰り出したりする高さに人の顔があるからか。

 前世で私が住んでいたのは東北で、一度だけクマ被害に遭った知人を見舞ったことがあるのだけれど――それとよく似ている。

「いや、あるいはこれは……」

 ふと、脳裏をよぎったのは、二十代で早世した真ん中の弟のこと。

 あれの遺体はクマ被害の比ではなく――いや、今はそんなことはどうでもいい。

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