3、魔獣狩(ハンター)として登録した私はひと狩りやってみる
現役時代は、弓取式とかしていましたし
なんやかんやで魔獣狩クランを創設したあくる日。私たちはようやく帝都の魔獣狩協会本部へ向かっていた。
ブラオ第二王子は市井へ赴くのに、案外慣れているのか。丈夫な旅装の上に硬革鎧(ハードレザーアーマー)を着込み、そつなくそれっぽいいでたちとなっている。
侍女のグレナは「……これが慣れていますので」と普段通りのお仕着せ(メイド服)だけれど、背中にはゴツい斧を背負っている。
一方、私は普段の修道女(シスター)服で、背中には大弓を負っていて。
「そういえば、アビゲイル。どうして、武器は弓なんだ?」
「えぇと、大弓が一番手になじむといますか。……現役時代は、弓取式とかしていましたし」
「ゆみとり……?」
「いえ、なんでもありませんよ?」
知らない人がいるかもしれないので、念のために言及しておくと。
弓取式とは、大相撲本場所で結びの一番のあとに演じる、大弓を使って勝利の舞いのことである。
起源をたどれば、とある横綱が徳川将軍上覧相撲で舞ったものが始まりとされ、大関が舞っていた頃もあるとはいうけれど。
今現在は、基本的に幕下以下の力士が行なうことになっている。
それこそ「弓取式を行った力士は関取になれない」などというジンクスもかつてはあったわけで――まあ、そういうことである。
「っつーか、弓持ってるのに矢はあんま撃たねぇよな?」
「えぇと、矢も、それなりには使えますよ?」
一応、前世では地元神社の氏子代表として、奉納のための矢を射っていたりもする。
ちなみにこれは「力士という地元の有名人だから」という理由だけでなく、私の祖父の代からの伝統で――ひとことでいえば仕切り屋で目立ちたがりだったのだ、祖父は。
ともあれ、そんなわけで弓矢の扱いにはそれなりに自信はあった。
なのでドラッヘ侯爵屋敷での修練でも、試しに矢を射ってみたことがあったのだけれど。
「……アビゲイルさまの矢は、規格外の威力でしたので。……お屋敷内での使用を、控えてもらっているのです」
「と、いうことですね」
「あー、そういや、オレがまだ念のためとか言われて寝かされてた時『練兵所の壁が破壊された!』とか『屋敷の外に流れ矢が!』とか騒いでいたみたいだが。……あれ、アビゲイルのだったのか?」
ブラオ殿下が呆れた顔でいうのに、私もなんと返せばよいか困るところだけれど。
「えぇと……ちゃんと、狙ったところへは当たったのですよ?」
当てるのには自信があったし、事実、私の射た矢は狙い通り的のど真ん中へと命中した。
ただ、私が用いた大弓というのが「今まで誰も引けたことがない剛弓」と称されているものだったわけで。
そんな剛弓を目一杯に引いて放たれた矢は、的を一撃で粉砕したのに留まらず、その後ろにある練兵場の壁や屋敷の石塀をも貫いてしまったのだ。
ちなみに矢の方の強度はさほどでもなく――そこまで貫いたところで、威力に耐え切れず自壊。
幸い、通行人などに当たることもなく、被害は最小限だったのだけれど。
「念のために、今はこの剛弓【アダマスの弓】は、あくまでも『殴る用』でしか使わないようにしています」
和弓によく似たその大弓は、日本の大弓がそうであるように、相当に頑丈なので打撃武器としても使える代物だ。
ドラッヘ侯爵家の奥方ヴィオレがいうには「希少な魔法の武具です」ということなのだけれど。
曰く「数百年使い手もなく死蔵していたものですので」ということで、私専用の武器として貸し出してくれているのだ。
「っつーか……たしか魔法の武具というよりも神器なんだけどな、それ」
「神器……?」
「大昔、ご先祖様が女神クルールから下賜されたとかいう話で……ただ、弓だってのに硬すぎて引けないから『儀礼用の飾りみたいなものだろう』って誰もが思ってたんだけどな」
などと、今さらになって大事そうなことをさらりと言われたものの。
神器ということは、たとえば日本神道などであれば、これ自体が御神体――要は神様そのものとして扱われてもおかしくもない代物だということだ。
それこそ前世で我が家が氏子をしていた神社の御神体は、たしかひと振りのご神刀だったはずなのだし。
そこまではいかずとも、いわゆる聖遺物の類として厳重に管理されていてしかるべきものではなかろうか。
「えぇと、私、一応は聖職者……女神クルールを奉じている教会の侍者(アコライト)なのですけれども? それを知ってしまうと、あまり粗末に扱うわけにもいかない気が……」
「別に、いいんじゃねぇか、そーゆーのは? ……武器なんて、使ってこそのもんだし」
「……クルール女神が人類に下賜されたと言われている武具の類は、そう珍しいものでもありません。……それなりの家格を持つ貴族や富豪であれば、ひとつふたつは持っているかと」
ただ、ブラオ王子もグレナも平然としたものだ。
貴族だとか豪商だとかに縁がないので、そのあたりのことは修道女アビゲイルとしての知識にはないのだけれど。
――かの女神は今も時々、仮初の姿形を使い、市井に紛れて暮らしていると言われています。
――その御心に叶った人々が「秘密ですよ?」と、神器を授けられたという逸話も各地にあるでしょうか。
――そうして神はいつどこで見ているか分からないので、人は常に襟を正して暮らすべきなのです。
という教えがあることは、ぼんやりとではあるけれど知ってはいた。
ただ、教会が神器認定したものはごく限られた例だったはずで――
「まっ、その【アダマスの弓】が本物の神器なのかは、よく分かってねぇんだけどな」
「……貴族や豪商が所有している神器の大半が、そうしたものです。……それこそ女神との約定で『秘密』にしている例もありますが、大半が騙りなのではないかと」
「それは……まあ、そうですね」
それこそ前世で「平家の残党ゆかりの品だ」「海賊のお宝だ」とか「妖狐を斬った剣だ」「人魚のミイラだ」と伝わるものは偽物が多い。
というか九割九分が贋作や創作だろう――それこそ妖狐だの人魚だのというのは、少なくとも実在が証明されていないのだ。
平家やら海賊やらは実在していたのだろうけれど、そのお宝となると騙りは多い。
もちろん、この世界には魔法の力が実在したり神の実在が証明されていたりするので、前世のそれと単純に比べられるものではないけれど。
「権威付けのために、神器を捏造するような貴族は多いからな。ただ、御大層な神器を抱えて聖王国を名乗っていた国が『それは神器ではありません』と女神当人に指摘されて、権威が失墜した例も歴史上はあるんだから……その辺は、あまり声を大にしないで『秘伝の神器』って曖昧にしといたほうが賢いってなもんだろ?」
「ああ、それで……教会が認定している以上に、やたらと自称神器があふれているというわけですか」
なかなかに強かというか、現金なものである。
もちろん、だからといって私の持つ【アダマスの弓】の真贋が決まるものでもない。
ただ、仮にこれが本物の神器で、武器として振り回すのが罰当たりな代物だったのだとしても――
「別に、私は……そこまで信心深いわけでもないか」
元力士の五十歳男だった時も、そうだったし。修道女アビゲイルとしても、それは変わらない。
ある種の神が実在するらしいだとか、おそらくはその神とやらのおかげで転生できたのだろうとか。
あるいは神の恩寵とされる神聖魔法が使えるだとか、そういう要素はあれども。
それが信心深さにつながっているのかといわれれば、おそらく違う。
そもそもアビゲイルが修道女であるのも、先の通り「魔獣禍によって幼くして両親を失った」ことにより「教会が慈善事業として少女孤児を修道女として引き取ってくれた」からだ。
今でこそ【祝福者】のロールを得たことで、助祭見習いの侍者として聖職者の教育を受けているけれども。
別に、神学を探求すれば信心深くあれるというものでもないだろう。
むしろキムラー司祭の元でこの世界の神について学ぶほどに「クルール女神というのは、やっていることはすごいのに、やたら人間臭い」と思ってしまうほどだ。
「それに……そうですね、もしもこの弓が本物の神器だったのだとしても、女神クルールなら笑って許しそうな気はしますね」
と、むしろ信心深さとは別の意味で、納得もしてしまうのだった。
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