ぶっちゃけると、私のいた相撲部屋の中には「そっち系」の力士も何人かいた

「……アビゲイルさま、ブラオ殿下」


 と、勝負が決まったとみるや私たちに声をかけるのは、茶髪の女性使用人。

 名前は、たしか――

「ぬぅ、グレナ……か」

 そう、グレナだ。地面に転がる青髪男――もといブラオ・ドラッヘ・モルゲン王子がいうのを聞いて、私はようやく思い出す。

 私が初めてこの屋敷に来た時は、彼女は侯爵家の奥方さまとやらの侍女なのかと思っていたのだけれども。

 どうやら彼女の本来の職分は、この青髪王子専属の侍女といったところらしい。

 ちなみに元ウマ頭の化け物――もといブラオ王子は、どことなく昭和時代のヤンキーのような印象の二十歳男なのだけれども。

 茶髪侍女のグレナはそれより少し年上の、ジト目が似合う、一見して落ち着いた雰囲気の女性である。

「……殿下のボロ負けのようですね」

「うるせぇ。……今日は、ちょっと調子が悪かっただけだ」

「……なるほど、ここ最近の殿下は毎日調子が悪い、と」

 そんなふたりの傍目から見たときの印象は「悪ぶった弟と、それが唯一恐れる厳格な姉」といったところだろうか。

 茶髪侍女の無感情なジト目に、さしものヤンチャ王子も「ぬぅ……」と二の句が継げず。

「……殿下が弱すぎて、アビゲイルさまも退屈が過ぎたのか。……少し、遊ばれていたようですし?」

「えぇと、そんなことは……ないですよ?」

 私は一応、否定はするものの。

 そのあたりを見抜けるあたり、このグレナも武門の雄であるドラッヘ侯爵臣下といったところか。

 彼女はいわゆるメイド服を着込んではいるものの、よく見ると腰のあたりには無骨な小型斧やら乗馬鞭やらを吊るしている。

 武器を振るっている姿は見たことがないけれど――そういえば酒樽みっつほど軽々担いでいる姿は見たことがあったか。

 おそらく何かしら有力な戦闘系のロールを保持、ないしは戦闘に転用できるようなアビリティを保有していることだろう。

「……ブラオ殿下が弱々の雑魚雑魚のヘタレであると、アビゲイルさまも思っておいでですよね?」

「ブラオ殿下は……十分に強いと、思いますよ?」

 私もこの屋敷で武術を習い始めた当初は、通常の指導役が付いていたのだけれども。

 少し基礎を習うだけですぐに全員をのしてしまい、ほどなく全然相手にならなくなったので――仕方なく『最強』と称されるブラオ王子と鍛錬することになったのである。

 だから、この青髪王子が少なくともこのドラッヘ侯爵家屋敷で最強なのだろうことは理解している。

 ついでに言えば、手合わせした実感からも「臣下の騎士たちより一回り二回りは実力が上なのだろう」ということも分かっている。

 分かってはいる――のだけれども。

「……そうですか? ……少なくともベッドの上では、殿下は弱々の雑魚雑魚のヘタレなのですが」

「はぁ、そうですか」

「お、オイっ、グレナ! ご、誤解を受けるようなことを言うな!」

 茶髪侍女は直球の下ネタ――ないしは惚気話を繰り出し、それに王子はらしくもなく赤面しているものの。

 私としては、その手の話は無関心なので、スルーである。

 前世で現役力士だった時代にも一部の兄弟子がそういう話題を振ってきては、反応に困ったものだけれども。

 十三歳の娘に転生してしまった今の私としては、なおのこと、どう答えるべきか悩む。

「お、オレとグレナがそういう関係だと……。あ、アビゲイルに誤解されたら、だな……」

 それこそ、普段のヤンキー的な雰囲気らしからぬ初心な王子殿下の態度は、あからさますぎるほど分かりやすい。

 彼から見た場合の私は――まず、不治と思われた呪いを解いた聖職者の少女である。

 さらには「侯爵家最強」どころかモルゲン帝国内でも武勇で鳴らしているはずの彼を、いとも簡単に転がしてしまえるほどの強さも持っている。

 聞く話によると、彼は今まで誰かに力比べで負けたことがなかったらしいので――そこに何某かの運命的なものを感じてしまったとしても、おかしくはない。

 客観的に考えれば、さながら物語の中の王子様とヒロインとの出会いのごとき、劇的なものだといえるだろう。

 ただ、問題があるとすれば――

「私の精神が、あくまでも元力士の五十歳男だ……ということか」

 ぶっちゃけると、私のいた相撲部屋の中には「そっち系」の力士も何人かいた。

 稽古の時にやけに密着してくる兄弟子がいるなと思ったら、当時関取だった別の兄弟子から「あいつはそっち系だから気をつけろ」と釘を刺されたことがあるのだ。

 同門の部屋に出稽古に行った時にも、そういうのが少なからず混じっているらしいという噂を小耳にはさんだことがあったか。

 というか「それを目的に部屋に入門する」のもいるとかいないとかいう、空恐ろしい話もあったりなかったりだ。

 ただ、私はあいにくと「そっち系」ではないし、その証拠というわけでもないけれど前世では妻も子供もいた。

「……ちなみにですが、もしかしてアビゲイルさまは『そっち系』だったりしますでしょうか? ……『女性でありながら女性にしか興味がない』だとか『男性が怖いので修道女になった』だとか?」

「うぅん、そういうわけでも……ないのですけれどもね?」

 苦虫をかみつぶしたような表情をしていた私に気付いてか、茶髪侍女のグレナが、そっと耳打ちしてくるけれども。

 そういえば精神的には「元力士の五十歳男」だというわりに、彼女を含めた女性に対して性欲の類を感じたこともない。

 あるいは性欲というのが男の体――男性器などに起因するというだけの話なのかもしれないけれど。

 いや、前世での妻とのそれだって、別に性欲だとかそういうのがあったわけでもないのだし――

「単純に、そういう欲がないだけ……でしょうか?」

 私は関取になれなかったので、とても「プロ競技者だった」とは言いづらかったものの。

 それでも幕下二枚目までいけたのだから、せめて「セミプロだった」とはいえただろう――世の中には幕下どころか三段目にすらなれずに引退する力士も多いのだ。

 そして競技のプロないしはセミプロというのは、少なからずそういう禁欲的(ストイック)な面があるものだろうと私は思う。

 恋愛など他の欲求にかかずらっている余裕がないからだとか、プロの高みで競技すること自体がそれ以上の充足感があるからだとか。

 あるいはハラスメント指導者がよく使っては顰蹙を買う「生理が止まってからが一人前」のように、過酷すぎる指導で心身が機能不全になるという場合もあるか。

 考えられる理由は色々とあるものの――さて、私の場合はどれなのだろうか。

「……ちなみにわたくしは、女性でも男性でも、どっちでもイけます。……むしろ最近は、ウマでもイけるかもしれません」

「グレナさん……その話題、まだ続くのですか?」

 初対面の時は、無駄口を開かない、よくできた使用人なのだなと感心していたものの。

 どうも、ちょっとアレな人だったらしいことが最近は分かってきた。

 むしろこういう人だからこそ、初対面の相手に気を付けているのだろうか。

 もっとも、それをいえば――

「殿下に至っては……パンツ一丁で、よだれを垂らし、目を血走らせたウマ頭でしたから。第一印象は、これ以上にないほど最悪でしたね」

「……ああ、なるほど。……アビゲイルさまがブラオ殿下になびかないのは、そういう理由もありますか」

「ぐはぁっ! ……うぅ、それを言われるとオレとしても、キツい」

 私としては、そういう意味で口にした言葉ではない――というか、あくまでもひとりごとのつもりだったものの。

 それを偶々聞き取ったらしいグレナが、青髪王子を責める材料にしていた。

 もちろん、あれは彼がかけられていた呪いとやらのせいであって、彼自身の落ち度ではないのだろうけれど。

「そういえば、あの呪いというのは……」

「……殿下を貶めようとした何者かが、悪意を持ってかけたものだと思われます。……もっとも、いつ、誰が、どこでそれをかけたのかということは、いまだに分かっておりませんが」

「うむ、オレのようなイケメンは、どこで誰に恨みを買っているかは分からんからな! ……ふっ、モテる男は辛いぜ」

「……ええ、おモテになる殿下は、方々で下半身方面の恨みも買っておりますゆえ。……恨みを持つものがあまりに多すぎて、特定が難しすぎるのです」

「ああ、そこは『皇帝位継承権でのもめごとで』とかではないのですね……」

 私は美男だ美女だのといったことにまるで興味がないので、あまり意識はしていなかったものの。

 ウマ頭でなくなった青髪王子は――たしかに、整った容姿をした若者なのだろう。

 そうでなくとも侯爵家の嫡男であるから資産があり、皇帝位継承権を持ち、さらには武勇に優れて実績もある。

 性格や人格は――私の見る限りでは「少しバカっぽい」気がするものの、それを愛嬌だと好むものもいるか。

 何よりも、少しばかり粗雑で悪い男の方が女性にモテやすい――力士時代も「悪い兄弟子」ほど浮ついた話が多くあったものである。

「ふふん! オレみたいに野性的(ワイルド)な男には、危険な魅力があるからなっ!」

「野性的(半裸のウマ頭)で、危険な魅力(首筋に噛み付いて血肉を啜ろうとする)ですか……」

 おそらく、違う意味で言っているのだろうとは分かるのだけれど。

 どうしても私としては、先の『白馬頭の王子様』だったときの彼の行状しか思い浮かばない。

 あれには、前世での死の場面以上に死を意識したものだ。

「……口だけですよ、口だけ。……殿下は、ベッドの上では案外、初心ですから」

「はあ、なるほど」

 こそこそと、私にだけ聞こえるように耳打ちする茶髪侍女は、相変わらずの下ネタで。

 いい加減、私がそういうのに興味がないということを分かってくれないものなのか――いや、あるいは興味ない反応だから面白がって繰り返しているのかもしれない。

 生真面目そうな無表情をして、本当、いい性格をした女である。

 そして青髪のブラオ殿下というのも、こうして付き合ってみると第二王子という割には浮世離れしたところもない――前世でもしばしば目にしたことがあるような「よくいる青年」でしかないのだった。

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