これがもしも私の現役時代の相撲部屋だったら
――魔法は、神々が世界を創造するのに用いた力の断片だといわれています。
――そんな魔法は大別して【神聖魔法】【古代語魔法】【精霊魔法】の三種があります。
――主に宗教者が用いる【神聖魔法】は神へ嘆願して力を借りる魔法で、信仰心と捧げた供物(主に魔力)に応じた奇跡をもたらすのです。
というのは、修道女アビゲイルとしての私も既に知っていたことではあるけれど。
ファンタジーゲームなどによくありそうな設定と仕組みだなというのが、私の正直な感想だった。
ちなみに【古代語魔法】は純粋に己の魔力にのみ依存する魔法で、反対に【精霊魔法】は信仰や魔力よりも供物(精霊によって異なる)の影響が強いのだとか。
今現在目を通している入門書だと、そのあたりについてもう少し突っ込んだことが書かれている。
「えぇと【神聖魔法】はケガや治療などの目的に使われることが多いのだけれど、その理由が……そうした仕組みの違いなわけか」
ひとくちに魔法といえど仕組みが違うので、それぞれに長短あるらしい。
たとえば【古代語魔法】にも治癒魔法はあるらしいものの「どうしてケガが治るのか」という仕組みを事細かく理解しないといけないらしく、理解が曖昧なままで治療を試みると必然的に失敗――下手をすれば悪化させてしまったり、最悪は死亡事故につながるらしい。
これが【精霊魔法】ならば「この精霊ならケガを治してくれるはず」という精霊をうまいこと見つけ出して、お願いするらしいものの――間違って「イタズラ好きな精霊」やら「思い込みが激しい精霊」「対価がべらぼうに高い精霊」やらに頼んでしまうと、それはもう悲惨なことになるので「精霊を見る目」の良し悪しが重要になるのだとか。
それらに対して【神聖魔法】はというと「ケガを治したい」という祈りさえ上げれば、あとは神様が上手いことやってくれるとのことで、万が一祈りや魔力やらが足りなかったとしても「しかし、なにもおこらなかった!」で済むらしい。
失敗した場合に相応のリスクがあるのとそうでないのであれば、当然、後者をとるのは当たり前のこと――ケガや病を治そうというのにかえって悪化させては本末転倒もよいところなのだから、神聖魔法はケガや病の治療に最適とされているとのことだ。
何なら【神聖魔法】であれば「成功するまで何度も試す」という手段だってとれるわけで、未熟な術者であっても「とりあえずは」で施術ができるらしい。それこそ義兄(前世の妻の兄)が若い頃、大学病院で下手な医者に当たって医療事故の被害に遭ったというのだけれど――神聖魔法による治療ではそういうことは絶対に起こらない。
「これだけ見ると、【神聖魔法】が他の魔法よりも圧倒的に有利なように見えるのだけど……」
「ふむ、たしかに創世の女神の力さえも借り受けることができる【神聖魔法】は、理屈の上では世界創造さえも実現し得る強大な魔法じゃ。ゆえにか、嘆かわしいことに司祭の中にもそれをして『他の魔法は神聖魔法に劣っている』とうそぶくものもいるようじゃが……世の仕組みは、そう単純ではないのじゃよ」
と、疑問に思った私が口にすると、老司祭はすかさず答えてくれる。
「たとえば、偉大なる女神クルールさまとて、その身はひとつ。ゆえに……もしもこの世に百人の神聖魔法の使い手がいたとすれば、一人当たりに割ける力は本来の百分の一。今現在のクルール大陸に助祭以上の聖職者は一万人ほどといわれておるから……単純に計算して、普段は平均して一万分の一の力といったところじゃな。無論、常に聖職者全員が神聖魔法の祈りをささげておるわけでもないのじゃし、女神が力を等分にしているわけでもないのじゃから、いつもいつでも一万分の一の力というわけではないのじゃが……まあ、それよりも他の問題があってのう。それこそ神聖魔法には『偶々女神さまの手が空いておらず【失敗(ファンブル)】』することもあるのじゃし、『女神さまがその行使を拒否される【禁忌(タブー)】』もあるのじゃ。禁忌も何もない『魔法使い』や、頼む相手を間違えない限り失敗もない『精霊使い』などから見れば、神聖魔法とはさぞ使いにくい魔法じゃろうて。それこそ、彼らの中で口さがない者たちは『他力本願の魔法』などというらしいからの」
などと説くキムラー司祭の言葉は、さすがに情報が多すぎて私も混乱しそうなものだったけれども。
とかく、重要なのは――
「つまりは、そんな『何でもかんでも上手くいく』万能の方法というものはない……ということじゃな」
「う、うぅーん。……な、なるほど」
そうしてまとめてもらえれば、辛うじて私でも理解はできる。
とはいえ、司祭も少し性急(ハイペース)に話してしまっている感じがあるか。
それもこれも、私の学習効率が【言語理解】の効果で高まっているせいだろう。
「なるほど、便利すぎるのも良いことばかりではない……か」
一応、私も【言語理解】のおかげで、言葉の上では理解できているのだけれど。
情報の本流を処理できるかどうかは、また別問題。
そういえば、昨今――というか前世で私が死ぬ頃の時代では「デジタル教科書の是非」が問いただされていたけれど。
あれも多分、似たような問題なのかなという気がする。
デジタル教科書は紙の教科書よりも多くの情報を詰め込むことができるので、結果的に子供たちは多くの知識へ触れられるのだろう。
けれど「情報を読み理解することができる」のと「それを自身の知識へと還元し活用できる」は別問題。
むしろ与えられる情報が多すぎると、かえって取り込める情報が減ってしまいかねない。
私も新弟子となった頃には「体重を増やせ」といわれ、やたらとちゃんこを食わされ続けたものだけれど――最初の時には無理をし過ぎて嘔吐して、かえって体重を落としてしまったものだ。
過ぎたるはなお及ばざるとは、よくいったものである。
「ふむ、少々、話し過ぎましたかな。ともあれ、少しずつ覚えていくことじゃよ、アビゲイル」
「はい、キムラー神父」
もっとも、この老司祭も相応に歳を食っているだけあって、自らの性急さにすぐ気づけたらしい。
己の過ちをすぐに認め、正せるのは、なかなかできることではないのだけれど。
そんなあたり、私が所属していた相撲部屋の兄弟子や親方よりもずっと優れた指導者だといえる。
昨今は改善しているとはいうものの、これがもしも私の現役時代の相撲部屋だったら――いや、過ぎたことに悪態をついても仕方がないか。
「まずは焦らず、己がペースで学びを進めるとよいじゃろう」
ということで、私は再び書見台に載せた入門書へ目を通すことを再開する。
もっとも、司祭はそう言ってくれたものの。
やはり【言語理解】の助けやらもあってか私の学びのペースは早い。
――【神聖魔法】の行使には、神聖語による祈祷が必要となります。
――神聖語は神々の用いる言葉であり、一般的には神聖文字という形で記述されるそうです。
――新たな【神聖魔法】を習得する場合、一般的には祈祷が記された【聖典】を読み解いて信仰を深める必要があります。
というのは、これもまた修道女アビゲイルとして既に持っていた知識のとおりだけれど。
実は今読んでいる入門書も、ごく簡易な【聖典】としての機能を持っているらしく、いくつか祈りの言葉が書かれていた。
「えぇと、初歩の治癒魔法の祈りは……」
だから、私は半ば音読するような心地で、ぶつくさとそこに書かれた言葉を読み上げる。
「……【短治癒(ファストヒール)】」
私のつぶやきと共に、手のひらにポゥと灯ったのは薄緑色のかすかな光。
前世での子供時代、実家の近くの小川にはまだホタルが多くいて、幼い私はそれをつかまえたものだけれど。
どことなく、それに似た光である。
蛍光管やLEDのような鋭い明かりとは違うし、赤々とした火の色とも違う。
「何でもかんでも上手くいくわけではない……とはいっても、やっぱりこれはズル(チート)が過ぎる気がする」
私は【言語理解】を持っているから、まるで日本語で書かれているかのように読み解くことができたのだけれど。
おそらく、一般的にはそう簡単にいかないのだろう。
だから今のこれも、老司祭の目を盗み、気付かれないように試してみたことだったのだけれど。
「こういうのは、私の主義ではない……かな」
潔癖すぎるだとか、現役時代にも散々いわれたものだ。
とはいえ、自分を曲げてまで得たいものかというと――それも少し違う気がする。
それでも前世の若い頃と少し違う部分があるとすれば、「頼りすぎない程度に折り合いをつけていければよいか」と思えるようになったことだ。
そう結論すると、私はその「折り合いのつけ方」を考えながら、教本を読み進めていくのだった。
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