第6話 初依頼、ゴブリン退治

 街に着いて二日目。森を抜けてからの疲労は、体だけでなく心にも重くのしかかっていた。肩や腕の痛みはまだ残り、クロは歩くたびに短く息を漏らす。昨日のギルドでの登録後、簡易治療所で包帯を巻き、応急処置を受けた。だが、傷はまだ痛み、動くたびに鋭い鈍痛が走る。


 俺は宿の小さな布団に腰を下ろしている。窓の外には街の灯りが揺れ、生者の息吹が伝わる。森の静寂や恐怖とは違い、少しだけ心が軽くなる。


 ミナは足元の棒を握りしめ、静かに呟く。

「……私、ちゃんと戦えるかな……」


 俺は振り返り、少し笑みを浮かべる。

「大丈夫だ。俺たちがついてる」


 クロは肩を押さえながらも、窓の外をじっと見つめている。言葉は少ないが、その目には覚悟が宿っていた。レオンは黙ったまま、宿の部屋の隅で装備を整えている。


 その日、俺たちはギルドへ向かった。登録後、初めての依頼を受けるためだ。ギルドは朝から活気に満ちている。行商人が荷物を運び、冒険者たちが依頼の確認に訪れる。


 カウンターに立つ大柄な男性に挨拶すると、男性は簡易書きの依頼書を渡した。


「新人PTか。初仕事だな。街の外れで討伐依頼だ」

 俺たちは書類を覗き込む。文字は簡単に、略された箇条書きで書かれている。

 「街の外れに現れる小型の敵――“ゴブリン”――を討伐せよ」


 俺はその簡易書きを見て一瞬固まる。

 ――今まで森で戦ったあれは、ゴブリン……というのか。

 目の前にあるゴブリンの人相書きに、今までの戦いの記憶が一気に甦る。森で、仲間の死を見て、血と恐怖に震えたあれを、また。


 ミナは小さく息を漏らす。

「……私、あれと同じのを……また倒すの……?」


 レオンはうなずく。

「でも、今回は街で情報もあるし、装備もある」


 ギルドの貸出装備は、初心者向けの刃物系のみ。剣や短剣、ナイフに斧。切れ味はあまり良くなく、壊した場合は弁償しなければならない。皆は、慎重に手に取り、刃を確かめる。


「……まあ、最低限は揃ったな」

 レオンが借りた剣を腰に差し、棒を握り直して、俺に一瞥をくれる。

「俺は……こいつで十分だ。見た目より重い」


 クロはそう言って、斧の刃を軽く拭きながら準備を整える。戦闘時以外、彼はあまり口を開かない。だが、視線だけで仲間の意図を察し、状況を読んでいることが分かる。


 ミナは何も言わずに1本のナイフと棒をぎゅっと握りしめる。


 街の外れに向かう道中、ミナが小さく声を出す。

「……私、怖い……」

「怖くてもいい。俺たちがいる」

 俺がそう答えると、少しだけ肩の力が抜けたのか、ミナは棒を強く握りしめた。


 クロもレオンも、俺たちの間を歩きながら、互いの視線で意思疎通をしている。森での戦闘経験があるから、ある程度無言でも連携が取れる。だが油断はできない。敵はどこにでも潜んでいる。


 討伐の場所に着くと、茂みや小川の周囲に、敵の気配が漂っていた。森での恐怖を思い出さずにはいられない。


 俺たちは慎重に分散し、刃を構える。クロは肩を庇いながらも斧を握り、ミナは棒をしっかり握る。レオンも棒を握り、緊張の面持ちだ。


 最初の敵が茂みから飛び出してきた。小型で、泥色の皮膚、鋭い牙と爪。森で戦ったあの敵と同じ形だ。


 戦闘が始まる。

 俺は剣を振り、クロは斧で懐に飛び込む。ミナは棒で攻撃を支え、レオンも棒を振り敵の動きを制する。


 敵の動きは森での経験で把握できる。だが、刃の切れ味は悪く、攻撃を外すことも多い。仲間の死という重圧が、戦闘の手に少しの緊張を加える。


 敵が倒れると、ミナは小さく息をつく。

「……私、倒せた……」

「よくやった」

 クロは斧を下ろし、ミナの肩を軽く叩く。


 レオンは短く頷き、視線を前方に戻す。言葉はないが、戦いの間に仲間を守った満足感が滲む。


 俺は剣を休めながら笑った。

「……意外と、俺たちでもやれるもんだな」


 その後も数体のゴブリンを討伐し、街に戻る頃には夕方になっていた。ギルドに報告すると、男性は短くうなずき、報酬を渡す。

「まずはこれで様子を見ろ。慣れれば少しずつ危険度の高い依頼になる」


 宿に戻った俺たちは、肩や腕の痛みを押さえつつ、食事を取った。クロは肩を押さえ、ミナは棒を握りしめ、レオンも棒を傍らに置く。互いに言葉は少なくても、存在が支えになっていることを感じる。


 そして、良いこともあった。今日は誰も怪我をしなかった。


 夜、鈍色の空に月が薄く浮かぶ。街の灯りが温かく揺れ、森の恐怖とは違う安心感があった。だが、敵は世界のどこかに潜んでいる。油断はできない。


 俺たちはそれでも、互いを信じ、刃を握り、明日の依頼に備える。

 街での生活が始まり、初めて敵の名前を知った日。恐怖と希望が入り混じる一日が、静かに幕を閉じた。

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