第2話 ティルカという少女

 ある日、ゼルクの元を訪れたブラウスとロングスカートを着用した冒険者には見えない少女、ティルカ・ファルマ。


 あどけない、ともすれば十代前半に見える少女の「弟子にしてください」という言葉に、ゼルクは仕事の手を止めて、ポカンとしてティルカと名乗った少女の隣に立つ冒険者ギルドの長を見上げた。


「この子は街の孤児院の出でな。話だけでも聞いてやってくれ。弟子にするかどうかはお前に任せる」


「いや、まあそりゃ。わざわざこうして俺を訪ねてくれたんだから、話は聞きますけど」


「応接室を開けてある、ここよりは落ち着いて話も出来るだろう。では、私は私で仕事があるんでな。後は若い者同士で」


「俺もそろそろ三十なんですけど」


「三十は若いだろ」


「ですかねえ? ……まあいいや、とりあえずファルマさん、場所を移そうか」


「はい」


 ギルドマスターと軽口を叩き合い、ゼルクは椅子から立ちあがる。

 そしてギルドマスターを先頭に資料室を出ると、ゼルクはギルドマスターと別れ、ティルカを伴って廊下を歩き始めた。

 

「応接室、応接室……あった、ここだ。いやあごめんごめん、普段使わないから場所覚えてなくてね」


 応接室の扉を開き、ゼルクはティルカに先に入るように促す。

 それに従って、ティルカは応接室に入ると扉の側でゼルクの入室を待った。

 

「座ろうか」


「はい」


(物静かな子だな。狩人ハンターにしては珍しい)


 そんな事を考えながら、ゼルクは部屋の真ん中に置かれたローテーブルを挟んで配置されている一人掛けのソファに腰を下ろした。


 それを見て、ティルカは対面の二人掛けのソファに腰を下ろすが、柔らかいソファが初めてなのか、少し驚いたように目を丸くする。


「さて、何から聞こうかな……そうだな、まず一番聞きたいことからにしよう。なんで観察者ウォッチャーになりたいのかな?」

 

 その言葉を聞いて、ティルカは真っ直ぐゼルクの瞳を見つめた。


「行きたい場所があります。見たい景色があります。知らない事を知って、食べたことがないものを食べて、触った事がないものに触りたいんです」


「でもそれは、観察者じゃなくても出来ることだよ? 魔物狩り専門の狩人でも、ダンジョン探索専門の探索者シーカーでもね」


 これはちょっと意地悪な言い方だったかな、と思いつつ、ゼルクは自分が観察者になった理由を思い返す。

 

(俺は、魔物を初めて倒した時に感じた疑問が発端だったなあ。コイツはなんで人を襲ったのか、コイツはどこから来たのか。色んな事に疑問が生まれて、知りたくなって)


 まだ十代半ばの頃。

 狩人として仲間と討伐した魔物の返り血に染まった手を見つめながら、ゼルクは自分の中に生まれた知識への渇望を感じていた。

 その渇きを癒すために、最年少でギルドの規定に合格して、観察者となった。


「でも観察者なら、禁足地や未踏破区域へも許可なく立ち入れます」


「でもそこで、死ぬかもしれない。大怪我をして歩けなくなって、誰からの助けもなく、迫ってくる未知の魔物に餌にされる事もあり得る」


「覚悟が、出来ているのか、という事なら……正直ちょっと分かりません。でも、それでも、私は……」


 ゼルクはティルカの目の内に炎が見えた気がしていた。

 

(ああ、俺がギルドの受付に観察者になりたいって言った時もこんな目をしてたのかなあ)


 自身の言葉に困ったように眉をひそめ、苦笑していた当時世話になったギルドの受付の男性の顔を思い出し、ゼルクは口元を緩める。


「分かった。ファルマさんを弟子として認めるよ。断っても、君は諦めずに他の人に弟子入りしようとしそうだし」


「いいんですか?」


「ただ俺、君が初めての弟子なんでね。上手く教えられるかどうか、分かんないから。その辺りは許してくれ」


「無理を言っているのはこちらです。よろしくお願いします」


 (礼儀作法を良く知っている。家名がファルマという事は、教会が併設されたファルマ孤児院で育ったって事だよな。さて、これからどうするか。この街で今しばらく暮らすか? いや、どうせなら色々教えながら旅してみるのもいいな)


 眉間に人差し指を当て、考えを巡らせるゼルクを見て、少し心配そうに、ティルカは姿勢を正す。

 そんなティルカの様子にゼルクは微笑んでみせた。


「大丈夫大丈夫。弟子入りの承諾を反故にはしないよ。ああでも一つ聞いとかなきゃいけない」


「なんでしょう?」


「俺。今の仕事終わったら旅に出るんだけど。ついて来られる?」


「行きます。連れて行ってください先生」


「先生か。ははは、なんかちょっとむず痒いな」


「ダメなら師匠と」


「いや、先生でいいよ」


 そう言って、ゼルクは立ち上がると、ティルカに向かって手を伸ばす。

 その手を取るためにティルカも立ち上がって、手を伸ばし、二人は握手を交わした。


「へえ。新米って割には剣を振ってるな。使ってる武器は、ロングソード? 重い武器を選んだんだな」


「分かるんですか?」


「ちょっとだけな。せっかくだ、少し君の実力を見せてくれないか?」


「分かりました」


「よし。じゃあ裏の鍛練場に行こう。あ、その前にギルドマスターに君を弟子にする事を伝えておくか」


 そう言って、笑顔を浮かべるゼルク。

 こうして二人は師弟となり、この日から共同生活を送っていくことになるのだった。

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