ナイフをもった王子さま
天和 あかり
前編 偽双神頼
十二月初頭。
昼休み。
教室。
自分の席に座る……黒を基調としたセーラー服を着た及染カエデのまわりには、茶髪のセミロングの彼女以外にだれもいない。
黒のショートカットの彼女の前の席の
「きいてよ……というか相談にのってよ。カエデ」
ぱん、と音を鳴らしつつ手を合わせて彼姫サクラは
「お金ならないわ。この
「冷めたからあげって意外とおいしそうだよね」
「例外がひとりだけいたのを忘れていたわ」
ひややかにつっこみ、及染カエデも手を合わせている。弁当の中身は半分ほど残っていたが気にした様子もなく黒のショートカットの彼女が
「食べないのなら、ちょうだい」
彼姫サクラが両腕をひろげるようにのばす。
人によっては「わたしを抱きしめてよ」と伝えているようなポーズにも見える。
「相談にきたんじゃなかったの?」
「カエデのお弁当の残りを食べながら相談するから問題なし」
及染カエデから彼姫サクラはお弁当をうけとる。
「うまっ! カエデのお弁当うますぎない」
あっという間に彼姫サクラはお弁当の残りをたいらげた。
「話をもどすけど、わたしに相談ってなに?」
ここまでの彼姫サクラの行動に関しては
「じつは、わたしは今……人生で一番なやんで」
「クリスマスがちかいのもあるから彼氏がほしいんでしょう」
暗い
「さっすがカエデ。わたしの取り扱い説明書と呼ばれているだけのことはあるね」
「だれがそんな失礼な呼びかたをしているの?」
「わたしの知らない人たち」
「だれもいないのね。安心したわ」
及染カエデが、自分のかけている赤縁のメガネの位置を調節する。
黒のショートカットの彼女の机をつかって
「カエデは彼氏とか男の子とか異性のお友達以上の関係の方とかほしくないの?」
「サクラがわたしに恋愛相談にきたのよね」
「ただの
「なにか危険なことでもさせる予定だったら」
「ハトハトちゃんをやってほしいだけよ。カエデも知っているでしょう?」
彼姫サクラの真意であろう言葉をきいてか、及染カエデがさっきまでかたかった顔つきをやわらかくする。
「サクラにしてはずいぶんとかわいらしい、彼氏をつくるための方法じゃない」
「現実的なモテるためのテクニックがそろそろ通じなくなってきたんだから、人知をこえた存在に頼るのは当然のながれだと思うけど」
ハトハトちゃんをやってくれそうな女の子の友達はカエデしかいなさそうだし、と彼姫サクラがいじけたように唇を動かす。
「いっそのことスピリチュアルを売りにしたような女の子でアタックしてみるとか」
「すでにその作戦は失敗をしたのよ。ちなみにその戦利品はこのブレスレットね……幸運を呼びこんでくれるみたい」
彼姫サクラが右手首に身につけている奇妙な色の
「その幸運をひきよせた結果がハトハトちゃん?」
「幸運と彼氏はハトハトちゃんが運んできてくれる予定。わたしの頭の中ではね」
まっすぐにのばした人差し指で彼姫サクラが自分のこめかみのあたりを押している。
茶髪のセミロングの彼女がきょろきょろと教室にいる生徒全員の顔をたしかめるように、顔を左右にゆっくりとふった。
「どうかした?」
「なんか、だれかに見られている感じがしただけ」
「スカートがめくれていて、下着が見えそうだからじゃない」
「だったらいいんだけどさ」
彼姫サクラはめくれているスカートをなおそうとしなかった。
あえて見せているのであろう茶髪のセミロングの彼女の下着の色は。
ハトハトちゃん。
という名称の恋愛成就をねがうオカルト的な儀式があり、はやっているからか大半の女子生徒がその存在を知っていた。
儀式の方法は簡単かつその効果は絶大でこれまでにおこなった人間は例外なく、全員がねがいをかなえているといううわさもながれていたからか。
「わたしもハトハトちゃんの儀式の方法と成功例の話をいくつかきいているけど……逆に考えたら失敗した人間はうわさをながせるような状態にならないとも考えられるんじゃない」
放課後。
廊下。
学校内にある空き教室の扉を開けようとしていた彼姫サクラが動きをとめる。自分の背後に立つ及染カエデの言葉がひっかかったからかもしれない。
「つまり、ハトハトちゃんの儀式に失敗した場合は死んじゃう可能性があるってこと?」
「生死にかかわるのかまでは断言できないけど……絶大な効果が証明されている儀式のリスクとしては当然だと個人的には思う」
「失敗しなければいいんでしょう。儀式の方法自体は簡単なんだし」
楽観的なサクラらしいわね……とでも言いたそうな顔を及染カエデがしている。
「そもそも、その失敗した場合の代償? みたいなものはねがいをかなえてほしい側で。今回の場合はわたしであってカエデはノーリスクなんだから気にする必要がないような」
「気分は悪くなるわよ。どんな人間であれ、自分もかかわった結果で大変な目に
「でも、やめなーい。ごめんね」
「知っているからいいわよ。さっさとしましょう」
赤縁のメガネを指先で触りながら、及染カエデが顔を左右に動かす。
しばらくすると……黒のショートカットの彼女はだれもいないと確信したようだった。
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