第3話 生徒会予算編成なんてやるもんじゃない(前編)
「それでは来年度予算の検討をします」と生徒会長から配られた紙の束。それは昨年度予算と本年度の各部からの予算要求をまとめたものだった。それじゃ予算案でも考えるか――と甘く見た僕に押し寄せる各部の部長の主張・主張・主張。そして僕は途方に暮れた。
6月。前生徒会からの引き継ぎが終わり、無事生徒会副会長に任命されてから幾日か経ったある日、昼休みに校内放送がなった。
「本日、放課後、生徒会役員は生徒会室に集合してください」
珍しい事もあるものだ。会長自ら集合の合図とは。だいたい、この手の集合連絡は、「君の方が慣れているだろう」という理由で(どんな理由だ、いったい!)僕がするのが役目で、会長は僕にその指示を与えるのが通例だったのに。
「そろそろ次期予算編成の時期です」会長が宣言した。
珍しく、生徒会室には、生徒会役員全員、顧問の先生二人というフルメンバーが集められていた。会長の一声は強い。僕が呼び出す時はたいてい欠員がいるものだったが。
通常、生徒会顧問は滅多に顔を出さない。お金が絡む時に監査役的にチェックするのが主な役目だ。いくら生徒会役員とはいえ、未成年。出納作業を生徒に全任するのは問題があったからだろう。しかも今日は珍しくあの副会長、テツローちゃんもいる。
「ということで、本年度の決算と、来年度の予算についての準備をしたいと思う」
さすが会長。先手を打って楽に作業を進めよう、って話だな、と僕は思った。
「……ついては、各部の部長に、予算申請用紙を配布したいので、手分けして配布してください」まぁ、三年生が部長な場合がほとんどだから、これは僕たち三年生の仕事だな。
「あと、今年度決算については、会計の方でチェックしてください」あ、これは会計のアヤちゃんの仕事か。ま、アヤちゃんは前期から会計をやっているから慣れたものだろう。……あれ?でも、なんで前期から生徒会にいるアヤちゃんが副会長じゃないんだろ?
「じゃ、本番は、各部から概算要求が上がってきてからだから、しっかり頼むね」
そうして、その日の打ち合わせは終了した。次回は、予算申請用紙を回収してから。ここからが予算編成の本番だった。
そして、僕は、昨日家で作った予算案を皆の前に出した。すると、会長から意外な一言が。
「あ、予算案作ってきてくれたんだ。じゃ、基本この方向で」
――えっ?!ちょっと、会長、まだ、中、見てないじゃん?!なにそれ?!
「今日、予算案の作業分担決めようと思ってたけど、不要になったね」
――えっ?!会長、それ、先に言ってよ?!
「じゃあ、各部との折衝もお願いするね。予算案の詳細知ってるの、君だから」
――えっ?!そりゃそうだけどさ……そうなるわけ?!
「あー、これで楽になったわ。めんどくさいと思ってたのよね。サンキュね」
――えっ?!アヤちゃん、あなた、会計でしょ?!あなたが主導する立場でしょ?!
「予算折衝なんてめんどくせー。これ、まかせるわ」
――えっ?!テツローちゃん、マジっすか?!
「まぁ、高橋君には『コーヒー牛乳の件』があるからね。それに注力して欲しいし」
――えっ?!先生、どゆこと?!
……マジっすか……僕は心の中で後悔した。めんどくさそうだから、最初にたたき台を作ってやって、あとは会長と会計のアヤちゃんに任せようと思ったのに、その僕が一番やりたくなかった折衝担当になるとは……。
結局、予算折衝は僕が中心になってやることになった。会長も「時間があったら同席する」とは言ったものの、予算原案の内容を把握しているのは僕だったため、折衝をするのも僕が中心になるのが必然だった。
運良く、今年度は繰越金が多かったりなんだりの「大人の事情」があり、生徒会の顧問の先生から、「生徒会予算の繰越金が多すぎるのも問題」と言われたので、繰越金を減らす方向の予算にした。そのため、予算の回答は基本的に増額回答だった。次年度から一学年あたりのクラスも増えるので、その準備としても、各部への予算は多めに回答していた。そういう方針で作った予算案であることは説明し、生徒会内での一応の合意は取っていた。また、基本、増額回答だったので、多くの部は、予算回答には文句を言わず、あまり「折衝」のような言い合いになる事は少なかった。むしろ、折衝の時間よりも、「生徒会に予算以外での要求はある?」という別の話で各部の部長と意見交換する事が長かった。
が、予算に文句を言う部がゼロだったわけでもなかった。問題がある部がゼロなわけでもなかった。
サッカー部。うちの高校において、ハンドボール部と双璧をなす人気運動部であり、県下でも、優勝経験こそないものの強豪校の一つだと認識されていた。そのせいもあってか、生徒会への要求も、例年、鼻息が荒いところがあるらしかった。
「正直、もっと予算を増やして欲しいんですけど」と予算折衝に際して、サッカー部部長は不満げに言った。
「具体的には、どの点を?」と僕。増やせというのは簡単だが、増やせる予算にも限度ってものがある。第一、サッカー部は既に十分設備を整えてあるだろうに。
「とにかく、もっと増やして欲しい」と部長。
「だから、どこをさ?」と僕。「そもそも要求された予算に対して、増額して回答しているでしょ?別にゴールを増やしてもしょうがないし、ユニフォーム代だって削減してないじゃん。消耗品に関してはプラスしてる。こっちは満額どころかプラス回答してるんだけど」
「……金がないと遠征にも行けない」
「遠征費も要求通りの回答をしてるでしょうが!」と僕は言った。さすがにその発言はないだろう。
「そっちが出して来た要求予算に対してプラス回答しているわけよ、こっちは。削減された点を増やしてくれってんならわかるけど、こっちは、基本、そっちの要求はのんでるんだよ?なのにさらに増やせってどういうことさ?しかも具体的な項目もなく。そこを整理して、もう一度折衝したいというなら、してもいいですよ。でも、こちらは、そもそもそちらの要求に対してプラス回答をしているんだからね?その点を忘れないでよ?」ついキレ気味に言ってしまった。
「……なんだよ……ケチくさいなぁ……」
「あのね。プラス回答してるのに『ケチ』と言われる筋合いはないっての」
ということで、「修正予算を出したいなら一週間後までに」と言って、その日の折衝は終わった。さて、どの項目をどう増やして来るのか。その時、僕はサッカー部の修正予算案を叩き潰す気満々……であったが、結局、サッカー部は、修正案を期日通りに持って来る事はなかった。催促しても、肝心の回答は「あれでいい」だった。結果、こちらの提示を飲んだ、ということで決着した。
後日、「今回の副会長は怖い」という噂が流れている事を耳にした。が、僕は気にしない事にした。いいよ、憎まれ役になってやるさ、好きにしろ。と、噂を耳にする頃には既に幾件かの予算折衝を終えていた僕は開き直っていたのだった。
吹奏楽部。うちの高校の吹奏楽部は、県下でもちょっとした有名なところで、毎年単独でコンサートを開いている部だった。しかもそのコンサートには固定ファンがいて、満員になるらしい。が、そんなことは生徒会になるまで全然知らず、ごく普通の文化系の部活だと僕は認識していた。
――他の部と比較しても、吹奏楽部だけ毎年突出してるなぁ……。
基本、予算は、前年度を踏襲する点があるので、「必要だ」というなら仕方がない部分があるにせよ、さすがにちょっと、予算請求が多すぎな感が否めなかった。
で、吹奏楽部との予算折衝の日。正直、内訳を聞いて、「どこか削れないか」という話をしようと思って臨んだのだが。
「……いや……毎年、多くてごめんね」と吹奏楽部部長に開口一番言われた。
「まぁ、必要なら問題ないんだけどね。毎年この程度で通してるし」と僕も答えてしまう。あれ?なんか流れが違うな?おかしいな?
「……削れるんなら削りたいんだけどさ、楽器って高いし、初心者用も準備したいし……」
その言葉に、えっ、と思った。
「……新入部員用というか、初心者用に楽器とか貸し出してないの?」と僕。
「高いし場所も取るしね。あんまり置いてないんだ」と部長。
あらららららら。これは困った。予算を削るなんて話じゃない。むしろ増やさないとダメだろ、これ。初心者が参加できない部活なんてダメだろ、そりゃ。
「ちょっと待って。マジで待って。そういう話なら、むしろ、ね」と、気がつくと、最初に臨んだ方向と真逆の考えに僕はなっていた。
「初心者向けの安い楽器購入の予算を検討してもいいけど。日を改めて再度予算要求出していいよ」どうせ予算は使う方向なのだ。ここで臨時に増やしてもなんとかなる。
「……うん。気持ちはありがたいんだけど、買っても置き場所がもうないんだ。もう音楽室も狭くて」
あちゃー……なんてこった……僕はあまりにも自分の高校の実状を知らなかった。
「……初心者が入りにくい環境は、生徒会としてもどうにかしたいなぁ」
「その点は、まずこっちで考えるからさ。うん。その時、協力をお願いするかもしれないけど……」
「そういう協力依頼はむしろ全然オッケーなんで気にしないで。で、予算はこちらの提示額で良いの?」
「うん。これだけ貰えれば問題ないよ」と吹奏楽部部長。
なんということだ。これは、ちょっとこれまで折衝を終えた他の部にも、新入生、特に「初心者」に対するケアの状況を確認しないとダメだと思った。初めての人向けに道具の貸し出しぐらいはしろ、と。そのための購入予算ならこちらで検討すると。
僕は、その日の夜、気がついたら、今後、折衝する予定の部の予算内容の再確認と、これまでOKを出した部が「初心者に対してどう接しているか」の確認を家でしていた。勉強なんてそっちのけ。だから成績が下がる。
――とりあえず、これまで折衝が終わった部の部長に、初心者のケアをちゃんとやってるかどうか口頭で確認しにいくか。で、必要なら再度折衝って方向だなぁ。予算とれるかなぁ。
……気がつくと、僕は予算折衝どころか、各部の部活の状況確認を検討するほどまで、作業に没頭していた。最初はあんなに嫌がってたのに。
<続く>
次回:第4話「生徒会予算編成なんてやるもんじゃない」(後編)
各部部長との予算折衝はまだまだ続いた。その中で明らかになる部活動予算の「無茶苦茶」さ。僕の疲労は止まらない。
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