第21話 時化
同日21時00分。首相官邸に安田大臣が射殺されたという衝撃の情報が伝わる。総理執務室では「信じられん。今の時代にこんなことが起きるなんて。」と穂高総理がショックを隠し切れない状態で報告を受けていた。「この情報に間違いはないのですか?本当に安田大臣が銃撃したんですか?」山中首相補佐が口を開いた。その問いに細田国防副大臣が答えた。「その場に居合わせていた参謀総長からの情報です。詳細な調査は参謀総長により全て拒否されています。」その返答に執務室の空気が変わる。穂高総理は顔を上げて「今の報告は全て参謀総長からの情報なのか?」と確認する。細田国防副大臣は黙ってうなずく。穂高総理は「ではすぐに参謀総長を呼び出せ。」と指示するが「それが先ほどから参謀総長と連絡が取れないんです。」と細田国防副大臣は顔を下に向けた。穂高総理は苛立ちの素振りを見せながら「では不在の今の内に捜査機関を入れればいい。これは国家の信用に直結する重大事態だぞ。」企業であれば確実にパワーハラスメントに該当する声色で穂高総理は細田国防副大臣に下命した。時を同じくして、埼玉県内の地下基地。南郷と彼が秘密裏に組織していた特殊部隊がこの基地に拠点を置いていた。室内には多くの機材が揃っている。南郷と室長は最終確認を行っていた。「作戦の事前工作は完了した。上層部は殺せなかったが計画に直接的な影響は少ない。政府への工作も現状はうまく行っているが連中も馬鹿じゃない。恐らく俺の詭弁はすぐにばれるだろう。政府の表裏両方の動向を逐一確認し重要なものはすぐに報告してくれ。」そう南郷が言うと室長は了承し「準備は全て整っています。いつでも作戦を開始できます。」と言った。南郷は部屋のマジックミラーから見える十数名の仲間を見渡す。「いよいよ、俺の描いていた復讐劇が幕を開ける。だが政府の反応が気がかりだ。」南郷は振り返り室長に指示を出す。「恐らく彼らは国防軍の出動について協議をしている。しかし国防軍の出動には議会の承認や国民への説明を行うなど彼らが避けたい段階が少なからずある。政府の行動を確認するため、2週間後の21日明朝7時、作戦を開始する。」室長は「了解しました。参謀総長。」と啓礼し部屋を出る。室長はパソコンに向き合う隊員にハッキング用意と表示メッセージの準備を呼びかける。南郷が様子見として定めた2週間の猶予時間はあっという間に過ぎ去った。安田大臣の事件の報道は一向にされず、政府も何の対応も示さなかった。
6月21日7時、大八守防所属の全ての守に出動要請が出る。「東京都の各地にアヤカシンが出現。全ての守は以下の場所に集結せよ。千代田区、新宿区、品川区、江戸川区、府中市、八王子市、あきる野市、青梅市」その通知を受けた鳥部は強引に凪人を起こした。凪人は「起こすのが早いよ。家から学校までは20分でいけるんだから。」と凪人が気怠そうに言うと鳥部は全身を震わせて「学校なんて言ってる場合じゃないよ。全ての守に出動命令が出てる。こんなこと滅多にないよ。相当なことが起きている証だよ。さぁ行くよ。」鳥部は凪人の指の関節が外れるくらい人差し指を強く引っ張った。凪人はまだ意識こそはっきりしていないが鳥部の焦り様に徐々に緊張感を認識し始めていた。郷リンを起動させると文字と光が全力で危機感を演出していた。凪人はあの時の出来事を思い出す。「そうだね。一刻の猶予もない。行こう。」凪人は今までになく力強い足取りで外出した。他の守たちも続々と東京へ集結していた。しかし距離の関係や唐突の命令だったために従わないもしくは従えない守もいた。青森守や沖縄守は防衛地区の担当の関係から東京へは行けなかった。
7時25分、東京都秋葉原駅付近。ここには誰もが守の中で最強と認める42歳男性の東野がいた。彼は千代田戦域にいた。郷リンをつければアヤカシンの反応がそこら中にあった。「なるほど。これほどの数が東京の8か所に出現しているのか。これは全員出動命令が出てもおかしくはない。」東野は辺りを見回す。「まだ誰も到着していないのか。では皆の負担を減らせるようこの反応は全て私が消そう。」と東野は意気込みシャッターを切って変身した。しかし東野の心には1つ懸念があった。東野側からクサオシカワラ本部へ通信を何度か試みたが一切通じず、アプリ内チャットにも一切の反応がない。それどころか誰とも連絡が取れない状況に置かれている。東野は索敵ボタンを押し発見したアヤカシンへ攻撃を開始する。7時30分、東京都東京駅。37歳女性の大阪の守の浪速も千代田戦域に到着する。「わてをわざわざ大阪から呼び寄せるなんてそんなに東京はあかんことになってるんかいな。とっととアヤカシンしばいてめっちゃ観光したろ。」浪速はそう言って駅の出口を目指すも迷い続けて、駅を出るのに20分程時間を無駄にすることとなる。
7時20分。凪人は無人の電車に乗り込み、あの時のことを思い返していた。6月中旬、屋久島。国が荒れていた時に穏やかで呑気な陰キャがいた。「ねぇ、鳥部さん。僕は東京都出身だよ。何でこんな遠隔地まで任務しに行かなくちゃいけないの?」凪人は海を見ながら鳥部に聞いた。鳥部は体当たりをして砂の山を作りながら答えた。「君が任務の要件で本部にいつでもどこでも大丈夫って入力したのが悪いんだよ。ちゃんとダメなものはダメって言わないと。」凪人はそれを聞いて「…うん。わかってる。すごくわかってる。だけどまさか屋久島の任務が割り当てられるなんて思わないじゃん。」と青い海を眺めながら言った。すると1人の女性がやってくる。前に一度共に任務を遂行した湧永だった。湧永は凪人の表情を見て「何でそんなネガティブなこと言ってんの?楽しめばいいじゃない。ここに来ることなんて滅多にないんだから。」と屋久島を楽しむよう言った。凪人は「いやっ。任務ですよ。旅行じゃないですよ。」と指摘すると湧永は「私にとってはそれも含めて旅行なの。鬱憤晴らしよ。」という答えが返ってきた。凪人の心には頼もしいという感情よりも恐ろしいの感情が湧いていた。いつまでたっても他の守たちのレベルに心がついてこれていなかった。湧永が「ほら、いつまでも寝そべっていないでとっとと任務終わらせるわよ。」と言って砂浜に寝そべる凪人の手を無理やり引っ張って起き上がらせる。凪人は抵抗せず引っ張られ続けた。この時、自身の心に雷を伴った真っ黒な雲が近づいていることを凪人はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます