郷の守り人

@Mitch634sunships

第1話 転機

 東京都板橋区のとあるマンションの一室。ベッドに寝そべって液晶画面を見つめながら右手の親指を半透明な意識で動かす。この人の名は藪中凪人、おとなしい性格で成績はどの科目も平均より若干低い高校2年生17歳の男性。そんな彼の瞳に一つのアプリが目に留まる。郷リンという名前のアプリで各都道府県の情報を入手できるようだ。休日という自身への投資に一番多くの時間を費やせる日であってもこんな生活を送っている藪中ではあるが、意識だけは自身の学業に危機感を持っている。彼は指を動かしアプリをインストールした。彼は生活の多くをスマホに費やしているためその違和感にすぐに気付く事ができた。インストール中スマホの画面が一切反応しなくなった。最終手段の電源オフを試みても押せるはずの電源ボタンや音量ボタンがびくともしない。凪人はさっと起き上がり本日最速で勉強机に身を投げパソコンを起動、自分が持ちうる全ての語彙を検索窓に打ち込み解決方法を探した。2時間が経過した頃、凪人は体に溜めきれなくなったストレスを口から言葉にして排出している状態になった。絶望からベッドに飛び込み現実から逃げようとする。ふと今のスマホの状態を確認する。2時間が経過しても未だインストール中、半分を少し越えたくらいだった。2秒間凪人は止まった。「もういい。母さんが帰ってきたら買い換えてもらおう。」凪人は半ギレ状態で枕に顔を突っ込んだ。

 日は傾き時計の針は17時を刺していた。スマホの画面上ではようやくインストールが完了しアプリが使えるようになったのだが、凪人はマラソンを走り終え疲弊した選手の如く寝てしまっているためここからさらに1時間ほどスマホは放置されることになる。凪人が目覚めるのは彼の母が帰ってきた時だった。凪人は母に泣きつく前に最終確認として自身のスマホに視線を落とす。永遠と感じられたダウンロード画面は消え黒い液晶に自身の顔が薄っすら映り込む。凪人は何も考えずスマホに触れる。スマホは何事もなかったかのように正常に動作する。一つ変化があった。凪人が自身の意思でインストールしたアプリのアイコンが利用可能な状態で他のアプリの横に平然と鎮座していた。凪人はそのアプリを強く押し続けアンインストールを行おうとした。震えるアイコン、表示される赤い横棒、あと一押しで消し去ることができる。しかし凪人は考えた。4時間に及ぶインストール、無言のウイルス対策アプリ、一体このアプリはどんなアプリなんだろうかと。凪人はアンインストールを取りやめアプリを開いた。液晶画面が強く光る。凪人は思わず目をつむる。「…なんだよ。もう」再び目を開けると画面いっぱいに白い雲のようなものが表示されていた。そして「スマホの後ろを軽く叩いてください」の文字がゆっくり点滅しながら表示されていた。凪人は指示に従って軽くスマホの背を叩いた。すると再びスマホの画面が先ほどより強くないが光り、人の頭部一つほどの大きさの物体が画面から飛び出てきた。凪人は困惑した。彼でも描ける単純な顔がついた白いもこもこした物体がスマホから出てきて当たり前のように存在している。「…君、随分と立ち上げが遅かったじゃないか。もしかしてインストール時間が長いからって放置してたんじゃないか。絶対そうだよな。こっちはずっと待ってたんだぞ。」しかも喋った。凪人はこの事象に対しまだ困惑していた。どんなに冷静になっても、4時間の時を費やしてインストールしたアプリを起動し、スマホの背を軽く叩いて出てきたもこもこ生物が自分に対し不満をぶつけているという状況を受け止められなかった。凪人は夢でないことを確かめるためにもこもこ生物に触ることにした。「わわっ、わぁー!。なんだいきなり。突然触るんじゃない。相手が人間だったらセクハラだぞ!私に性別があったらどうするつもりだ。」凪人は自身の触覚が正常に作動していることを確認した。それはつまり、これが100パーセント現実であることが裏付けられたことを意味していた。

 もこもこ生物は宙を浮き凪人に目線を合わせる。「自己紹介が遅れた。私は郷獣の鳥部と申す者です。精一杯あなたを支援するので以後お見知りおきを。」凪人は「あなたはロボットか何かですか。何でスマホの中から?」ととりあえず一番不思議に思った事象について質問した。それを受けて鳥部は「ロボット?いいえ、僕はちゃんとした生物ですよ。まぁ君ら人類が分類している生物には該当しないんですけど。」と軽く答える。凪人は「もしかして企業秘密みたいな感じですか。じゃあ先生的な立場か、あなたが都道府県の事を教えてくれるんですか?」と鳥部のことを必死に理解しようとする。しかし鳥部はその凪人の努力をことごとく踏みにじっていく。「…察しが悪いですね。それはこのアプリをインストールしてもらうための建前なのに。」鳥部の言葉を聞き凪人は警戒心を持つ。「…インストールしてもらうための建前?ネット犯罪系のアプリだったのか。でもウイルス対策アプリは反応しなかったはず。」鳥部は凪人の困惑する様子にため息をつきながら呆れた様子で話す。「…もう一度アプリを立ち上げてみてください。」凪人は鳥部から視線を離さず手の感覚だけで自分のスマホを取り例のアプリを立ち上げた。次の瞬間、スマホ自体が光り凪人の右手首にくっついた。よく見るとスマホの液晶画面以外の部分が変化し腕時計のようになっている。凪人は今まで以上に困惑する。「これは何が起こってるんだ?」鳥部は何食わぬ表情で「見ての通り、君は選ばれたのです。」と言ってくる。凪人は「選ばれたって何に?」と問うと鳥部はまたも何食わぬ表情で「守ですよ。隠の五柱の人々から選ばれたとても素晴らしい役目です。」と答える。凪人は最新鋭の技術を用いたアプリなのだと強引に結論付けてこれらを処理することにした。凪人が自室から出ようとした時鳥部が「僕の分のご飯はいいよ。君のスマホ内で済ませるから。後アプリを閉じれば君の腕からスマホが離れるよ。」と言った。指示通りにアプリを閉じると、確かにスマホは離れて元の形状に戻った。さらに凪人はもう一つ大きなことを発見する。それは鳥部の事を彼の母は視認できないという情報だ。寝る時刻には凪人も鳥部も当たり前のようにおやすみと声をかけて目を閉じていた。凪人は今日という日を少し奇怪な日として処理した。しかし運命は今日という日を凪人の転機と位置付けていた。

 翌日、かけた覚えのないスマホの目覚ましが鳴る。スマホの時計は朝8時を表示していた。「どういうことだ?まさか鳥部の仕業か?」と寝ぼけながら目覚ましを切ると「その通りです。私はスマホの中も自由に散策できますので。」と画面の中を動きまわりながら鳥部は答えた。そして画面から飛び出すと「今日は君に守の役割を教えなければなりません。さぁ朝食を食べたら見回りに行きますよ。」と淡々と伝えられる。凪人は朝食を食べ言われるがまま鳥部と共にマンションの近くにある学校前の橋に来た。すると鳥部が「あっ、いましたね。昨晩撒いておいた餌に上手く引き寄せられてくれました。」と言う。しかし凪人には何も見えなかった。鳥部はその様子を見て「あぁ、すみませんでした。昨日君がスマホにインストールした郷リンを起動してください。」と言う。起動すると凪人の右腕に再びスマホがくっつく。鳥部は「その状態で索敵ボタンを押してください。」と指示を出す。腕についたスマホの画面には先ほど言われた索敵以外にも変身のボタンがあった。凪人は指示通り索敵ボタンを押した。すると凪人を中心に光が放たれる。そして橋の側にある街頭のところに妖怪のような奇怪な見た目をした120センチメートルほどの存在を、凪人は目で捉えることができた。鳥部は説明を始める。「こいつはアヤカシンといいます。この存在は、人は決して視認することが出来ず、物の劣化や生命の病を引き起こす存在です。」凪人は「アヤカシン?劣化や病を引き起こす?」と困惑する。鳥部は説明を続ける。「アヤカシンを討伐できるのは、守に任命されたわずかな人、すなわちあなたです。」凪人は「僕が倒すのか?でもどうすればいいんだ?」と質問する。すると鳥部は嬉しそうに「変身するのです。そうすることで私が有する郷獣の力をあなたも使役することができます。」と説明すると右腕のスマホ画面の中に入る。今度はスマホから鳥部の声が聞こえる。「画面上にある変身のボタンを押してください。」凪人が指示通りに押すと内カメが作動し自身が映し出される。「自撮りをしながら授命鳥取守と詠唱してシャッターを押してください。」と鳥部の指示が続く。「授命、鳥取守。」と凪人が詠唱すると、片目と髪が黄緑色に変色し体が軽くなった実感を得た。「こっこれは?」と凪人はやはり困惑する。鳥部は「その姿に変身する事であなたは私が持つ鳥取の力を行使できるようになりました。この力を使ってアヤカシンを倒すのです。」と指示を出す。

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