第2話 胸中の洞
ロティ――
先程見回りの何者かが入ってきた扉だ。
どうやらこの部屋の出入り口はここしか無いらしい。
ロティの索敵によって近くには誰もいないらしいことはわかっているのだが、それでもつい警戒するように小さく開いた扉の先を確認してしまう。
隙間から見えるのは、辛うじて扉の幅よりは広い程度の細い通路。ごく短いその通路の先に階段がある。
相変わらず薄暗くてよく見えないが、階段は上りながら右へ曲がっているようで、先の様子は全くわからない。螺旋階段だろうか。
意を決し扉から出ようとしたところで、ロティに呼び止められる。
《待って。
ぜぷ? なんかさっきちらっと聞いた名前な気がするが……何だっけ。
《さっき台に置いてたでしょう。あなたが杖みたいにつかってたアレよ》
あぁそうか、あの槍だか斧だかわからないやつ。気付けば普通に立ち上がれていたので忘れていた。
一旦部屋の中央に戻り、台に寝かせたままだった杖――
確かに武器は必要かもしれないしな……って軽ッ!!
さっきは気づかなかったけどこれ見た目の割に異様なほど軽い。一応金属のようだが、丸めた紙でできてるんじゃないかと不安になるくらいだ。耐久性とか大丈夫か。
思わず無意味にぶんぶん振り回していると、呆れたようなロティの声に制止された。
《おもちゃじゃないんだから変に振り回さないで。重量に違和感があるのはわかるけれど。……ところでもう一本は?》
しょんぼりと
「俺が見かけたのはこの一本だけですけど……」
《
こんな長い棒みたいな武器が二本一組? 片方あれば十分に思えるが。
まぁとにかくちょっと探してみるか、と辺りを見回した時。
《あったわ。さっきの台の裏側に落ちてる》
便利か。ロティがその能力で一瞬で場所を探し当てたようだった。
寝台の裏側を覗き込むと、確かにそこにはこの
なんでまたこんな死角に、と思いつつ拾い上げる。やっぱりこちらも尋常でなく軽かった。
左右の手にそれぞれ持ってみる。
俺の身長程の長さの武器が二本。見た目にはなんだか格好いいのかもしれないが――あるいはどこか間抜けにも思えるが、そんな事より、これはなんというか、結構邪魔なのでは?
しかも、これから狭い階段を登ろうというのに。
「あの……これ本当に二本も要ります?」
《要るの》
即座に言い切られる。……そうですか、じゃあ仕方ないか。
《もちろんそんなの手で持っていけとは言わないわよ。
今度は何だ。俺は何も持っていないが。
《あなたの上半身、その……んふっ……胸の、間よ》
「なんでちょっと笑ったんですか」
胸の間? ってこの……、え、この……間?
首を下に向けると、いや特に向けなくとも視界の端を占有し続ける、むやみやたらと存在を主張する胸元の丸くてでかい二つの物体。
そういや俺なんでこんな薄い布切れみたいな服しか纏ってないんだろうと今更疑問に思いつつ、その物体を両手で左右に引っ張ってみる。
そこには確かに、小さな穴のようなものがあった。
鳩尾の辺りに、指一本分ほどの縦長の裂け目。漆黒の何かが充満したように内部は全く見えない。
……え、いや、何コレ。
「あの……なんか胸元に穴開いてるんですけど」
《それが
訊くと、ロティは半笑いを隠しきれない口調でそう回答した。
「容器……? ここから中に物をしまうんですか……?」
《そう。投入できるものの大きさにある程度の制限はあるけれど、おおよそ家一軒分くらいの量なら収納できるわ。倉庫を持ち歩いているようなものね》
なるほど、想像すると気味が悪いが、便利なことに間違いはなさそうだ。
……それはそれとして。
「で、なんでよりにもよってこんなとこにその口があるんですか」
収納の理屈よりも気になる、最大の疑問点。
それを尋ねると、ロティは堪えきれなくなった様子でついに吹き出した。
《いえっ……ぷふっ……元々はそうじゃなかったんだけどね……》
「元々?」
《ええ、本来の
元は普通に鞘としての外見をしていたというわけか。それが何故。
《
「そんな雑な理由で!? ていうか改造って何!?」
《まぁ多少の融通は効くようにできているから……》
「多少の融通ですかそれが」
どうやら随分理解の上を行く体らしい。なんか不安になってきた。
《まぁとにかくそういう事よ。その
「なんで言い直したんです?」
《面白いんだもの。絵面とか色々と》
ぶっちゃけやがった。確かに愉快な光景にはなりそうだけど。
しぶしぶ俺は
軽く穴に押し付けるようにすると、手応え無く、するりと
なんだか体を貫通したみたいでぞわりとしたが、無論そんなことはなく無事収納されたようだ。一番幅の広い所、斧の刃の部分にも合わせて穴が広がったため体に突き刺さるようなことはなかった。あっても困るが。
《ほら、もう一本あるわよ》
「楽しみすぎじゃないですかあんた」
《いいから早くしなさい。急いでここから脱出しないといけないんだから》
急かすロティに溜め息をつき、俺は二本目の
《そういえばあなた、名前は?》
二本目の
「名前……。……名前?」
言われてみれば、俺にも固有の名前というものが存在しているはずなのだが……。
「……思い出せません。やっぱりあったんでしょうか?」
《でしょうかって……それはまぁあったと思うけれど、名前くらい》
呆れたふうにそう言うとロティは、
《覚えていないというのなら、何か呼び名を考えないと不便ね。希望とか無いかしら?》
などと答えに困ることを訊いてきた。
「希望って……俺の呼び名のですか? 何も無いですよそんなの」
記憶も無ければ体も借り物。俺という個人を示すものが今のところ皆無なのだ。仮の名を考えるにしても材料が無さすぎる。
《そう……まさに虚無ね。まぁこちらでちょっと考えておくわ》
「虚無て」
それはそうだけどもう少し言い方に手心とか無いのか。
ちょっと凹みつつ、短い廊下を進む。
ほんの数秒歩いたその先にあったのは、やはり螺旋階段だった。
石造りの階段が、右巻きにずっと上へと伸びている。上の様子はやはり見えない。
わずかな逡巡。しかしすぐに意を決し、段に足を乗せる。
ひやりとした石段を踏みしめた時、初めて俺は自分が裸足であることに気付いた。
どうでもいい推測と共に、螺旋階段を上り始める。
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