3 枯羽牛の盛り合わせと茸と山菜の蒸し焼き

「なんかさ、アタシが歩いてると森の地形がどんどん変わってくんだよね。振り返っても今歩いてた道なくなってるしアステルはいないしさ。多分アレだね、人を迷わせる系アレとかが棲んでる系のアレ。迷う人を陰から見て笑ってる感じの」


 こんな都市近郊の森にそんなもん棲んでてたまるか。流石に苦しい言い訳を――あるいは本人には実際そう見えているのかもしれないが――至って真顔で、というか無表情で述べながらミュイユが焼き枯羽牛フブール肉を頬張る。

 干し香草と塩を軽く振った程度の素朴な味付けだが、新鮮で上質な肉には充分、むしろ最適なのだろう。一口齧ったミュイユから、うわ美味うまっ何これ凄っと感想が漏れる。


「はぇ~、やっぱそういう系の森だったんですね。私も会ってみたかったですね~アレ、一匹くらい連れて帰って、こう……美味しいんですかね、そのアレ」


 え、食べ物判定なのかそのソレ。露骨に食欲にまみれた相槌を打ちながらアステルが枯羽牛フブール肉を齧る。

 かなり大きめに切ってあるが、見た目に反し非常に柔らかいため食べにくいということは無さそうだ。脂自体は多くないのだが、繊維の細さからだろうか、噛むとほどけるように口に広がる。

 しかし適度な弾力も有しているため、ただ柔らかいだけでなく歯応えもあり満足度が高いのが枯羽牛フブール肉の特徴だ。口とお腹で肉っぷりが柔らかさ革命してますねっとアステルが珍妙な表現で絶賛する。


「そうだねぇ、フィーノ君に調理してもらったら大体なんでも美味しくいただけるから大丈夫だと思うよ。せっかくだしそのアレも串焼きでタレ漬けにしてもらおうかな。シュニーガー辺りで作ってる、なんだったか……名前は忘れたけど、名産のタレ。独特の魚介風味が酒に合うんだ」


 ソレがいる前提で話を進めんな。架空の存在を俺に調理させようとしつつゼオがタレ漬け枯羽牛フブール串を口に運ぶ。

 しかしシュニーガーって南方の港町だっけか。小魚でも漬け込んであるのかな。ちょっと気になるし今度探してみるか。おぉこれは美味い凄いそして酒が進むとゼオから感嘆の声が上がるのを聞きつつ、俺は少し離れた場所で追加の肉を調理する。

 焼くだけでは味気ないかと思いキノコと山菜を入れて煮込みも作った。キノコと山菜は付け合せ用に直火焼きと蒸し焼きも用意している。

 ついでにちょっと自分用に焼いて取り分けたものをつまんでみたりする。美味い。幸福の味がする。


 少し肝を冷やす場面はあったが、なんだかんだで今回の討伐依頼も無事完遂できた。特に何もしていないのに副産物の焼き枯羽牛フブール肉をかっ喰らってる二人に思うところが無いでもないが、とにかく今は祝勝会としてこの贅沢を味わっておこう。


 焼き上がったものを皿に取り分けつつ、もう一切れつまんだところでふと思いつく。ゼオの酒をちょっと分けてもらおう。大量に抱えているはずだし少しくらい大丈夫だろう。


「ゼオ、もし余裕があったら少し俺にも、酒……を…………」


 貰えないか、と声を掛けようとしたところで異変に気付く。既に辺りが若干酒臭い。


「それでですねぇ~なんかめっちゃ飛び散って! 満天のキノコ空! もう秋ですか!? 新手の風物詩ですかっ!?」

「何か凄い音がしたなぁと思って飛び起きたけどあれアステル君だったんだねぇ。大丈夫? この森多分ローナセラの管轄内だけど、木とか折ったら弁償しなきゃいけなかったりするかなぁ」

「どっちかってとやったのは枯羽牛フブールだし枯羽牛フブールに請求すればいいんじゃない? もうお腹ん中だけど。ていうかゼオ寝てただけじゃん。そんな美味しいの食べる権利無いでしょその串焼きよこせ」

「森で迷ってたミュイユちゃんも権利無さそうですけどっ! 串焼きは私ももらいますけどっ!」

「うっさいなアレはアレだよアレのせい。森のなんだかになんやかんやアレされたんだよ」

「あの美味しそうなアレですね! あっそういえばおかわりまだ焼けませんかフィーノ様~!」

「なんだか僕の分どんどん減ってくんだよねぇ。フィーノ君できればちょっとだけ急いでもらえると嬉しいなぁ」


 気付けば祝勝会というより宴会といった様相の何かになっていた。

 もう既に飲み始めているらしく、妙なノリで料理を奪い合っている。


「ていうかフィーノずっと焼いてるだけじゃない? こっち来て食べなよ串焼き」

「流れるように僕の分を勧めないで欲しいかなぁ。あと作ったそばから消えてくからずっと焼いてるんだと思うけど」

「フィーノ様ぁ、おかわりが来ないとゼオさんのお酒でお腹を膨らませる感じになっちゃいますなってます! このままじゃお酒が先に枯れ果てますよっ!」

「それも勘弁してほしいところだねぇ、僕は酒が無いと死んじゃうんだよ」


 酔った勢いだかなんだかで好きにまくし立てる声に、軽く溜め息をつき――、


「今出来上がったよ! 俺もそっちで食べるから場所空けて欲しいな。煮込みも作ったからちゃんと分け合うように。あとゼオは俺の分も酒よろしく」


 仲間達の元へ、盛った料理を抱えて向かう。


「やっと来たね料理人。いやアンタずっと作る一方だったしさ、お腹空いてんじゃないかってさ」

「大丈夫、俺も焼きながら結構つまんだから。それより今は酒の方が早く欲しい。ゼオ、俺にも一杯。火酒ミースより褐酒ヴァエラの方がいいな」

「えぇ~、あれあんまり多く持ち運べないんだよ、もう無くなりそう。まぁフィーノ君になら二本までは出せるかな」

「あっ、いいなぁ~フィーノ様。その二本目、私のキノコと交換しません?」

「嫌だよ。っていうかアステル、あんなに嬉しそうに採ってきてたんだから存分に食べたらいいじゃないか」

「いえ、別にそんな好きじゃないんですよねキノコ」

「じゃなんでこんなに採ってきたんだよ……」

「いっぱい見つけたからなんかつい、ですねっ」

「群生地を見つけると興奮するよねぇ、わかるよ。僕も酒場があると気分が高揚するしね」

「飲んだくれの群生で高揚するんだ、変わった趣味してんね」

「そっちじゃないなぁ」

「酒場の酒を自然発生してるみたいに言うんじゃないよ……」


 肉を齧り、酒を飲みながら詮無い会話に興じる。

 森に差す陽の色は気付けば夕方の朱を過ぎ、夜が滲みだしていた。


 明日の朝出発すれば、ゆっくり進んでも昼過ぎにはローナセラに帰り着けるだろう。

 討伐報告が済んだら、商店街で昼食を考えようか。ゼオの言っていたタレを探してみてもいいかもしれないな。


 ――夕食を食べながら既に明日の食事のことを考えている自分に苦笑する。

 逸る必要はない、今はただこの時間を満喫しよう。俺は酒の追加を要求して、アステルに押し付けられたキノコを口に運んだ。


「そういえばフィーノ様、明日の朝ごはんはどうするんですか?」

「……もう明日の食事のこと考えてるのかよ」


 気の早い奴がここにもいた。いや、ただの食欲の権化なのかもしれないが。

 そうだなぁ、余りの肉を薄切りにして炒めるか、温かい出汁にくぐらせるようなものもいいかもしれない。携行食風に仕立てることもできそうだ。暗くなりきる前に少し準備しておこうかな。


 注がれた酒を煽ると、俺は明日の支度に立ち上がる。

 緩やかに吹いた風が酒の火照りと料理の香りをどこかへ攫った。

 仲間達の喧騒が夕闇に響いていた。



 ――これは旅の一幕。愛しい仲間達との記憶の断片。

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