異世界相場 ~人生ごと強制ロスカットされた俺、シルバーカードで経済無双~
星島新吾
第1話 強制ロスカットから始まる異世界生活
(買い……買い……買い……)
朝9時、せわしなくキーボードを叩く音が部屋に響く。株式市場が開いたその瞬間から男の戦いは始まっていた。前場は狙いをつけていた銘柄に金を注ぎ込み、そして売っていく。日経平均株価が下がる一方で男は五百万の利益を午前中に出していた。
(なんだ……!? 今日は余りにも調子がいいぞ……! )
そして昼の11時20分、栄養補助食品とスポーツドリンクを口にすると軽い柔軟運動を行う。
残り10分、調子も良いし、このまま切り抜けようと胡坐を組んで机に向かおうとしたその時だった。
使い古したデスクチェアのキャスターが外れ、彼の体は大きく傾いた。
「っぶね……!」
反射的に机に手をつこうとしたが、運悪くそこに飲みかけのスポーツドリンクがあった。容器が倒れ、中身がタコ足配線の電源タップへと降り注ぐ。
バチリ、と青白い火花が散った。
※
男はしばらくして暗闇の中目が覚めた。
飲み物を飲んだ記憶を最後に、自分がなぜこのような場所で目覚めたのか把握していない。
腕時計を確認すると焦げたような跡があり、自分の体を見ると他にも所々焦げたような跡が残っていた。
「早く戻らないと……」
暗中模索の中、男は自分の財布を見つけた。
免許証には
それ以外にはいつも愛用している蕎麦屋のスタンプカードと、現金が幾らかに普段利用のひび割れたクレジットカードが入っていた。そしてそのクレジットカードが青く不気味に発光していることに気づく。
(クレジットカードが……)
幸雄がカードを取り出したその瞬間、ひび割れたプラスチックは、見たことのない銀色の金属質のカードへと変貌した。
(……は?……なんで? )
わけも分からず銀色のカードで空を切ると、その空間が裂け、そこから白と黄色が混じる粒子がキラキラと溢れ出した。その温かな光が彼の全身を包み込むと、網膜を焼くような閃光に彼は思わず瞳を閉じてしまう。
(うッ……ま、眩しい! )
そして気がつけば幸雄は、事務所のような場所のソファーで体を横にして眠っていたのだった。
(……ここは? )
辺りを見渡すと、窓ガラスには太陽らしき光源が赤く落ちようとしているのに気がつき、意識が完全な覚醒を迎える。
「後場が……! 」
今日どれだけの機会損失をしたのだろうと冷や汗を掻きながら、ガバッと体を起こす。
手には銀色のカードが握られており、このカードを見た瞬間に彼は暗闇での経験を思いだした。
「夢じゃない……」
体には何者かに掛けられたと思われるブランケットがあり、それを畳んでソファに置くと、彼は次に部屋の探索をし始めた。
(パ、パパパパソコンは何処だ……! とにかく値動きを見ないと )
自分の資産が掛かった取引、それも数千万が動く取引を前に寝ていられるほど、彼は図太い神経はしていなかった。
急いで事務所の中を探し回るが、変な器械ばかりでパソコンは疎か電子機器のような物の片鱗すらない。
(な、なんなんだココは……!? )
部屋を見ながら右往左往していると、事務所横の扉が開き、中から色白で耳の長い銀髪の女性が姿を現した。見慣れぬトーガのような衣を身に纏い、サンダルを履き、頭には月桂樹の冠を被った珍妙な姿をしている。
「あっ……起きたんだ。だい…じょうぶ? 」
日本語ではない別言語が、脳内で自動変換されているのを彼は感じた。
「大丈夫。悪いんだけどパソコン、貸してくれないか」
幸雄はなぜか歩くと痛む脇腹を抑えながら、変な姿勢で彼女に質した。
「ぱそ……こん……? 」
このご時世にパソコンを知らないなんて何処の秘境だと思いながら、幸雄は頭を掻いて笑って誤魔化した。どうやら今日の取引は諦めるしかないらしいことは、今の言葉で十二分に理解出来たからだ。
「携帯はあるかい? タクシーを呼びたいんだ。お礼なら必ずする。君は命の恩人だ。できる限りのことはしたい」
その言葉に噓偽りはなかった。
「けいたい……たくしー? ごめんなさい、貴方が何か物の名前を言っていることは分かるよ。ただそれがどういった物か分からなくて」
だからこそ、幸雄は絶望した。
いつの間にか自分は古代ローマにでも来てしまったのかと、錯覚するほどには。
「オーケイ。こっちこそゴメン。変なこと訊いてしまって。それともう一個変なこと訊くようなんだけどさ、僕ってどうしてココで寝てたわけ? 」
「えっ……貴方が私の事務所の前で倒れていたんだけど……えー…困ったな…変な人拾っちゃった」
倒れていたという幸雄を看病し、ソファに寝かせてくれたのは彼女で間違いないようだった。幸雄は彼女に感謝の言葉を述べつつ、自分が寝ていたという場所に案内して貰えないか交渉することにした。
「現場を見せて貰えない? もしかして酷く酔っていたのかも」
前の記憶がスッポリとないせいで、自分がどのような状況に置かれているのかも、彼はサッパリ理解していなかった。
「そ、そうだね。…分かった。ついて来て、案内する」
女性について行き、幸雄は玄関を開けて貰った。そしてしばらく空いた口が塞がらなかった。
「どこだ…ここ……」
西の空に上がったばかりの月とその他に別の巨大惑星が、月よりも大きく星空を占有している。そんな星空と対面したのはコレが生まれて初めてのことだった。
そして眼下に広がる景色もまた、ヴェネツィアを彷彿とさせる水上都市にとって代わられていた。
高層ビルの立ち並ぶ彼の知るいつもの景色は、屋根の橙色と壁の白色の建物に置き換わり、透明なガラスの代用品にはステンドグラスが嵌められている。
当然、そこを歩く人間はスマホではなくランタンを持ち、着ているものもスーツなどではなく、後ろの彼女が着ているようなトーガに仮面などをつけて歩いていた。
そんな世界を見て彼はようやく自分の頭がおかしくなったことを悟った。
「ハァー………やっばいぞ…やっばい!…マジで俺の頭どうにかなっちまった! 」
「は、ハハッ…そうみたいだねぇー……今晩遅いから早めに宿探した方が良いかもぉ……」
そう言って扉を閉めようとドアノブを引こうとしたその瞬間、彼の足がドアの間に挟まった。
「た、頼む! 一晩だけ! さっきのソファで良いから貸してくれ! 」
「ちょっと困るって! 扉の前で声出さないで! 」
波止場幸雄、一世一代の大勝負がまさかの扉の前で行われようとしていた。
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