山羊の眼は怖い ムル・ニーフルティア

スミだまり

第一章

プロローグ:むかしのおはなし


 神さまはました。

 色彩豊かな草原を、甘い匂いのする砂漠を、明日を尊ぶ雪原を視ました。

 生命を抱く大海原を、脈動を打つ川を、いこいをめる湖を視ました。

 空を黒煙で覆う大火を、血と汗と涙を奪う乾きを、大地の血流たる溶岩を視ました。

 種を運ぶやわらかな風を、地表を洗う嵐を、稲妻をまとう雷雲を視ました。


 この星は、神さまの眼によって創造されました。

 視ることで存在が生まれ、観測することで形が決まり、認識することで意味が定められたのです。

 星に生まれたモノの中には、そんな眼を宿す存在がたくさんいました。


 眼をもつモノは世界の動力源であり構成物、『魔力』を視ることができました。

 人類もまた、そのようなモノのひとつであり、神さまから尊きちからを授かって、代理人として地上を管理することが許されました。

 魔力によって作物を育て、動物を狩り、家を建て、やがて国という意識が生まれました。国と国は争いあい、混ざりあい、大きくなれば、分かたれたりもしました。

 そして長い月日が流れ、より魔力を理解することができたとある国の王さまによって、地上の半分は支配され、まもなく人類がひとつになろうとしたのです。


 ようやく神の代理人たる使命を果たすことができる。と思われたのもつかのま、その国は魔力を知り過ぎたことで、人類には許されざる領域、魔眼まがんを求めてしまったのです。

 神さまはそれならばと、王さまと民へ、彼らが求めた魔眼をお与えになられました。

 とある国の人々は、地上の半分は、人類の半数は、神によってヒトならざる身へと変えられたのです。たちまち国中に混乱が起き、暴動が渦巻き、滅亡へと突き進む火の手があがったのです。


 そんなとある国を囲むべつの国の人類は、三つに区別することができました。

 この国をくらってやろう。つちかわれた技術、魔術、哲学、物資、人々を根こそぎ奪わんと侵攻しました。

 この国を消してやろう。土地、建物、芸術、理想、歴史そのものを消し去らんと破壊しました。

 この国へと手を伸ばそう。彼らを救い、受け入れました。


 こうしてこの世界では、純粋なヒトと半獣のヒトがともに生きるようになったのです。

 神さまの代理人へといたるため、三つの地域に分かれた人々はふたたび争うようになりました。

 すると、それぞれの地域で、いつかの王さまのような存在が誕生したのです。


 神さまは、そんな存在たちに問いかけられました。

 きみはなにをみているのかい?

 竜たる者はこたえます。「強くなる明日を視ました」

 あなたはなにをみているのかな?

 聖者たる者は応えます。「清らかとなる景色を視ました」

 おまえはいったいなにをみている?

 魔王たる者は応えます。「伸ばされた手を視ました」


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