2 悪役令嬢エーテル
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俺はゆっくりと体を離した。
ポーションの効果で、火傷の痕はすでにふさがり始めている。
これなら綺麗に治るだろう。
「消え……た……?」
エーテルは自分の手を見つめ、それから周囲を見渡した。
誰も傷つけていないし、彼女自身も無事――その状況が信じられないといった様子だ。
「心配するな。君の力は制御できるんだ」
俺はニヤリと笑って声をかけた。
「ミゼル……様……」
エーテルが震える声で俺の名を呼ぶ。
彼女は俺の腕を見た。
まだ赤みが残る皮膚。
焼け焦げた制服。
それを見て、彼女の目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、ここまでしてくれたんですか……? 私は呪われた女なのに……みんなに嫌われているのに……」
……正直に『俺自身の生存戦略のためだ』というのは、さすがにデリカシーがなさすぎるからな。
「目の前で苦しんでいる人がいたら……放っておけないよ。それに、こんなのたいした傷じゃない」
俺はにっこりと笑った。
「君が無事でよかった」
イベント失敗にならなくて本当によかった。
心底そう思う。
「っ……!」
エーテルが息を詰めた。
「うううっ……うあああああんっ!」
彼女は両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちるようにして泣き出した。
「……ミゼル様」
しばらくして、エーテルが顔を上げた。
その瞳から、さっきまでの怯えは消えていた。
代わりに宿っているのは、底知れないほど深く、重い光。
「私の命……全部、あなたにあげます」
彼女はうっとりとした表情で、俺の手を自分の頬に押し当てた。
「この身も、心も、呪いも……すべて、ミゼル様のために」
こうして、俺は最初の仲間を手に入れた。
……なんか、彼女の目が少し怖い気がするが、気のせいだろう。
翌日。
俺は学生寮を出て、校舎へと向かっていた。
朝の空気は澄んでいて、今日も気持ちのいい一日になりそうだ――と思ったところで、俺は違和感を覚えて立ち止まった。
背後から妙な気配がする。
「……誰だ」
振り返ると、街路樹から銀色の髪がわずかにはみ出している。
ビクッ。
髪の毛が引っ込んだ。
「隠れられてないぞ」
「そ、その……」
そろそろと姿を現したのは、エーテルだった。
「お、おはようございます……ミゼル様」
彼女は頬を赤らめ、モジモジとしていた。
「なんで隠れてるんだ?」
「ご、護衛です!」
エーテルが食い気味に言った。
「ミゼル様は、ご自分の御身を軽んじる傾向があります! 昨日だって、あんな無茶をして……だから、私があなたを守ることにしました!」
「護衛……」
確かに、俺のステータスは貧弱だ。
物理攻撃にも魔法攻撃にも弱い。
強力な魔法使いである彼女が常時護衛してくれるなら、生存率は大幅に上がる。
ただでさえ、俺には破滅ルートという未来がちらついているわけだし、これくらいの関係性のほうが良いかもしれないな。
「わかった。ただし――君の気持ちはありがたいけど、隠れる必要はない。一緒に行こう」
「や、やった! 憧れの『一緒に登下校』!」
エーテルが笑顔ですり寄ってきた。
ピッタリと張り付くような距離感だ。
思った以上にデレられている気がする――。
と、向こうから男子生徒が歩いてくるのが見えた。
すれ違いざま、その生徒が俺を見て何か言おうとした。
「おい、無能きぞ――」
瞬間。
ごごごごご……。
俺の隣から、凄まじい殺気と闇の魔力が膨れ上がった。
「……あ?」
エーテルの低い声。
見れば、彼女はすさまじい目つきでその男子生徒をにらんでいた。
「ひ、ひいいいっ……!?」
悲鳴を上げて逃げ出す彼。
「逃げられると思っているの? この私から……」
エーテルが右手を突き出す。
ヴンッ……。
そこに黒い魔力が宿っていく。
「いやいやいやいやいや、ちょっと待て!?」
俺は慌てて制止した。
「あなたが待てと仰るなら」
しゅんっ。
エーテルの手から黒い魔力が即座に消える。
おお、めちゃくちゃ素直だ。
「……とにかく、俺に対して誰かが今みたいな言動をしても攻撃的な行為は慎んでくれ。頼む」
「ですが、奴はミゼル様に無礼を働きました」
と、エーテル。
「万死に値します」
「過激すぎる」
「そうでしょうか?」
キョトンと首をかしげるエーテル。
しぐさは可愛いんだけど、その目からハイライトが消えている。
こいつ、ヤンデレキャラだったのか……。
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敵国で最強の黒騎士皇子に転生した僕は、美しい姉皇女に溺愛され、五種の魔眼で戦場を無双する。
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