第8話 お名前は


「さて、それじゃあシロちゃんに魔法を見せちゃおうかねぃ」


 お茶と揚げ菓子を楽しんだ後、ネイネイは机の引き出しから白い紙を取り出した。

 羽根ペンを走らせ、いくつかの図形と文字を書いていく。丸、三角、四角、それらが複雑に組み合わさり、さらに見たこともない文字が書き込まれていった。


「これって……」


 俺がこの世界に召喚された時、床に描かれていた魔法陣に似ている。あれはもっと大きくて複雑だったが、基本的な構造は同じような気がする。


「召喚の魔法陣を思い出したかねぃ? 魔法陣の基本構造は同じなのさ。用途によって文字や図形を組み替えるんだよ」


 ネイネイは俺が作ったぬいぐるみをその紙の上に置くと、聞き慣れない呪文を口にした。

 低く、リズミカルな詠唱に続いて、ふわりと図形が光る。

 淡い金色の光がぬいぐるみを包み込んでゆく。


「……っ!」


 ぬいぐるみが、ピクリと動いた。


「わっ、う、動いた!」


 光が消え、白いぬいぐるみがゆっくりと立ち上がる。

 二本の足で立ち、小さな手を握ったり開いたりして、自分の体を確かめるように動かしている。まるで生まれたばかりの子どもが自分の体の動かし方を学んでいるかのようだ。


 コテン?


 ぬいぐるみが小首を傾げて、俺を見上げた。

 黒い糸で刺繍した目が、キラキラと輝いている。


「おわ、本当に生きてるみたいだ……」

「いい子だねぃ。紅茶にミルクを入れてくれるかい?」


 ネイネイが優しく声をかけると、ぬいぐるみはコクリと頷いた。

 トコトコと二本足で歩き、テーブルの上のミルクピッチャーに手を伸ばす。小さな手で慎重にピッチャーを持ち上げ、ネイネイのカップにミルクを注ぐ。


「すごい……! 器用だな……」


 誇らしげに胸を張るぬいぐるみに、思わず感嘆の声が漏れる。

 ミルクをこぼすこともなく、ちゃんと注げている。しかも、ネイネイの好みの量を分かっているかのようにピッチャーの中身を全部あけることなく適量で止めた。


「ありがとうねぃ」


 ネイネイがぬいぐるみの頭を撫でると、嬉しそうに飛び跳ねた。


「これが使役魔法ねぃ」


 ネイネイは紅茶を一口飲んで、説明を始めた。


「使役魔法っていうのは魔法学の基礎のひとつでねぃ、簡単なものなら1年くらいで身につけられるから使える人も多いんだよ」

「1年で……それなら、そんなに珍しくないんだな」

「そうねぃ。でも!」


 ネイネイがピンと立てた人差し指をこちらに向ける。


「いくら使役魔法ができても、魔法をかける対象の出来が悪いんじゃ意味がないんだよねぃ。ゼロには何をかけてもゼロだろぃ? 同じ理屈で、対象が高品質なほど魔法の効果は跳ね上がる」


 なるほど。料理だって料理人の腕前だけじゃなくて、良い道具や材料を使った方が出来上がりは良くなるものな。


「この子が賢いのは、この子を作ったぬいぐるみ職人さんが優秀だからだねぃ」

「やっ、職人さんだなんて、そんな……」


 いやいやいやいや、そんな大層な……と、思わず照れてしまう。

 いやー、職人さん、職人か。

 そんな風に呼ばれるなんて思ってもみなかった。

 昨日まで、荷物運びも接客も大工仕事も全部ダメだったのに。

 なのに今、俺が作ったぬいぐるみがこうして動いているなんてな。


 なんだろう。はじめてこの世界に自分の存在が認められた気がする。


「異世界に来て、やっと何かできた……」


 言葉に出すとさらに胸が熱くなった。

 これ、かなり嬉しいな……この歳で新しいことができるようになるなんて……

 改めてぬいぐるみを見ると、机の上にポフンと座り短い足をパタパタと揺らしていた。


「このままシロちゃんの使い魔ちゃんにするといいよ。名前を付けてあげねぃ」

「名前か……」


 クロという黒犬をモデルに作った白いぬいぐるみ。

 クロの反対でシロ……いや、それじゃ俺と同じになっちゃうな。

 うーん、シロ、ハク、ホワイト……


「よし。お前の名前はホワだ」

「ホワ!」

「しゃ、しゃべったー!?」


 ぬいぐるみ、いや、ホワが嬉しそうに飛び跳ねた。


「ホワ! ホワ!」


 何度も自分の名前を繰り返している。


「おやおや、おしゃべりまでできるなんて。本当に優秀だねぃ」


 ネイネイが楽しそうに笑った。


「相当高品質な証拠さ」

「そうなのか。良かったな、お前高級品だってよ」


 白くてモフモフ、黒い目がキラキラで、小さな尻尾が嬉しそうにパタパタと揺れている。


「よろしくな、ホワ」


 手を差し出すと、ホワは小さな手でギュッと握り返してきた。


「ホワ!」


 温かい。魔法で動いているはずなのに、ちゃんと温もりがある。


「これから、一緒に頑張ろうな」

「ホワワ~!」


 ホワは満面の笑み……のように見える表情で、俺を見上げた。


「さて、シロちゃん」


 ネイネイが真剣な顔で言った。


「ホワみたいな可愛い使い魔ちゃん、売れると思わないかねーぃ?」

「……!」


そうか。

このぬいぐるみ、ホワを商品として売れば……


「お針子として雇ってもらえなくても、自分で商売ができる……!」

「そういうことねぃ! ホワちゃんはお客さんに見てもらう試作品。看板使い魔、っていうところかねぃ。シロちゃんはスキルでぬいぐるみをたくさん作ってそれを売る。お客さんは自分で使役魔法をかけてもいいし、使えない人は魔法付与の加工店に持ち込めばいいのさ。近所の加工店を紹介すればそこから紹介料も入ってくるよぃ。どうねぃ?」

「やります!」


 こんなもの、即答するしかないじゃないか。

 ようやく見えた異世界での生きる道だ。


「よーし、それじゃあ早速工房の準備をしようかねぃ!」


 ネイネイが勢いよく立ち上がる。


「ホワ!」


 ホワも元気よく飛び跳ねた。

 『お針子』このスキルで食っていくぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る