第4話 新しい家
「じゃじゃーん! どうねぃ、ここは!」
「却下」
「ォオーン!?」
本日5回目のやり取りである。
新居探しであるが、ネイネイはやたらと広い家、家っつーかもはや城だな……ばかり俺に勧めてくる。
「こんなに素敵なのに! 広いお庭に客間が7部屋、使用人部屋付き、どこに不満があるんだねぃ!」
「だからそんな広いのいらないって」
「えーっ、もったいないねぃ」
空調効率も悪いし、掃除も手間だし、正直持て余す予感しかしない。
寂しいオッサンの一人暮らし、起きて半畳寝て一畳なんてのは古すぎるかもしれないが、食う部屋と寝る部屋で2部屋もあれば十分なんだよな。
日本にいた時だってユニットバスのワンルームでなんの不便もなかったんだから。
「だから俺は、もっと狭い家で十分だって」
「せっかく国がタダで貸すって言ってんだよ。せっかくなら贅沢しときねぃ」
「だからってこれはやりすぎだ。客間は7個もいらないだろ」
「ネイネイちゃんが遊びに来たときどこで寝るのさ!」
「泊りがけで遊びに来ようとするな! とにかくもっと狭いところ探してくれよ」
俺は勇者召喚の儀に巻き込まれた、いわば被害者として国から多少の援助があるそうだ。その一つがこの住宅手当。元の世界に戻るまで国が家賃を出してくれるなんて、身一つで何もない俺としてはありがたい話だ。
ちなみに赤井イサムくんは「予言の勇者」として城の中に専用の部屋を与えられ、側近までついているらしい。
まあ、あっちは光魔法持ちの正統派勇者だし、待遇が違うのは当然か。それに比べて俺は「お針子」スキルの微妙な召喚者。それでも住宅手当が出るだけマシだと思っておこう。
俺が断固として譲らないのでネイネイは「メーソメソメソ……ネイネイちゃんの別荘計画が……」などと泣き真似をしている。ん? 別荘? いま別荘って聞こえたよな?
「おい、今なんて」
「オン? 気のせいだねぃ」
絶対嘘だ。こいつ、最初から俺に広い家を借りさせて、自分の別宅にするつもりだったんだな。意外と計算高いぞ、この魔導士。
「難しいねぃ。狭い家っていっても、どのくらいの狭さが良いんだい?」
「えっと…… トイレ、風呂、キッチンは別として、あと1部屋か2部屋くらいかな」
寝室と、あとは作業部屋があれば十分だ。お針子スキルを活かすなら、裁縫道具を置く場所くらいは必要だろうし。
「そんなの学生寮かブラットちゃんのお家ねぃ!」
「ブラット?」
「おっと」
聞きなれない単語を思わず聞き返すと、ネイネイはしまったと言うように口に手をあてた。
「あんまり良くない言葉ねぃ。シロちゃんは使っちゃだめだよ」
「え、でも、今」
「ネイネイちゃんも悪かったねぃ。昔は普通に使っていた言葉なんだけど……今はちょっと、ねぃ」
昔は普通に、ということは時代で意味が変わってしまった言葉なんだろうか。日本でも昔は問題なかったのに、いまじゃ差別用語になってしまった言葉がある。もしかしてその類かもしれないな。
「ネイネイちゃんの口にも失言、ってねぃ」
そう言ってネイネイは笑って見せたが、どこか申し訳なさそうだった。
「お、おう。わかった」
ズズイッと距離を詰められ反射的に頷く。
深く追求するのはやめておこう。この世界にも触れてはいけない話があるんだな。日本でも、外国でも、異世界でも……どこの世界も複雑な事情を抱えているものだ。
「さーて! それじゃあお遊びはこの辺にして、シロちゃんにぴったりのバブちゃんハウスにご案内しますかねぃ」
それで結局俺はバブちゃんかい。
「最初から真面目にやってくれよ」
「オン、ネイネイちゃんはいつでも真面目さねぃ」
今日何回目かの、絶対嘘だ!
その後、ネイネイが案内してくれた家は、商店街の一角にある2階建ての建物だった。
1階は店舗スペースになっていて、2階が居住スペース。トイレ、風呂、キッチンの水回りは1階奥に、2階には寝室にも作業部屋にもなりそうな手頃な広さの部屋がふたつある。しかもしかも、家具家電つき。
「どうねぃ? これくらいなら狭すぎず広すぎず、ちょうど良いんじゃないかねぃ」
「……いいな、ここ」
悪くない。というか、かなり理想的だ。
1階を工房にすれば、お針子スキルを活かして商売もできる。2階で生活すれば、仕事と生活の区切りもつけやすい。
「ここならすぐにでも暮らせそうだな」
「だろーう? ネイネイちゃん、ちゃんと考えてるんだよねぃ!」
まあ、最初からこれを見せてくれれば時間の無駄にならなかったんだが。
「じゃあ、ここに決めるねぃ?」
「ああ、ここでお願いします」
「よーし! それじゃあ早速手続きしてくるねぃ。シロちゃんはゆっくり見ててねぃ」
そう言ってネイネイはさっさと出て行き、一人残された俺はこれから10年間暮らすことになる家をゆっくりと見回した。
異世界での新生活拠点…… まあ、何とかなるだろう。
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