ワンコ系陽キャに振り回される元社畜DK、毎日必死に生きてます。

ちくわ

第1話 転生と日常

 歩き慣れた通学路の木々に桜が咲き誇り、足元の緑にも様々な彩りが見られるようになった。

 「はぁ…。今日からまた学校か…。」

 やっと高校1年という期待と活気に満ち溢れた1年間を生き抜いたのにも関わらず、時間というものはその努力を考慮せずに進む。

 「また憂鬱な1年間が始まるのか…。周りの子供達、高校生すぎるんだよ。まあ、だから俺とは合わないんだが…笑」

 俺のため息混じりの虚しい独り言は、イヤホンから聞こえる大音量の音楽によってかき消された。

 【うん。やはり、音楽とはいいものだ。現実から遮断してくれる。できることなら、ずっと__】

 「ゆ〜くん!!!!!」

 音楽で遮断していたはずの俺の思考に、まさに明朗快活を声にのせたかのような大きな声が届いた。イヤホンを片方外すと、その声の主が後ろから走ってくるのがわかった。

 【またあいつか…。】

 「ゆーくん!おはよ!」

 「ハルか。まあ、その呼び方はお前だけだし、見当はついてたが…。お前、今どき後ろから大声で名前呼びながら走ってくるやつなんて、そういないぞ。」

 「え〜?だって、ゆーくんが前にいたの見えたし、友達がいたら嬉しくならないっ?」

 「はぁ〜…。まあ、お前に何言ってもしょうがないか…。」

 隣で嬉しそうに俺の顔を覗き込みながら、飼ってる犬がどうだとか、春季休暇の課題がどうとか、たわいのない話を永遠と繰り返すこの男は日高晴人ひだかはるととといい、最悪なことに俺の幼馴染だ。

 「俺さ、春休みの数学の課題が終わらなくてさぁ〜泣 あっ!でも、春休みの英語の課題は自分で終わらせられたよ!俺、一人でやれたの、すごくない!?」

 ハルは口角を下げたり上げたり、表情がコロコロと変わっていく。

 「はぁ。そんで?目的は?」

 「えっ…?あっ、その〜…。数学の課題写させてください…。」

 「…まあ、そんなことだろうとは思ったよ。」

 「うぅ〜だって、ゆーくんのノートとかわかりやすいからさっ!ただ写すわけじゃないよ?その、写しながら勉強できるじゃん?」

 「それは言い訳だろーが」

 俺は呆れながら、少し高い位置にあるハルの額にチョップした。

 「痛っ笑 …なんかさ、やっぱり、ゆーくんって時々先生みたいだよね笑」

 「…な、なに言ってんだよ。お前がしっかりしてないだけだろーがっ!」

 俺は内心すごく焦った。ハルは、勉強はからっきしなのに何故かたまに核心をついてくる。

 自己紹介が遅れたが、俺の今の名前は長谷川悠斗はせがわゆうと。前の名前は小木大佑おぎだいすけだ。前のというのは、まあ、いわゆる俺は転生者というものらしい。俺は前世、とある私立の女子校で地理の教師をしていた。前世の俺は46歳にして家族もおらず、無口で無愛想、極め付けは疲労感Maxな不衛生な見た目。そのため、生徒からも教師からも距離を置かれていた。なのに、人間というのは狡猾なものだ。俺が断れない性格だということを知ってからは、自分の終わらない残業分の仕事をあれこれ理由をつけて押し付けてきた。しかも、そんな仲でもないにも関わらず、親しげな口調で擦り寄ってくるのだ。今でもあの光景を思い出すたび、苛立ちと嫌悪と後悔が湧き出てくる。なぜなら、前世の俺は過労死によってその人生を終わらせられたからだ。こんなの、あいつらの残業に殺されたも同然だ。まあ、その負の感情によるものかわからないが、良くも悪くももう一度人生をやり直すチャンスを勝ち取れたのは良かったと思っている。だからこそ、できる限り波風を立てず、自分の好きなことだけをして過ごす人生を謳歌したいのだ。陽キャに絡まれるなんて言語道断。だったはずなのに、何故か俺には幼馴染というオプションがつけられていた挙句、そいつはthe陽キャな性格をしている。一体神は俺に何を望んでいるというのか。

 【はぁ…。頭が痛くなる。】

 俺がズキズキと痛む頭を抑えると、ハルが俺の顔を心配そうに覗き込んできた。

 「頭、痛いの?大丈夫?」

 「…。大丈夫だ。というか、近い。離れろ。」

 「えー。心配してあげてるのに、冷たいなぁ」

 「うるさい!」

 「あっ。もしかして、近くて照れちゃった?笑」

 「は、はぁ?そんなわけねぇだろーが。何言ってんだ」

 「嘘だぁ。耳、赤いぞー」

 「うるさいうるさい!ほら、早く学校行くぞ。ただでさえ今日はクラス分けの発表で、入り口の前は人だかりができるんだから。」

 「へいへい笑 」

 「…ねぇ。ゆーくん。」 

 「ん?なんだ?」

 「また、同じクラスだといいね!」

 「…まあ、どうだろうな。つっても、今のとこ全部同じクラスで来てるわけだし、今回もどーせ一緒だろ」

 「ま、そっか!てか、ゆーくんも俺と同じクラスがいいって言ってよ!」

 「…絶対ないな。お前みたいな手のかかるやつ、誰が一緒になりたいと思うんだよ。こっちから願い下げだ。」

 「ふ〜ん、そっかぁ。まあ、本心は言えないよね〜。ゆーくん、不器用さんだもんね〜笑」

 「うるせー。ほら、もうそろつくぞ。先に行って、クラス見てきてくれよ。俺、人混み苦手だからさ。」

 「へいへい。いつものことながら、行ってきまーす」

 「はいはい。よろしくー…。」

 【はぁ。また、騒々しい日常が始まるのか。ジジイには青春はきついんだよ…】

 俺は、これからまた始まる日々を憂鬱に感じながら、走っていくハルの背中をゆっくり追いかけた。

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